獅子の子と火遊び



【おまけ8】







「ユウナちゃん。小さくて本当に可愛いね。今日は離さないよ。火遊び…してみる?」






肘ドンからの顎グイ。超至近距離。クオリティの高い本格的な感じで。彼女が拘束しているのはムカつく獅子座のガキ。





この世に。彼女の心変わり程ムカつくものは、ない。










そんなイベントが起こる前日。




「…あれー?なんでだろー?」




なぜか夏海さんが。獅子の子ユウナちゃんを追いかけ回していた。





あ。捕獲した。





彼氏は運動神経が超良いのだ。本気出せば逃げ回るライオンの子を捕獲するくらい余裕だ。だってユウナちゃんは可愛い華奢なパンプスを履いてる。あれで足が速かったら怖い。



自分から追い掛けて捕獲したくせに心底嫌そうな顔だ。簡単に捕獲されたユウナちゃんも同じくらい嫌がって抵抗しているけど力の差は歴然だった。ユウナちゃんはしばらくモゴモゴしていたが諦めたのか大人しくなった。なんか気の毒だ。





……あぁ。あれだな。おそらく。





ラッキーパーソンが【獅子座の人】だったとか。そんな仕方のない理由で。間違いなかった。









夏海さんおっさんなにするんですか!離して下さい!私は千秋君とイチャイチャしたいんですよ!おっさんに捕まってる無駄な時間とかないんです!」



「黙れ。大人しくしてろ。こちらこそお前なんてうるさくて甘酒より無理だ。でも仕方ない」



小さめでふわふわ系のユウナちゃんが大きめサイズの夏海さんに捕獲されていると完全に【獲物】みたいだ。弱肉強食。ライオンとはいえまだ子供。厳しい社会で生き抜くのは大変だな。そんな深いメッセージすら感じる。




「ユウナちゃん。大丈夫?」


「千秋君!助けて下さい!おっさんに捕獲されて死ぬほど迷惑してます。私はこのおっさんに内緒で千秋君と火遊びしたいんです!」


「ユウナちゃんも隠し事死ぬほど下手だね。私と一緒。内緒話をそんなに大声で堂々と叫ぶ子初めて見たよ。でもいいな。うらやましい。私も夏海さんに追い掛け回されてみたいなー」


「迷惑です。私は追い掛けるのは良いですけど、追い掛けられるのは苦手です」




しょんぼりしたユウナちゃんも小さめで本当に可愛い。うらやましいなぁ。泣いてる時も可愛かったし。




「あー。嫌だ。うるさくて疲れる。でも市川。今日は大人しく側に座ってろ。離れるな」





……イラァァァッ





なにそれ?



【離れるな】



そういう事を言いますか。言っちゃうんですか。それは本当にクレームが来ても文句言えないダメなワードじゃん。私は初めて夏海さんに離れるなって言われた時に死ぬほど嬉しかったのに。それを私の前で可愛い女の子に簡単に言う?気遣いとかない所も好きだけどこれは違う。さすがにアウトだろ。



夏海さんは自分の事がわかってないようだ。かなり重要なポイントがズレてる。




こいつ。縛られたいらしいな。




自分の力でしっかりギリギリとキツめに縛っておかないと。夏海さんはすぐに無防備に寝てしまうし不用意な発言をブチかましてくる。私がどれだけ夏海さんの事が好きか。まだ解ってないようですよ。



独占欲はおうし座の専売特許じゃないですけど。



私はベストオブめんどくさい彼女なので、すぐにイライラとかジェラジェラしてしまいます。



夏海さんとは違ってガキですからね。



まだガキでいても良いって言ってたし。





キツめに。夏海さんにも解るように。縛ってやろうかと思います。




その日は。一日中ジェラジェラしながら過ごして。どうやって狩ってやろうかじっくりと考えました。








次の日。




「ユウナちゃん。小さくて本当に可愛いね。今日は離さないよ。火遊び……してみる?」



肘ドンからの顎グイからのスムーズなアプローチ。若くて小さくて可愛らしいユウナちゃんに迫ってみた。とりあえず超至近距離で見下ろす。やっぱりうらやましいな。女の子らしくて。【千秋君】モードの私は少しそんな事を考えております。




「ち、千秋君?急にどうしたんですか?え?なんで?」


「迷惑?ユウナちゃんは私の事。キライ?」


「そんなわけないですよ!大好きです。抱いて欲しいレベルです。しましょうしましょう。火遊び。わーい!ラッキー!」








「……コラ。ふざけんなよ?ご丁寧に鍵まで掛けて密室空間でなにしてくれてんだよ」







「あ。夏海さん。お疲れさまです」


「うっわ。夏海さん。今最高に良い感じなので空気読めよ邪魔すんなバカって感じですけど。私はバイトなので社員さんには意見出来ないのでストレスでーす」




意味がわからない。




フラッと休憩に上がって来たら彼女がムカつく獅子座のガキを口説いてた。肘ドンからの顎グイ。超至近距離。クオリティの高い本格的な感じで。





イラつくわぁ……





なんでこうなった??




「なにしてるんだ茜?こっち来い。そんな肉食系のガキの側にいたら逆に喰われるぞ。警戒心持て」




いつもなら呼ぶとすぐに飛び付いてくるのに。なぜか今日は来ない。なんの動揺もなく逆に見せ付けるようにやけに挑発的な態度でムカつく獅子座のガキに肘ドンしてこちらを煽るような視線を向けてくる。イケメンモードを極めた彼女はそれすらも無駄に高いクオリティだ。




長身の彼女が獅子座のチビガキを肘ドンしていると、頭ひとつくらいの絶妙な身長差で。年齢的にもお似合いで。





……死ぬほど。ムカつく。でもポーカーフェイスくらいは出来る大人なのでもう簡単にはブチ切れたりはしませんけどね。







そんな大人の余裕が彼女はなにより好きで。今だけは死ぬほどムカつく事を、おっさんは知らなかった。










余裕かよ。





はい。今日の私は塩対応と火遊びの神です。決めました。




ユウナちゃんと火遊びしてみようかとチャレンジしていたら夏海さんがふらっと休憩に上がってきた。




なんか警戒心持てとか言ってるけど。




こっちのセリフだし。火遊びに挑戦中の私を見ても余裕で冷静な様子が死ぬほどイラつく。




こっちは。ガキは。必死なのにな。





ちゅっ!




「ち、千秋君!?」




「……っなにすんだよお前!!」




ユウナちゃんのおでこにちゅって軽いキスをしたら。ようやく夏海さんがブチ切れた。夏海さんは大人なので仄めかしには耐性があるけど【接触】にはブチ切れる。時々仄めかしをブチ込んでも釣れないのに、ユウナちゃんに実際もみもみされてる所を見てブチ切れてたからそうかなと思っていた。




でもまだ許してあげない。今日の彼女は塩対応と火遊びの神だもん。可愛い獅子の子を射って狩って火遊びしちゃうんだもーん。





「別に気にしないで下さい。私の今日のラッキーパーソンが【獅子座の人】だった【だけ】なのでお構い無く。【仕方ない】ですよね?」


「千秋君。ありがとうございます。超ラッキーです」


「ユウナちゃん。火遊びに付き合ってくれてありがとね?」


「いつでも。どこまでも。喜んで積極的に後腐れなく付き合いますよ。あ。バイト終わったらご飯食べに行きましょ。そしてついでで全然かまわないので私の事も食べて下さい。個室で照明が暗めのお店予約しておきますね。私と若気のいたりの思い出作りしましょう。ブチ切れてますけど夏海さんだって若い頃は若気のいたりだらけだったんじゃないですか?その辺は臨機応変に。おっさん。若い彼女の微笑ましい自由を拘束しちゃダメですよ」




「死ぬほどイラつくなぁ。市川の提案が死ぬほど具体的でより一層ムカつく。喜んで積極的に後腐れなくだと?茜が【それなら良いかも……?】とかマジで言い出しかねないクオリティの高い提案してくれてんじゃねぇよそういうスキルは仕事で発揮してくれよ。照明が暗めの個室でお前は俺の彼女にどこまでどうされる予定なんだ?頑なに蛍光灯変えずに薄暗い照明効果醸し出してたのもワザとなのか。若気のいたり程仕方ないものないわ。いや。間違えた。仕方なくない。見逃せるわけねぇだろふざけるな。思い出作りって言えばなんでも許されるルール存在しねぇからな。それは俺のだ。微笑ましい火遊びなんかあってたまるかよ」




この獅子のガキの異常にクオリティの高い【煽りスキル】がムカつく。言われたくない事を遠慮なく精神的に殺す気でお気軽にブチ込んでくる。さすが獅子のガキ。ガキでも獅子は獅子か。




茜の今日のラッキーパーソンが獅子座だと?仕方ない?




……仕返しか?




自分が悪かった。昨日。自分。同じような事してたな。軽率だった。占いなど無視するべきだった。嫌いなものピンポイント指定される運勢の悪さのくせに。気になるなら見なきゃ良いのに。チマい自分のバカ。




自分おっさんだし。別にあんまり気にしてなかったけど昨日獅子座のガキを追い掛け回した自分に彼女がキレてる。完全にマズったな。




デコちゅー。俺だってされた事ないのに……




無駄に長身の自分のバカ。普通にしてたらいくら女性にしては身長高めの茜でもおでこには届かないだろうし。いや。別にでこちゅーして欲しいわけじゃないけど。茜がして欲しいならしてやるけど。違う。とりあえずデコちゅーについては後で考える。





実はすでに。寝落ちして無防備の神に転生している時に思い切りされている事を知らない彼氏が彼女の【デコちゅー】に衝撃を受けて死ぬほど落ち込んでおりました。




「市川てめぇガキのくせに他人のもんに手出してデコちゅーされた挙げ句にお気軽に火遊びしようとすんじゃねぇよ肉食獣絶滅しろ」


「夏海さんこそおっさんのくせに無駄に格好付けて余裕ぶっこいて彼女一人満足させられないなんて雑草でも食ってろって感じです」


「よし。わかった。とりあえずお前のスマホぶっ壊すから寄越せ?二度と照明暗めの個室予約なんて出来ないようにしてやるよ」




薄暗い個室で火遊びコースだけはスマホぶっ壊す勢いでブチ切れてなんとか阻止したけど。




怒った彼女。つまり塩対応と火遊びの神は結局。1日中獅子のクソガキを離さなかった。




さらに。ちなみに。おうし座の次の日のラッキーパーソンは【いて座の人】だったけど。




結果的に『私も追い掛け回されてみたいなー』と言っていた彼女の希望通り追い掛け回すことになったけど。




静かにキレてマジでダッシュした彼女を捕まえることは出来なかった。おっさん運動神経だけは良いのに怒ってジェラジェラしている若い彼女に負けました。








「反省しましたか?」


「……しました」


「こいつ縛られたいのかなー?と思って。頑張ってみました」


「この頑張りやさんめ……。火遊びがしたいなら付き合ってやるから大人しくしてろ」


「夏海さんと火遊び!?したいです!!」


「本当に仕方ない奴だな。後悔すんなよ?」







つか。火遊びって本気じゃない遊びの事だろ?この若い彼女は意味をよく理解せずに使っているようだ。マジでガキだな。



遊びじゃなく本気だという事がこのガキにも経験的に理解出来るように。二度と火遊びとか言わないように。他の奴と若気のいたりとかしないように。



仕方ないので。



泣いて可愛く謝罪するまでボッロボロになるまで抱いてやった悪い大人だった。セックスですべての問題を解決するようなガキみたいな真似は苦手なのに。




やむを得ないよね。




「茜。お前【火遊び】の意味わかってないだろ。本気じゃない遊びの事だ。一般常識だぞ。お前は本当に俺と【火遊び】したいのか?」



「ひやぁん!そんなぁっ、だって……大人の感じがして、楽しそうだ、って、思ってぇ」



「俺がよそで火遊びしても構わないのか?大人の感じで。大人は隠し事も得意だぞ?」



「嫌っ!ダメですよぅ……そんな事言わないでぇっ!やぁっ、んっ、ごめんなさぁい!も、許して下さいっ」



「ダメだ。もっと反省しろ。許さない」



元々。塩対応の神なので。それに大人なので。簡単には許さないぞ。若い子ならこれくらい可愛く泣いて謝ってきたらホイホイと許すだろうけど。残念ながらお前の彼氏は大人だからな。




もちろん途中から普通に興奮して当初の目的とか一切忘れてたのは。泣いて可愛く謝罪してきた彼女にだけは内緒だった。











「千秋君。本当に残念です。チャンスだったのに惜しかったです。本当にいつでも付き合いますよ?お気軽にお声掛け下さいね!後腐れなくライトな感じで対応出来ますから。若気のいたりで火遊びして思い出作り出来るのは若い時だけの特権ですよ」




それを聞いた彼女が「そう言われたら、そうかも……?」みたいな顔をした。




本当にイラつくわぁ……




「市川てめぇ油断も隙もねぇな。火遊びなら間に合ってる。外注する予定ねぇから大人しく定時で帰れよ。絶滅したくなかったら俺の彼女から離れろ」



「外注しないと火遊びになりせんよ?夏海さんおっさんのくせに【火遊び】の意味知らないんですか?」



「それくらい知ってるわ。本気じゃない遊びの事だろ。お前と違っておっさんはマジなんだよ」



「ちょっと、夏海さん。そういう事を気まぐれにブチ込まれるとしんどいですよぅ……」





「チッ。おっさんのくせに。良いですよ。きっとまたチャンスがあると思いますので!そうやって油断して余裕ブッこいてて下さいね。火遊びとみせかけてガブッとやっちゃおー!」





ボッロボロにされて【火遊び】の定義を叩き込まれすっかり懲りた彼女はしばらくは大丈夫そうだけど、今時のライトな価値観を持つ臨機応変な獅子座のガキを黙らせる方法だけはまだ解らないおっさんでした。








【NEXT おまけ9】

【次回予告】【先程。塩対応の神が違う神に転生していました。もちろん良い意味で。以上。次回の予告でした】


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る