おまけ
いて座もマジ切れ
【おまけ1】
◇
夏海さん。どこ行ったのかなー?
ようやく仕事が一段落した所で周りを見渡すと夏海さんの姿が見えない。時々こうして夏海さんはドロンする。きっと隠れてコソコソとタバコでも吸っているのだろう。
『仕事が終わるまで残業』は夏海さんと一番初めに交わした約束だ。だから今でも絶対遵守。モチベーション低めの夏海さんはフラ~っと休憩に抜ける事もチラホラあるけど。付きまとって休憩場所を特定してタバコ吸ってる所も見てみたいけど未だに見たことはなかった。
最近コツを掴んできたので仕事はかなりスピーディに片付いた。はいチャンス。今日こそ夏海さんの休憩スポットを特定してタバコ吸ってる姿をゲットだぜ。モンスター的に。そもそもこのフロア内は禁煙のはず。ということはおそらく屋外。なんとなく場所の予想をして捜索していたら案の定ベランダに出た時に微かに夏海さんの声がした。一番好きな声。どんなに小さくても聞き逃すことはない。上か。上のフロアには用事もなかったので行ったことがなかった。
ゴー!階段ダッシュ。得意です。
みーつけたっ!
でも。夏海さんは一人ではなかった。
昨日も夜更かしでもしたのか。少し眠そうな夏海さんに話し掛けているのは、自分とは違い元々儚い系+か弱くて可愛いバイトの女の子だった。
……どういう事だ??
「付き合っている人とかいるんですかね?私じゃダメですか?」
はい。来ました。告白ですね。完全に告白です。上目遣いです。儚いです。可愛いバイトちゃん。盗み聞きして申し訳ない。ごめんね。おそらくこの可愛いバイトちゃんは超可愛いから処女じゃないはずだ。仕事忙しくて直接話をしたことはないけど、以前休憩スペースで彼氏だか元彼だかの話をしていたような気がする。非処女で儚い+か弱い系で身長低めで正しいきっかけで夏海さんに惚れてしまったおそらく『いて座』じゃない女の子なんて。
反則だ。
ほとんど無理矢理。強引に押しきってなんとか彼女にしてもらった自分とはスペックが違いすぎる。
「いる。無理だ。諦めろ」
良かったー!夏海さん。断ってくれました!そこは臨機応変にOKするんじゃないかと思ってマジで焦ったー!セーフ!ギリギリセーフ!さすが神!塩対応の!
可愛いバイトちゃんは諦めたのか。それとも諦めていないのか。そこは解らないけど、とりあえず去っていった。
…でも夏海さん。やっぱりモテるんだな。ショック大きい。
そして。なんか少しムカついてきた。
彼女にも内緒の場所に簡単に侵入を許してさ?彼女にも見せない姿を簡単に見せてさ?ちょっと眠そうな可愛い姿で対応してさ?
無防備過ぎない?
「夏海さん!」
「
イラァァァァ
眠くて鍵掛け忘れて可愛いバイトに簡単に迫られるとか。そんな無防備だとお持ち帰りされちゃうよ?
彼女。大人げないよ?ガキだから。もうこれは我慢不可能だ。
「ふざけないで下さいよ。ちょっと無防備過ぎますよ?そんな眠そうな可愛い姿でフラフラしてるから反則の儚い系にモテモテ入れ食い状態なんですよ。そんなに無防備だと飲み会で酔っちゃったフリーでライトな非処女より簡単にお持ち帰りされちゃいますよ?彼女にも見せない姿を簡単に晒して意味わからないです。年上なのもいっそムカついてきました。私がもし夏海さんの幼なじみとか先輩後輩関係だったら記憶が覚束ない頃から付きまとって好きだって言いまくって中学生とか高校生とかそんなデリケートな時期の童貞の夏海さんをこねくり回して精神的にも肉体的にも独り占めしてやりたいのにってかなり具体的に妄想する勢いなんですよ!身長も縮みたいです!可愛いって少しでも思われたいから!あと元カノの連絡先だってデータの痕跡すら残さずにこの世から完璧に葬り去りたいのでとりあえずそのスマホはぶっ壊すので貸して下さい!」
「…あ、茜?」
ガキが大人げなくキレた。だってガキだから。キレ方が振りきっている。自覚ある。でも久しぶりに普通にすげぇムカつく。ずっとそばにいろとか離れるなよって言ってくれたのに。可愛いバイトちゃんに狙われてるくせにこんなに落ち着いてて無防備な草食動物の『おうし座』の冷静な態度が狩人の『いて座』の自分には理解出来ない。
狩られたいの?
振り切ったブチ切れモード。もちろん引かれた。当たり前だ。自分で自分にドン引きだもの。童貞こねくり回したいとかスマホぶっ壊したいとか発表しちゃったからな。仕方ない。
ひどく驚いた顔で。夏海さんがこっちを見ている。手にタバコを持っている。
…タバコ吸ってる姿。可愛いバイトちゃんに先に見られちゃったんだよな。
「…いて座の事が夏海さんは大嫌いなのに。私と一緒にいたら疲れるのに。無理矢理付き合ってもらってる夏海さんに申し訳ないです。私ばっかり大好きで気持ち押し付けてます。どうすれば良いですか?…別れた、方が良い、でしょうか。もっと好みの可愛くて大人しい女の子と臨機応変に付き合えて良いですか?こんなめんどくさい重いガキ。絶対嫌われる…っ、そう、思い、ます」
悲しくなってきた。
自分があんまりガキ過ぎて。どう考えても超めんどくさい。超重い。そして超ウザい。やはり自分は夏海さんの好みの対極に位置してる。最初はムカついてとりあえずスマホぶっ壊してやろうと思ってたのに。話しているうちに自分よりもっと良い子は他にたくさんいる気がしてきた。先に他の子に見られてしまったタバコを見てるうちに。どんどん悲しくなってきた。
なんだか。自分と一緒にいない方が夏海さんは幸せなのでは?
だって。自分だったらこんな彼女絶対嫌だ。
基本的になんでもこなせるタイプで無理かもしれないなんて何かを諦めたり、こんなに不安になった事など今まで一度もなかったのに。
「ちゃんと私が幸せにしてあげるって思ってたのに。一緒にいない方が夏海さんが幸せなら追いかけるの、やめます。夏海さんを、不幸にしたく、ない。自分の気持ちより夏海さんが、ちゃんと幸せな方が、良い、です……。ごめん、なさい」
なんでこんなに涙が出るのか。わからない。
「……っ、…」
私があんまり子供みたいに泣くからなのか。さすがに見兼ねたのか。夏海さんが抱っこしてくれた。ぎゅーって。夏海さんにくっつくと微かにタバコの匂いがする。独り占めしたいって思った匂いなのに。
最後なのかなって思うと。今はこの大好きな匂いがなによりも悲しい。
「泣くなよ。めんどくさい」
「す、すみません…」
こういう時も夏海さんは安定の塩対応だ。彼女が泣いたくらいで簡単にデレたりしない。そういうとこも。好き。大好き。
これが最後なら思い切りしがみつきたいのに。ぎゅーって。でもそんな権利ないような気がする。
『ぎゅーってしても良いですか?』って言葉がどうしても出てこない。
なでなで…よしよし…
なんにもリクエストしていないのに優しく撫でられた。塩対応の神の夏海さんの気まぐれサービス。もうダメだ。これ以上泣いたら過去最高にウザい元カノになってしまう。我慢。対応出来ます。きっと。
ゴシゴシ……グイグイ……
さらに超雑な感じで涙を拭かれた。濡れるから。仕方ないから拭いてやるかって気持ちが表れたようなかなりテキトーな感じで。もちろん優しさとか甘さとか皆無だ。しょっぱい感じ。でもこういう塩気多目のサービスもやれば出来る感じが大人で。ますます泣ける。
「あー。茜。ちょっと言いにくいんだけどな」
「っ、はい」
もうなに言われても仕方ないです。
「さっきの
「…はぁ?」
何を言われても仕方ないと思いましたが。ちょっと理解出来なかった。
私の事が好き?なんの事?どういう事?
「イケメンモードのお前に惚れたんだと。茜は黙ってればイケメンに見えるからな。あのガキはお前の事を本物のイケメンだとマジで勘違いしてた。お前はバイトなのに仕事かなり出来るだろ?あと
ウソでしょ……
なんだそれ。女性にしては長身で黙っていればイケメンに見えるこの姿と化けるスキルが高すぎたのが原因か。口説くタイミングも夏海さんを破滅させないように一応気は遣ってたし。約束を遵守して、あと一緒に帰りたくて仕事にマジで打ち込み過ぎたのも原因なのか。名前も周りから【千秋】と呼ばれたら性別不明だしな。
…いや。【千秋君】ってなんだよ?
あの儚い系の小柄な可愛いバイト。マジでふざけんなよ。ぶっ殺す。なに座なんだよ。ムカつくわ。そして壮大なスケールの勘違いで隠しておかないとマズいポイントを全部自ら余すことなく発表した自分は。
「…死にたい」
「その気持ち。死ぬほど理解出来るわ。俺も最近。壮大なスケールで自爆した時に同じ事考えた」
自爆感が尋常じゃない。
普通に自ら毒あおったレベルだ。派手な色の缶に入ったやつ。積極的にな。
「茜。泣いてると可愛いな。縮まなくても大丈夫だ。スマホ砕かれたら困るけど。それに連絡先なんて入ってねーよ。あともう儚いモードに化けるのもやめろ。ぶっちゃけ他の奴には見せたくないからな。つか。お前は泣いてると可愛いけど調子狂う。だからもう泣くな。全力で遠慮しろ。対応出来るだろ?」
「な、夏海さん!」
まさかのちょっと照れた夏海さんだった。目を逸らされた。実は微妙にデレてる?普段はどんなシチュエーションでも超フラットなのに今はほんの少しだけ気まずそうな表情。なにコレ。しかもほんのり照れている気がする。
信じられないくらい可愛くて悶絶だ。
「…ぎゅーってしても良いですか?」
「良いぞ。遠慮するな」
ぎゅー。
良かった。もう二度と出来ないかと思った。
なでなで……よしよし……
超微妙に照れモードの塩対応の神の気まぐれサービスまで。いや。これはもう「気まぐれ」なんかじゃない。
「お前の事ちゃんと好きだぞ。いて座でも蛇使い座でも関係なくな。なんかお前に泣かれると疲れる。だからもう泣かないようにあと98回くらい言ってやるよ。ちゃんと幸せにしてやるから二度と別れるとか言うな。死ぬほどムカつくからな」
「そんな事、言われたらっ、また泣いちゃいますよぅ」
「いやー。茜と幼なじみじゃなくて本当に良かった。童貞の時にお前と出会ってたらこねくり回されて精神的にも肉体的にも社会的にも死んでたな」
今度は嬉しくて泣きそうな彼女を、平穏と安定が好みの夏海さんがからかう。本当に。困った大人だ。
「夏海さん。精神的にも肉体的にも社会的にもいっそ殺したいくらい。大好きです」
「コラ。複雑なタグが増えそうな内容気軽にブッ込むんじゃない」
「あ!それ言われたの二回目です」
「はぁ?お前。それ誰に言われたんだよ?」
「内緒です」
もう八つ当たりだ。独占欲尋常じゃない
「ムカつく。茜。とりあえずスマホ貸せ?握力試したい」
「貸しませんよ。ダッシュで逃げます」
「俺を振り切れると思ってんのか?おっさん運動神経だけは超良いんだぞ」
「そういう所も堪んないです。……
「…お前。知ってたのか」
もちろん。知ってた。もったいなくて恥ずかしくて呼べなかっただけ。でも『夏海さん』の方がしっくりくるな。今までたくさん呼んだから愛着ある。でもこれからは遠慮なく愛着湧くくらい『翔さん』も呼んでみようかな。彼女だからその権利もあるのかもしれない。あとで聞いてみよ。
今はとりあえず思い切りぎゅーってする事が最優先だ。タバコの匂い。ハァハァ。そんな事を考えるヤバい系の彼女です。
【NEXT おまけ2 】
【次回予告】【先程。イケメンがウロウロしていました。イケメンは狩人でした。以上。次回の予告でした】
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