守れないあの約束
【おまけ5】
【シリアスは2秒だけ】
◇
「おはようございます。今日は千秋君モードなんですね!相変わらず格好良いです」
「ユウナちゃんお疲れさま。ありがと。これからは千秋君モードのレベルもあげようかと思ってむしろ積極的にイケメン風に化けてみました」
儚い系と千秋君モード。どっちでバイトに来るか迷ったけど、儚い系は夏海さんに他の奴に見せたくないと嬉しすぎるパターンで禁止されたのでとりあえず千秋君モードです。
しかも特になにもしなくても結果的に千秋君モードだった今までと違い自ら積極的にイケメンに寄せてみようかと思って髪型や服装などを微妙に調整した結果なかなかクオリティの高いイケメンモードになっております。
「あ。私そのレベル上げ手伝います。やはり実践に勝る経験値稼ぎはないと思います。遠慮なく抱いて下さい。火遊びでも全然構わないので」
ユウナちゃん。振り切れたな。さすが獅子。ライオンだもんな。百獣の王って有名だしな。獅子座についてあんまり詳しく調べてないけどルックス重視なのかもしれない。こんなに清々しいくらい性別とか気にしないポジティブな感じがすごい。
そして実践に勝る経験値稼ぎはない。というのはなかなか興味深い意見だ。
「実践?なるほど。確かに見た目だけ千秋君でもスキルがないとただのコスプレに近いパフォーマンスだし。そう言われると一理ある気も。夏海君の童貞は無理でも処女なら奪えるかもしれない…?」
「市川くたばれ。茜は経験値稼ぎに火遊びしようとすんな。あとついでに俺の処女狙うのやめろ。こんなくそガキ相手に嫉妬する必要に迫られた挙げ句に処女すら狙われる気の毒なおっさんの気持ち考えろよ?徹夜でアニメ見たおっさんはもう死ぬほど眠いんだよトラブルもイライラもしんどいからマジで帰らせてくれよ」
あ。リアタイで見れなかった分の録画と明日から始まる第3期のアニメの復習で第1期と第2期全話の無料放送をほぼ徹夜で見た死ぬほど眠い夏海さんだ。
本当に眠そう。可愛い。もうヤダ。他の人に見せたくない。可愛すぎて無防備で本当に困った彼氏だ。自分の事を棚に上げてそんな事を思います。
「夏海さんお疲れさまです。とりあえずコソコソ隠れて下さいそんなに無防備で可愛いと襲われちゃいますよ?」
「夏海さんお疲れさまでーす。そちらこそ邪魔すんな速やかにくたばれって感じですけど私はバイトなので社員さんには個人的な不満をお伝えする事は出来ないのでストレスでーす」
「はいはい。おっさんはそんな安い挑発には乗りませんよ。獅子座のお子様はさっさと下らない仕事して定時で帰りなさい。茜は姿を隠すために頭からバスタオルでも被って仕事しろ。性別問わずに無限にトラブル引き寄せてムカつくんだよ。さっき知らない男性社員に【茜さん】はバイト辞めたんですか?って聞かれたし。ついでに知らない女子社員にも【千秋君】の連絡先聞かれたし。教えるわけねぇだろバカか俺の彼女だっつーの彼氏じゃなく彼女だっつーのマジで俺の平穏生活どんだけブチ壊してくれるんでしょうね」
今日はユウナちゃんの挑発すら余裕で
「夏海さん。ちょっとキュンです。ありがとうございます」
「つまんないですよ。挑発すら
ユウナちゃんもさすがに怯んでいる。どさくさに紛れて普通におっぱい揉んで迫った時は大人げなくブチ切れてギャンギャン喧嘩になった夏海さんの『そんな下らないガキの挑発なんて痛くも痒くもない』みたいな余裕に明らかにイラッとしている。
あと。ジェラジェラって可愛いな。ジェラシーより微妙に軽い感じが夏海さんにぴったりだ。
眠そうな夏海さんに少しジェラジェラ。そんな彼女です。
◇
「茜。こっち来い」
「はい!なんですか?」
今日は夏海さんがチェックしていたアニメの第3期スタートなので絶対にリアタイで見たい超忙しい日で間違いないので空気スキルを極めていたら夏海さんに呼ばれた。呼ばれたらもちろん秒速で飛び付きます。
ぎゅー
なでなで
よしよし
「ど、どうしたんですか?なんのご褒美でしょうか?…ちょっと。すみません。油断したらヨダレ出そうなんですけど…」
ぎゅーしてなでなでしてよしよしされた。
申し訳ないけどマジでヨダレ出そうになった。抱き枕スタイル。堪りません。ありがとうございます。
「最近年代どころか性別すら問わずに会社の奴らにお前モテモテだし学校でも同じだろうと思ってジェラジェラしてるおっさんです」
「そういう事をなんのきっかけもなくフラットの状態の時にブチ込まれるとキュンで嬉しくて苦しいですよぅ。夏海さん好き!翔さん。大好き!」
ジェラジェラとか言われて動揺が尋常じゃない。
すりすり。こっちからすり寄っても嫌がらないし逃げないし。なでなでしてくれるし。このタバコの匂い。好き。
「特別なきっかけなんて必要ないだろ。きっかけもタイミングも今の俺の気分にはなんの関係もない」
なにこれ?なんなの?そんなステキな気分の時もあるの?どう対応すれば正解なの?
こんな甘々発言を乱発しているのに表情はいつも通りなのがヤバいです。
「塩対応スタートだったので少しでも甘いと堪らないのに心臓に砂糖ブチ込まれてるみたいで嬉しすぎて死にそうです。ちょっと甘さ控えめでお願いします。もったいなくて聞いてられません…」
もう今日はなんのご褒美なんだろう。何が目的なんだ?何か欲しい物でもあるのか?
なんでも差し出します。よろこんで。
「茜は狙ってダサい格好しても『あえての着崩し感』みたいに着こなしてしまうからな。困った」
「夏海さんこそ。お昼過ぎにはウトウトしちゃって可愛い無防備な姿を晒しているくせに!もっとコソコソ隠れていて欲しいです」
困ったとか。そんな可愛い事を急に言いやがる彼氏に困ったのはこっちだ。
「可愛いくねぇだろ。普通にリアルにお疲れ気味のおっさんなんてニーズないからな。お前はかなり特殊なケースだ。俺はその辺で寝落ちしても無傷で帰宅出来る。むしろ邪魔だと普通に怒られる」
…あー。ムカつく。私以外にも狩られたいの?狩られるまでもなく積極的かつ世界一無防備な生け贄にでもなりたいの?捧げられたいの?
「無傷は絶対無理ですよ。夏海さん寝てるとマジで可愛い過ぎて尊いですから。夏海さん。寝顔と寝姿だけは私以外に絶対見せないって約束して下さい。その精神的な無防備がムカつくんですよ。もっと警戒心持って下さい。本当にお願いします」
「それは別に良いけど。警戒心持って欲しいのはこっちも同じだ。なにかあったらダッシュで逃げろ」
「無防備にその辺で寝ない。約束ですよ?警戒心持って過ごしましょうね」
「わかった。約束する。お前も気を付けろ。頼む」
そんな約束をしたのに。
約束を守れなかったのは。
私が。悪いんだ。
◇
信じられない。
目の前の光景が。
こんな。最悪の気持ちになるなんて。
いつもの夏海さんの休憩場所。立ち入り禁止区域のベランダ。少し前から私もスペアの鍵を借りているので仕事を片付けて姿の見えない夏海さんを探しに来た。
鍵は掛かっていなかった。
信じられない。光景。
寝てました。
もう一度言います。
寝てました。
夏海さん。普通に。寝てた。
…普通に寝てんじゃねぇぇぇぇよぉぉお!!!
鍵が掛かってなかったのはおそらく「眠くて鍵掛けるの忘れちゃったんだよなー」とかそんな仕方のない理由だ。間違いない。警戒心の欠損した本当にリアルにダメな困った人だ。
【約束】意味ねぇぇぇぇえ!!!!
仕事の徹夜はしんどいのにアニメの徹夜で眠すぎるって社会人的にどうなってんの?いや。そのマジでダメな所も好きだけど。
好きだけど。約束した直後の約束ブチ破り感がマジであり得ない。
こいつ。狩り殺されたいらしい。
私が悪かった。この警戒心が欠損した無防備の神とほっこり系の【可愛い約束】みたいなぬるい事をした私が悪かったのだ。そもそも【欠損】しているのに【可愛い約束】とか意味ねぇんだ。だって。眠いんだから。
もっと。最初から本格的なエゲつない縛り方をするべきだったのだ。自分の事を『おっさんだからニーズない』と思って危機感が皆無の夏海さんを好きすぎて冷静になれずそのまま甘やかしていた私が悪かった。
好きなら。好きなだけじゃダメなんだ。
はっきりわかった。
ちゃんと自分の力で縛って。
自分の力で守らないと。
お願い。約束。そんなの可愛いだけで生温い。
意味ないんだ。OK。理解しましたよ。
対応。出来ます。
私は約束を遵守するタイプなので持ち歩いていた油性ペンで。
夏海さんのシャツのボタンを外してから少しめくって。心臓の辺りに中にあんこが入ったパンを擬人化した国民的ヒーローのイラストを書いた。そして隣に【約束。守れなくてごめんなさい】ときちんと鏡文字になるようにキレイに書き込んでから服を元通りに戻し、きちんと施錠してからそのまま置いてきぼりにして自分の部屋に帰った。
目を覚まして帰宅してからシャワーを浴びる時。
鏡に映った中にあんこが入ったパンを擬人化した国民的ヒーローのイラストと【約束。守れなくてごめんなさい】の文字を見つけた彼氏が超焦って何度も電話を掛けてきたけど。
無視した。
ムカついたので。途中からスマホの電源。切っておいた。
この日の彼女は紛れもなく塩対応の神そのものだった。
◇
次の日。とりあえず夏海さんをお風呂でこねくり回しました。もちろん。もったいないだろそんなにいらないだろくらいのボディソープを付けて。心臓の辺り重点的に。
「本当に、悪かったって…」
「許しません。私も無防備にその辺で寝ます。おそらく眠いので鍵も掛け忘れます」
「それはやめてくれ。もう、いいだろ…」
「ダメです。ちゃんと可愛いく謝っておねだりしたら許してあげます。こういう典型的な【お仕置き】みたいなのは苦手なんですけどね?」
「苦手な感じ。皆無」
【可愛いく謝っておねだり】の無茶振りに死ぬほど苦戦しながら。こねくり回されて悶絶する夏海さんを見ていたらクセになりそうで『塩対応の神に転生するのも悪くないかも?』なんてそんな事を思ってしまいました。
「仕方ないなー。許してあげますよ」
油性ペンの書き込みが消えた頃に。とりあえず許してあげました。
本当にダメで困った人だけど。やっぱりそういう所も悔しいくらい大好きです。
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