八つ当たりと甘酒



「コラ。そこのバイトガキ。今日こそ蛍光灯新しいのに変えなかったらお前にもキレイな朝焼け拝ませてやるからな?真夜中幽霊出ても妖怪出ても知らねぇぞ」


「す、すみません!今すぐ変えますっ」


はい。なんとでも言え。昨日は壮大に自爆してまだ精神的に瀕死のおっさんは若いバイトに八つ当たりしていますよ。大人げない。自覚ある。


千秋は今日は大学ほんぎょうのため午後から出てくるらしい。平和だ。いや。もうバレちゃったし隠す必要ないからぶっちゃける。出来れば個人的には彼女は見える所に置いておきたいけど仕方ない。我慢する。一応大人だから。社会的にはな。中身はかなりガキだけど。


毎朝のクセで天気予報と同時に占いもチェックする。気になるなら見なきゃ良いのについ見てしまうあたりどうしようもない。


自分はおうし座。最下位。ラッキーアイテム【甘酒】


「死にたい……」


さっき関係のないバイトのガキに八つ当たりしたのが悪かったのか。それとも千秋が近くにいないから運勢最悪なのか。やっぱり神様にチマいおっさんは嫌われてるのか。全部か。わからないけど。


ココアならギリギリセーフだったけど甘酒はマジで無理だ。自販機で気安く売るんじゃねぇよといつも思っている。あの掴み所のない味も。魂をテキトーにミキサーに掛けてこの世の怨念をすべて封じ込めたみたいに不愉快極まりないドロドロ感も。挙げ句の果てに「甘い」とかそんな大胆なウソを付いた名前も。せめて外見だけでもコソコソしてればまだ可愛げもありそうなのに異常に派手なその色も。何もかもが総合的にマジで無理だ。



ちなみに千秋のいて座は1位だ。ラッキーパーソン【年上の人】



見るんじゃなかった。

ムカつく…イライラする…



千秋の人生イージーモードな感じが死ぬほどムカつく。うらやましい。もちろん八つ当たりだけど。



タバコ吸いてぇな。



とりあえず悪用している鍵で施錠して引きこもって今日も隠れてコソコソ吸いながら、甘酒を買うか買わないか超悩んだ大人げないおっさんだった。









講義を終えて午後からバイトに来た。




あ。夏海さん発見。自販機を超睨み付けている。喧嘩でも売っているのだろうか。今日もどこか大人げない感じが可愛い。




昨日夏海さんは壮大にヤキモチを妬いてブチ切れてくれた。お姉ちゃん。ありがとう。可愛いとかぶっちゃけ堪んないとか。好きになったら死ぬほど一途だとか。心変わりがムカつくと。そうはっきり言ってくれた。


もっと他にマシな奴はたくさんいるからテキトーに探さないでちゃんと見つけろとか。不可能だろとか。いつもはそんな事を言いながらフラットな感じで私から逃げ回ったり振り切ろうとしていた夏海さんがそんな風にブチ切れてくれたのが嬉しい。だってかなり前のめりだったよ?


もう最高。嬉しすぎる。


むしろ彼氏を独占したいのはこっちだ。基本ふわ~ダラーっとした夏海さんの可愛い所も格好良い所も。他の人には気付かれたくない。夏海さんは年上で。私が知らない夏海さんの時間がたくさんある事すら気になるのだ。もし私と夏海さんが幼なじみで、同級生だったら良かったのに。1学年先輩で同じ学校というのも憧れるな。幼なじみだったら記憶が覚束ない頃から付きまとって好きだって言いまくって、中学とか高校とかそのくらいのデリケートな時期の童貞の夏海さんを全力でこねくり回してやりたかった。精神的にも肉体的にも。


スマホ。壊して良いなら壊したいくらい。だって元カノの連絡先とか入ってるかもしれないし。これはさすがにアウトな感じだから内緒だけど。


ごく最近イメチェンして儚い系に無理矢理化けてる自分とは違い元々儚い+か弱い系の可愛い外見で帰宅時間に明らかな差別のあるバイトの女の子と夏海さんが話しているのを見掛けるだけでモヤモヤする。見た目は化けれるけど「か弱い」は無理がある。


基本的にどんな悩みにも明確で核心的な答えが瞬時に思い浮かぶ自分は、そういう考えても仕方のない事を考えた事など今まで一度もなかったのに。


夏海さんは自動販売機をしばらく睨み付けてから、なぜか予想外の甘酒をチョイスした。好きなんだろうか。甘いのは苦手だと言ってたけど。超神妙な様子で手に取った甘酒を睨み付けている。甘酒。なんか気の毒。そんなに見つめるくらい好きなのかな?



…あー。違うな。おそらくラッキーアイテムが【甘酒】だったとか。きっとそんな仕方のない理由だな。



だってまるで毒でもあおるような様子だ。無駄に緊張感ダダ漏れだ。なんかロミオとジュリエットと白雪姫より気の毒。白雪姫はリンゴだから関係ないか。あれ?ジュリエットは毒はフェイクで未遂だったか。じゃ。ロミオか。夏海さんとはイメージ違うな。あんな血気盛んでやる気溢れる若者とは正反対だ。そしてどう考えても毒はあんな派手な色の缶には入っていないだろう。




「うっ……」




やっぱり。一口飲んだだけで悶絶してる。飲まなきゃ良いのに。そんな所だけ子供みたいに素直。本当に困った人だ。



そして。その困った所がどうしようもなく可愛い。はいチャンス。



「お疲れです!夏海さん。残りの毒は私が飲んであげますよ。さ。遠慮なく!」


「…助かった。頼む」



甘酒。よほど嫌いなのか具合悪そうだ。毒発言も否定すらしない。間接キス。ハァハァ。とか思っている彼女に素直に甘えてきた。甘酒だけにな。奇妙な味だけどコレに「甘い」と名付けた人はきっと天才なんだな。妙に派手な色も個性的で自販機の中でも浮いてて可愛いし。


「私。なんだか超楽しくなって来ました」


「年上の人が近くにいるからな。あかね。今日はずっと側にいろよ。離れるな」


「…っ!名前!そういう事を。また個性的なタイミングで言う!」






茜。初めて名前を呼んでもらった。ずっと側にいろよ。離れるな。塩対応の神の夏海さんの気まぐれサービス付きだ。



嬉しい。そう思う気持ちはこれ以上ないくらい本物だ。



それがこの派手な色の缶のおかげでも。占いのおかげでも。きっかけなんてこの気持ちにはマジでなんの関係もなかった。





甘酒コレ。意外とイケますよ?」


「茜は好みが狂ってるのか?」





大人げない。ぶっちゃけバカだなーと思う事もある。普通に考えればおそらくドン引きかも。私もご指摘の通り好みが狂ってるのかもしれないし。でもそれが楽しくておもしろくて仕方ない。夏海さんの他の人からみればどうしようもない所も。ダメな所も。






コントロール出来ないくらい大好きなんです。






-本編おしまい-




【NEXT おまけ1】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る