私の育て親と少年のマンツーマンです。

「え……俺、3日後には東京戻るんだけど……ちょっと、ひぞれ。切らないで――……切れた」

 電話が繋がって、話し始めてすぐ切られたらしいオウキさん。

 困った表情を振り払って俺を向く。

「ミズリはそろそろ戻ってくるって」

 残っていた紅葉鍋を食べていた俺は、口の中の食べ物を飲み込んでから口を開く。

「リーネアさんか三崎さんに何かあったんですか?」

「微妙に話はぐらかされるから、そうかも。……リナはともかく、京ちゃんと会う約束したし。明日以降に不意打ちで訪ねてみるよ」

 電話を漏れ聞いていて、気になったことを質問してみる。

「あの」

「んー? なんだい、光太」

「前に、シュレミアさんに『ひぞれはアーカイブ代表の姫』みたいなこと言われたんですよね。どういう意味なんでしょ?」

 ミズリさんもオウキさんも、そこはかとなく翰川先生に甘いのだ。

 俺の問いを聞いたオウキさんが複雑そうにする。

「……皮肉ってる……のかなあ」

「皮肉」

「シェルは柔軟かつ器用に人を皮肉って罵倒してくるよ」

「けっこう知ってます」

 小樽の勉強会では斬新な罵倒を何度も繰り出された。

「……ひぞれを皮肉ってるわけじゃなくて、周りの代表たちを皮肉ってるんだ。『オタサーの姫』みたいな意味じゃない」

 俺からしてみれば、妖精さんがオタサーの姫の意味を知っていることが驚きだ。

「ひぞれの遺伝子の元になった女性は……アーカイブ代表のほぼ全員と、浅からぬ因縁があってね。それぞれの理由で、ある意味お姫様扱いをしているというか」

「……」

 翰川先生は、人工生命。

 俺に判明している情報は、彼女の元の遺伝子の一部に妖精の物が含まれているということだけ。

 妖精は――もしかしたら、レプラコーンなのかもしれない。

「贖罪みたいなものだよ。その女性に償いたいんだけど、ひぞれは本人じゃない。でも、そうせずにはいられない。女性の面影が見えてしまう」

「…………」

「中には、ひぞれを腫れもののように扱うしかない人もいて……最初のころの代表会議は空気が最悪だったなあ。出席者が回を重ねるごとに減っていったよ」

「……でも、今は集まってるんですよね」

 前にリーネアさんが愚痴っていた。『親戚が多くていじられるから参加したくない』と。

「そうだよ。ひぞれ自身が重苦しい空気を打ち破ろうと頑張った。あとは、シェルかな」

「意外です」

 鬼畜の人は面倒見が良いのかもしれない。


「こそこそと様子を窺ってる代表を物理的に追い詰めて精神的に問い詰めたり。サボり癖のある代表の首を締め上げて『ここで死ぬか出席するか選べ』って言ったり。自分関係ないでーすって顔した代表を半殺しにして『次の司会は貴様だ』って言って次の会議でつるし上げたり。当たり障りない玉虫色の意見を述べる代表を『誰にでも言えることしか言えないんですね。なんで生きてるんですか?』って言って泣かしたり……大暴れだよ」

 何その独裁政権。


「あの子は何より、代表のみんなに怒ってたんだ。いくら因縁のある女性の遺伝子が使われた存在だからって……重ねて見続けるのは女性にもひぞれにも失礼だから」

「……凄い人ですね」

 本質を見ている。

「そう、凄いよ。自分にヘイトが溜まることをものともしない。……実はシェル自身も、ひぞれほどじゃないけど色々あるから、あの子に攻撃しづらいって言う事情が」

「それ以上は、大丈夫です」

 人づてに聞く話ではない。

「あー……ごめん。妖精のおしゃべりも考え物だね」

 童話では、妖精はおしゃべりで陽気。

 今日のオウキさんやルピナスさんを見ていたら、本当にそうなのだと思った。

「楽しいです。ありがとうございます」

「……ひぞれがキミに懐くのも、わかる気がするよ」

 楽しそうに笑う彼の手元には、ウイスキーの入ったグラス。

 ほんのりとアルコールの匂いがする。

「シェルはひぞれが研究所から助け出されてすぐに出会って、あの子に礼節を叩きこんでる。厳しくも優しい親戚のお兄さんみたいなポジション。ひぞれのことは可愛がっているけど、お姫様扱いはしない」

「……」

 シュレミアさんは翰川先生を慈しんでいるが、無茶をしたりわがままを言ったりすればすぐに諫めて叱っている。

「上っ面でしか接せない連中を見てると歯がゆいんだと思う」

「けっこうまともな人ですよね、シュレミアさん」

 佳奈子にも学問や家事を教えているらしいし。

「うんまあうん、そうかもしれないかもしれないときもあるよね」

「あっ……違うんですね……」

「まあとにかく。……ひぞれがね、嬉しそうだから。キミにお礼を言いたかったんだ」

「……え」

「あの子は、俺が作ったものをいつも喜んでくれるから。可愛がってるうちに本当に可愛くなってきて……今回ここに来たのはキミへのお礼」

「そんな、大したことは……」

 むしろ彼女を傷つけた人間だ。

 ちょっと前の自分を張り倒しに行きたいくらい……

「初対面から異種族であることを気にせず接してくれるだけでも、俺たちは凄く嬉しいんだけどねえ」

 ウイスキーを新たにグラスに注いでいる。

「まあいいや。ということで俺は本日、家庭教師をしてお礼をしました。寛光の教職員の一人として、キミの受験を応援しています」

 ぺこりと頭を下げた。

「あ、ありがとうございます」

 俺も礼を返す。

「どういたしまして」



 去り際、オウキさんは上機嫌でこう言った。

「たぶんキミ、これからたくさん悪竜たちと会うよ。楽しんでね」

「えっ」

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