家庭の事情

 帰り際、三崎さんが笑顔で手を振る。

「森山くん、またね!」

「うん。またね、三崎さん!」

 手を振り合って別れる。

 なんとも幸せだ。

 玄関のドアが閉まる。

「光太」

「っはい!?」

 呼びかけられて振り向くと、扉を薄く開けたリーネアさんが無表情で言う。

「お前の連絡先、使ってもいいかってシェルが聞いてるんだけど。どうする?」

「……シェル……シュレミアさんですか? 文章おかしくないですか?」

「別にお前の電話番号もメアドも知ってるけど、さすがにいきなり送信したら迷惑なんじゃないかって思ってるんだとよ」

 迷惑かを予測する段階が遅い。

「あの人も翰川先生の同類なんですか? そうですよね。どう考えても」

「同類っつーか、格上……まあいいや」

 格上?

 あのナチュラルな犯罪者よりグレードが上だというのか?

「……お前に、持病……呪いかけた女の子いるだろ。その子が目覚めてリハビリ中」

「あ……そっか。目覚めますよね」

「お前に会わせてきちんと謝罪させるのと、途中経過の報告に連絡先を繋げときたいって」

「そういうことなら大丈夫です。了承の返事を伝えてくれたら」

「わかった。夜に電話かメールくると思う」

「わかりました」

「さすがに牛肉だけじゃ使い切れなかったから、タクシー呼んどいた。料金気にせず乗れ」

「ちょ……」

 俺からの金を受け取りたくないのか。呪われそうだから?

「なわけねえだろ。……結果的に説明なしで引っ張り回したから。お詫びだ」

「……じゃあ、はい」

「ん。もう来てる」

「今日はどうもでした」

「ん」



  ――*――

 扉を閉めると、ケイが俺の真後ろに立っていた。

「…………。どうした?」

 薄く笑って俺の手を掴んだ。

「お茶碗洗ったよ」

「ありがとう」

 刺激しないように、腕をゆるく振り払う。

 肩を掴んで廊下を向かせて、ネームプレートのかかった部屋の前にまで押す。

「で、言いたいことはなんだ?」

「……先生」

 ケイは透明な表情をして俺に笑顔を向けている。

 その顔があまりに空虚で、あまり人間らしくない。

 お前、生粋の人間だろ。もっとちゃんと笑えよ。

「お父さん居たんだね」

「…………ああ。前にも言った」

「私……会ったことある?」

「それ聞くんならわかってるだろ?」

 過去4回会わせているが、ケイが記憶出来たことは一度もなかった。

 ……明日になればこの会話も忘れてしまうだろう。

「そっかあ……また会わせてね」

「ああ。今年も会わせるよ」

「ありがと」

 ようやく子どもらしい……というより、子どもらし過ぎる顔で笑った。

「おやすみ、お兄ちゃん」

「……おやすみ」

 部屋の扉が閉ざされる。

「…………」

 パターンは、外界に干渉するものと、自らの内界に干渉するものの2つの系統がある。

 達人級のパターンの使い手曰く、パターン使いなら誰でもどちらも出来るんだそうだけど。やっぱり生き物が使うものには得意不得意がある。

 ケイは俺と同じ、内側に向くタイプだ。

 俺を『お兄ちゃん』と呼ぶ日はかなり危うい。

(……“父親”にトラウマでもあんのかね)

 シェルからのメールを見る。


『from: シェル

 件名: なし

 仮説検証。三崎京と森山光太を引き合わせる

 森山光太の連絡先を知っているが、連絡してもいいか聞いてほしい』


「……」

 精神状態が危ういケイを下手に男に引き合わせたくなかったが、シェルの判断なら仕方ない。

 ただでさえケイは優しくて可愛いのだから。同級生から先輩後輩まで告白しまくってきていたし。鈍感過ぎて気づいてなかったけど。

「……ケイの10m以内に入る男俺以外全員死ねばいいのに」

 もう一通のメールは紫織の経過報告。紫織を最初に起こすのを手伝ったせいか、シェルは律儀に報告してくる。

 苦手な機械の操作を頑張っていることを考え、早く返信してやることにした。

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