蛍と忍と茜と夏海【後半】
【前半の続き】
【おまけ7】【シリアスは3秒くらい】
【
「お姉ちゃん。私また忍に負けちゃった。悔しい。慰めて。甘えたい気分……」
「仕方ないな。本当に茜は甘えん坊さんだね」
小さめサイズの
心なしか義理妹のイケメンレベルがアップしているような気がするのは気のせいだろうか?
彼氏×2が心からうんざりした顔でその様子を見ている。
「……忍君。なんかごめんね。迷惑掛けて。すぐに連れて帰って大人しくさせるから」
「ぶっちゃけそうして下さると助かります。でもそんな事出来るんですか?」
「余裕です。大人だからね」
ほんの小さな声で。なんて言ったかまでは聞こえなかったけど。
夏海さんはかなり穏やかというか落ち着いた雰囲気の人なのに。この人は表情すら変えずに生命力の塊みたいな義理妹を普通にコントロールしていた。
腕相撲。かなり危なかったけど。
でも夏海さんは実は左利きらしい。なにも言わないから気付かなかったけど「夏海さん今日は
そして。普段スポーツとかトレーニングとか特別な事はなにもしていないらしいのに。左手で組み直した時は勝てなかった。
パッと見ゆるい系なのに。正直。左手も負けるとは思わなかったのに。マジでやったのに。勝てなかった。
……実は神なのかな?
「なんかすごい人だね。茜も懐いてるし。忍と同じくらい強いし。本当に良かった。実はさっき夏海さんにね『大切にするのでよろしくお願いします』って言われたんだよ。お姉ちゃんはとても安心しました」
「……大人だよな。腕相撲する前『君がお姉さんを泣かせたらブチのめさないといけないから死ぬほどめんどくさいとは思うけど勝負して欲しい』って頼まれたんだよね。やる気なかったのにそんな事言われたら断れないだろ。表情変わらないのにそんな事すら普通に言うとか本当に反則。しかも普通に最初は右手出してきたしね。あの人見てると自分ガキだなって思って死ぬほど落ち込む。よくあんなすごい人見つけたよな」
「本当にね。茜は絶滅危惧種を探すんだって超はりきってたから。さすが茜。しかも夏海さんから手土産にチョコレートまで頂きました!忍の大好きなやつ。あとで一緒に食べようね」
「……本当にあの人すごいわ。神なのかな。格好良い。あー悔しい。次は負けない。左手も」
「万が一。夏海さんが茜を泣かせたら。忍がブチのめしてね!あれ?夏海さんは忍の年上の
「プレッシャーが尋常じゃない。でも実の兄より全然良いな」
仲の悪い実の兄に「
◇
【
実は塩対応と無防備の神でリアルにチマいダメな困った人ですけど。そんな事実は彼女しか知らない。彼女の姉とその彼氏には内緒だ。ごめん。ちょっと格好付けました。とりあえず内緒です。
格好良いとか大人とか散々言われてるのも知らない無防備の神は、実の姉には年相応の顔で超絶素直に甘える彼女の様子を見て。自分の彼女は実はすごい【甘えたいタイプ】らしいと気付いて。プチショックを受けています。
【めんどくさい事はお願いしませんから】
彼女はそんな事をなんでもないように言う。最初は正直めんどくさいって心から思ってたし。実際対応するのダルかったし。平穏をブチ壊されるの嫌だったし。他の男でも探せよって思って直接言ってた。
彼女がそんな事を言うのも。あんなに積極的なくせにテリトリーの中では空気みたいに大人しくて、こちらから呼ばない限り遠慮して自分からはほとんど甘えてこないのも。
なんでも自分の力だけで解決しようとするのも。
もう全部100%
彼女は回復力も対応力も高いから【自分が無理をしてる】事にすら気付いていないようだ。
自分を大人だと思ってたけど。周りもそう思ってるかもしれないけど。全然違う。勘違い。
これではただのガキだ。寄せられる好意に胡座をかいて自分の事しか考えてない。しかもジェラった時だけ気まぐれに抱き寄せるような。約束一つ守れず直後にブチ破るような。もう考えれば考えるほど最悪ポイント満載でただのガキよりたちが悪い。おっさんだし。
おそらく。甘やかされてんのは
最低だわ。我ながら終わってる。超格好悪い。
自分。本当にマジでダメな困った奴。それでも実は。今は。しっかり誰よりも彼女を大切にしたいと思っているけど。急にデレたりはしないぞ。多分。おそらく。
本当にチマいダメなおっさんです。
◇
【
「ズルいですよ!私と初めて腕相撲した時は
「当たり前だろ。大人だからな。チマいおっさんは若い子の前で無駄に格好付けたんだ」
私と勝負した時は「俺は左利きだからお前も左手出せ」「俺が勝ったら仕事終わるまで残業しろ」等かなり大人げなかったのに。
ズルいよー
一緒に夏海さんの部屋に帰宅してから。そんな不満を彼氏にぶつけております。
「でも夏海さんさすがです。
「あー。久しぶりに悔しい。勝てると思ったんだけどな。もう歳だな。あんな若い子に負けた。格好付けて右手出して負けた時は死にたいと思った。大人げなく左手出せば良かった自分のバカって思って。でも次は右手も勝つ。万が一。忍君がお姉さんを泣かせたらブチのめさないといけないからな」
「……夏海さん。そんな事考えてくれてたんですか?」
絶対『めんどくさい』って言うと思った。だからそんなお願いはしないで自分でブチのめそうと思ってたのに。
「仕方ないだろ。あー。眠い。疲れた。アニメ見ながらさっさと寝るか」
「はい!見ても疲れないほっこり系のにしましょうね」
「絶対明日は筋肉痛だよな。忍君。若いし。力強いし。ガキだって言うからもうちょっとチョロい感じかと思ってたのにアレは反則だわ。おっさん死ぬかと思ったね」
「夏海さん」
「眠い…」
「好きです」
パタリ。
夏海さん。力尽きました。
もうほとんど寝てる。
寝るの。早っ。おそらく超疲れたんだな。
自分のために【めんどくさい事】を【自分から】やってくれた夏海さん。好き。寝顔が今日もマジで可愛すぎる。夏海さんを幸せにしてあげたいし。甘やかさないでちゃんと自分の力で縛って自分の力で守りたいし。夏海さんが平穏が好きなら空気スキルも極めるし。大丈夫。対応出来ます。
でも夏海さんの無防備な寝顔を見てたら。
「…っ」
なんか泣けてきた。
あれ?なんで涙が出るんだろ?
嬉しくて?なのかな?
不思議。でもまた泣いてたら夏海さんに『泣くなよ。めんどくさいな』って言われちゃうかも。だから良かった。夏海さん寝るの早くて。寝たら絶対に起きないし。外だと無防備過ぎて困るけど私の前だけで無防備なら良い。可愛すぎる。
「……っ…」
でもなんで涙が出るのかが解らないから対応出来なくて。だからいつまでも止まらない。困った。ま。よくわからないけど。とりあえずバレないように帰ろっかな。
「茜。お前。泣いてるのか?」
「っ、夏海さん。すみません。起こしちゃいましたか?」
ヤバい。
起こしちゃった。無防備の神起こしちゃった。これはマズイ。罰当たるかも。さっさと帰れば良かった。警戒心が欠損した夏海さんが起きるとか相当ヤバい気がする。
「どうした?なんで泣いてるんだ?」
「い、いえ。違います。誤解です!泣いてるわけじゃないんです!目にゴミが入った感じのやつです!」
「隠し事。恐ろしいくらい下手だなぁ」
「うぅ…」
昔から隠し事とか無理なタイプだった。泣いてないと誤魔化すために『目にゴミが入ったんです』なんて理由をリアルで使用する奴など存在しない。そもそも目に入ったら涙ボロボロ出るレベルのゴミっておそらく輪ゴムくらいのものだ。
実はお姉ちゃんも隠し事死ぬほど苦手でそういう所は姉妹でそっくりだ。しまった。隠し事スキルも身に付けておくべきだったか。
「どうしたんだよ?」
「それが…なんで涙が出るのか自分でも本当に解らないんですよ。嬉しくて?なのかもしれないです。むしろ目にゴミが入った説が有力です。もう大人しく一人で帰るので本当に大丈夫です。すみません」
本当に解らなくて説明出来ない。でも本当に大丈夫だ。一人で帰れる。お疲れモードの夏海さんを困らせたりしない。だって。うわーめんどくさいなーとか思われて嫌われたくないし。
「…俺が悪かったんだよな」
「え?夏海さん。本当に違うんですよ?泣いてないです」
ぎゅー
よしよし。なでなで。
夏海さんがサービスしてくれた。いつも急に泣いて甘やかしてもらって申し訳ない。これはベストオブめんどくさい彼女だ。さっぱりした酢の物みたいな性格がチャームポイントなのに。夏海さんと一緒にいるとなんだか調子が狂う。
本当に自分が嫌になる。
「俺がお前くらいの歳の時はもっとバカだったし。ガキだったし。色々ヒドかったぞ?なんでお前はそんなに…いや。そうさせてるのは俺だな」
「夏海さん?」
どうしたんだろ?夏海さん。なんでそんな顔するんだろ?見たことないレアな様子。微かに悲しそうな表情にも見える。
そんな顔させたくないのに。大人ズルい。いつもはポーカーフェイスのくせに。
これはまた涙止まらなくなるコースだよ。
そう思ってたのに。
「本当に仕方のない奴だな。よし。俺の【トラウマ黒歴史】教えてやるから元気出せよ?聞いてもあんまり引くなよ。おっさん。気の毒だからな」
「っ!トラウマ黒歴史とか超聞きたいです!引きませんよ!前のめりです!」
神か!!なんて事だ!!
普段は私がジェラジェラして過去の事を聞いても『かなり昔』『思い出したくない』『聞いてどうするんだ』と全然教えてくれない夏海さんが自分の事を自ら教えてくれるなんて!
それも激レア【トラウマ黒歴史】を教えてくれるらしい。
なんで急に!?
でも超聞きたい!!
「よし。いつ頃から聞きたい?言ってみろ。教えてやるから」
「え、選べるんですか!迷いますよぅ」
泣いてる暇なんかねぇな!!
そんな死ぬほど無駄でバカみたいに情けない事してる場合じゃねぇな!!
私の謎の涙とか。そんな小さな問題より【夏海君】とか【なっちゃん】の【トラウマ黒歴史】の方が重要で間違いありませんよぉぉぉお!!
夏海さんは私が泣いてた理由を無理矢理に聞き出したりしないし。クドクド慰めたり反省してシリアスに告白してきたり。急にデレたり絶対しない。そういう普通の気遣いとかマジでない所が一緒にいると心地よくて。
なにより。どうしようもなく楽しい。
結局なんで涙が出たのか解らなかったけど。夏海さんには解るのかもしれない。だって一発で涙なんかブチのめされた。夏海さんは自分よりも自分の事をちゃんと理解してくれた。そう思ったらこんなに嬉しいから。やっぱり嬉しくて涙が出たのかもしれないな。
理由がよくわからないから止まらなかった涙などすっかり止まっていた。無駄に泣いてる余裕などもう微塵もなかった。
「今日はなんのご褒美の日なんですか!対価に何が欲しいんですか?なんでもあげます喜んで!」
「なにもいらない。むしろ欲しいものがあったらやるよ」
「うっわぁ!!夏海さんチェックしてるアニメの劇場版でも公開された感じですかね?今日はどうしてそんなに大盤振る舞いなんですか?あんまり急に甘やかさないで下さいよ!ダメになりますよぅ」
「喧嘩売ってるのか?ダメな大人に向かって。お前もうちょっとダメになれ。大丈夫だから。遠慮なく。あんまり彼女が完璧だと一緒にいて疲れるからな」
普通のスペック高めの常識のある大人ならきっと『俺も頑張ってしっかりしよう』とか思うかもしれない。もっと格好付けた言葉を言うかもしれない。
でも私の彼氏はそんな生温い事はしない。
【けっこうダメでもなんとかなるぞ】
【完璧だと一緒にいたら疲れるだろ】
そんな事を教えちゃうような。本当にダメで困った人。
あー。あれだな。さっき微妙に悲しそうな顔してたのも『彼女が泣いてるの見て心配した』とか『彼氏的に無力で情けなくなった』とかそんな一般的なやつじゃなく『トラウマ黒歴史発表すんのマジしんどい』とかそんな葛藤で暗かったんだな。
いや。ちょっとくらいは本当に心から心配してくれたかもしれないけど。
夏海さんはそういう人だ。
でもその押し付けがましくない所が最高で。実は誰よりも。
…優しいのかも?
「夏海さん好き!翔さん大好きです!もうこねくり回したいくらいに!もう堪らないです!夏海さん。なんかすごく甘やかして欲しい気分です。甘やかしてくれますか?」
「仕方ないな。甘やかしてやるか。お前の彼氏は残念ながら大人だからな。お前はまだガキでいて良いぞ?ガキなんだから」
夏海さんが『どうぞ遠慮なく』のリアクションまでしてくれた。悶絶です。では遠慮なく。
ぎゅーしてなでなでしてキスしてもらました。さすが大人。もうメロメロです。
あ。そういえばスーツどうしよ。忍に借りるのすっかり忘れてた。でも今はとりあえず嬉しくて。夏海さんの【トラウマ黒歴史】が楽しみで。スーツの事はあとで改めてお願いしてみようと思います。ぎゅうして思う存分甘やかしてもらうと微かにタバコのにおい。ハァハァ。そんな事を考えている。ダメな年上の夏海さんが大好きで。本当に大好きで。堪らない。ヤバい系の彼女です。
【NEXT おまけ8】
【次回予告】【先程。獅子の子が捕獲されていました。気の毒な感じでした。以上。次回の予告でした】
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