おうし座マジ切れ
◆
自分は小市民なので今日もコソコソ隠れてタバコを吸っていた。ここは防犯上の理由と消防設備があるので普段は鍵がなければ入れない区域にあるベランダだ。そして自分はメンテナンス用に管理している鍵を普通に悪用している。中から施錠してしまえば誰も入ってこれない安全な空間。だから今まで彼女含め誰にもバレずに平和にコソコソ出来ている。防犯上の理由とか普通に無視だ。相変わらずダメな大人だけど自分は基本的にはこんな感じ。
下の階から声が聞こえる。
どうやら誰か下の休憩スペースで話しているようだ。声は一人なので電話か。つか。この声は千秋か?千秋はよく通るはっきりとした声をしていた。毎日毎日その声及び本体に付きまとわれているので一番耳慣れた声だ。
盗み聞きしたいわけじゃない。戻るか。そう思っていると。
『昨日は本当に助かった。急に押し掛けてごめん』
昨日は珍しく千秋は部屋に来なかった。来ると言ってはいたが、急用が出来たと。どうやら電話の主と会っていたらしい。
急用。あれほど自分に執着している千秋が自分より優先する相手だ。こんなコソコソ隠れてタバコを吸うような男など優先順位が高いわけがないけど。
『ケイ。大好き。ありがと』
織り込み済みだ。最初からわかってた。おそらく不可能だろうと。
千秋は自分よりずいぶんと若いし。そして見た目もイケメンに見えるくらいバカみたいに整っている。センスが良くて仕事も出来るしあの裏表ないはっきりした性格は周りから好かれるだろう。神様すら無意識に寄せているらしい。恐れ入る。
だから自分は何度も説得したのだ。自分より千秋にふさわしい男はたくさんいると。テキトーに探さないでしっかり探せと。
そして千秋は見つけたらしい。絶滅危惧種なのかもしれない。元々千秋は『絶滅危惧種を探します!』とか言い出して彼氏候補を捜索していた。たまたま偶然ヒットした自分より普通にスペック高い奴はその辺にゴロゴロいるだろう。
自分だって占い全部を信じているわけじゃないが、おうし座の性格は慎重。好むのは安定。他人を自分の懐に入れるのは苦手。そして他人を信用するのにひどく時間が掛かる。
…だからこそ好きになれば一途。所有欲が強い。
なんだこれ。ムカついてきた。想定の範囲内だけどなんか異常にムカつく。普通に大凶引くコースに逆戻りだ。
根は快楽主義でぶっちゃけ臨機応変で自分の方がよほどリアルに最低なくせに、相手の心変わりは許容出来ない。本当に自分はどうしようもない奴だ。
下の階に移動すると、反射神経も良い千秋がすぐに反応して寄ってきた。
確か千秋は『いて座』だったな。行動力。好奇心。才能。
そしてなにより他の誰より強い【自由】
退屈は『いて座』を殺す。相性は最悪だった。
「千秋。お前。たしか『いて座』だったな」
「はい。覚えててくれたんですね」
ほら。こんな時までこのイライラを占いの相性のせいにしようとする自分は本当に下らない人間らしい。神様に嫌われるのも仕方のない事だ。もっとマシな男はたくさんいる。つか。ほとんどが俺よりはマシだ。身長と運動神経以外に取り柄もないタバコすら隠れてコソコソ吸うようなチマいおっさんだ。
でもそのおっさん。死ぬほど大人げないんだぞ。
「お前ふざけんじゃねぇよ。っんだよあれだけグイグイ迫って強引に人のテリトリーにズカズカ踏み込んできて。バカみたいに超可愛いし。くじ運は最高だし。ぶっちゃけ堪んないんだよ。おっさんの心を散々弄んどいて『ひょん』の次は『絶滅危惧種』に浮気ってどうなってんだコラ。それどんなひょんな事からなんだよ。好きになったら死ぬほど一途なおうし座舐めんじゃねぇぞ。最初はマジでリアルにドン引きレベルでそうでもないけど惚れたら独占欲尋常じゃねぇからな。彼女の心変わり程ムカつくものねぇわ。とりあえずそのスマホはぶっ壊すから貸せ?」
おっさん。大人げなくキレた。キレ方が振りきっている。自覚ある。でも久しぶりに普通にすげぇムカつく。遠慮なく好きになれだ100回言われても100回嬉しいだとしつこい程のたまったくせに。ずっと側にいろっつった瞬間速攻心変わりの『いて座』の狩人感が尋常じゃないわ。その手に日常的に弓矢とか持ってる存在だ。仕留めたら未練なく次の獲物を探すそのスピード感が『おうし座』には理解出来ない。
「な、夏海さん?私の事そんなに好きなんですか?」
「そこはとりあえず流せ。今はお前の心変わりが問題だ。これだから自由奔放でコントロール不可能な『いて座』は嫌いなんだよ。根本的に合わない。自由は『おうし座』を殺すんだよ」
ヒドイ言い掛かりだ。自覚ある。でもムカつくから仕方ない。開き直ったおっさん。自分で自分に引くわ。
「私は心変わりしてないと思いますけど」
「はぁ?昨夜及び3分くらい前にしてただろ。大好きなケイにな」
「お姉ちゃんですか?」
「…はぁ?」
お姉ちゃん??
「はい。
小さい頃から私は活発で生傷絶えなかったのでよく手当てしてもらうんですよ。ほら。と千秋が儚い清楚系のロングスカートを捲って膝の包帯を見せる。
そして千秋が清楚系のロングスカートをチョイスしているのは、自分のせいだった。
…自爆感が尋常じゃない。
勢い余ってスマホ砕くところだった。運動神経の無駄遣い。いや。運動神経とか関係ないか。単純な握力の問題か。そして、そんなドン引き確定のプチ病んだ独占欲をサラッと発表するべきではなかった。上手く隠しておかないとマズいポイントだったのに。自爆。最悪。
「それに夏海さん勘違いしてますね」
「…なにを?」
「真逆の相性の方が大恋愛になるんですよ!温厚な夏海さんがブチ切れたのが証拠です。超嬉しいです。あと99回くらい好きって言って下さい。もちろん遠慮なく!」
ぎゅーっと彼女がしがみついてきた。
前向きで自分の力で道を切り開く千秋は悔しいけど確かに自分と真逆だからこそ強く惹かれる。千秋はチマい自分を簡単に掻き乱す。
「…一回言ったから。もう言わない」
「さっきのはかなり雑な感じでしたよ?もう一回ちゃんと聞きたいですよぅ」
死にたい。
会社で大人げなくしかも自爆的にブチ切れたおっさんは今そんな気持ちだ。
「ちなみに私は超覚えやすいと評判の12月3日生まれです。13星座だと『蛇使い座』です。夏海さんがどうしても『いて座』が嫌なら対応出来ますよ?」
「…その対応力。尋常じゃないな」
日常的に弓矢持ってる狩人と、日常的に蛇持ってる(いや。飼ってる?)の。どっちがマシなのかわからない。おそらく誰にもわからないと思う。現実逃避。
「夏海さんは特別です。遠慮なく独占して構いませんよ。スマホ砕かれたら困りますけどね。だからとりあえずタバコ吸うとこ見せて下さい。私にだけに特別に」
「そんなとこ。見ても仕方ないだろ」
「独占欲ですよぅ」
「引くわ」
あー。恥ずかしい。世の中にドン引かれるのはこっちだ。無駄に疲れた。ホイホイとブチ切れた自分を葬り去りたい。おっさんの独占欲とかニーズないわ。サムイ。でも仕方ない。もう全部『おうし座』のせいだ。責任丸投げ。
5月20日生まれで、12星座だろうが13星座だろうが関係なくどうやっても『おうし座』の自分にはその自由と適応力でどこまでも迫ってくる彼女を振り切る事は出来そうにない。
しかも追走されるのが今では別に嫌じゃないのが一番疲れる原因だ。こんなガキをもう手離したくないとか思うおっさん。世間的にどうなの。ありえないよね。
でも。もう無理だ。離せない。
…意外と自分若かった感じ?いや。若くはねーわ。おっさんだわ。階段ダッシュしただけで次の日の朝全身痛くてちょっと泣いたわ。いや。ギリギリ泣いてはいないか。
とりあえずコソコソ隠れて一人でタバコ吸いたいな。見ても疲れないほっこり系のアニメ見たいな。
久しぶりに本気出したおっさんはそう思っていた。
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