第6話
右岸に砂洲が出てきたがそこはメキシコ領だ。国境線は川の中央を走っている。しばらく急流を進むとようやく手ごろな砂洲が左岸に現れた。
フロートをその砂洲に押し上げて、全身ずぶ濡れのふたりが陸に揚がった。流されないようにフロートを砂浜に引き上げて昼食を取ることにした。
アイスボックスからジェニファーがサンドイッチを取り出して辻に手渡す。小高い丘が砂浜に日陰を作っている。そこに並んで座ってランチを頬張るふたりの濡れた身体に日陰を過ぎる微風が心地よい。
サンドイッチを食べ終わったふたりは救命胴具のベストを枕に仰向けになって砂浜に横たわる。ふたりの上には白い雲が緩やかに流れる紺碧の空が広がっていた。
ジェニファーが辻の胸に頭を載せてくる。その肩を辻が右手で抱きかかえ、左指で濡れた女の髪を梳く。
ジェニファーがうつ伏せになった。ビキニのボトムが包む臀部が小高い丘のように突き出ている。それは肉付がよいだけでなく、腰の骨格が張り出しているからだ。日本語で出尻と呼ぶのが相応しい。それに本来の尻のうえに、もうひとつの小さな尻が載っている。西洋人によく見かける体躯で、この部からはアパッチの女には見えない。
辻が背中で結んであったトップの紐を解くと、ジェニファーが腰の両側の結びを解き、身を起こすと両膝を砂に置いて辻の太腿の上に跨った。
アップにしようと女が濡れた髪を両手でつかむ。とたんに半分白い双方の乳房が躍り上がる。乳首の周りの濃い茶色の輪は大きいのにピンク色の乳首は驚くほど小さい。これは東西どちらの血を引いたのだろうか。
辻の上には、豊満な太腿に挟まれた、黒く短いちじれた毛が作り出すくっきりとした逆さまになったデルタが浮かんでいる。このデルタは西洋人とは異なる。
辻が目にしているものは、単なる女の肉体ではなく、どこか神々しい創造物に思われた。
美術館で裸婦を描いた油絵や彫像にされた裸婦の前に見知らぬ歳若い女性と並んでもお互いに気恥ずかしい思いを抱くことはない。それは油絵に横たわる裸婦や一糸纏わぬ裸婦像が、見る者に創造された肉体が放つ美を提供しているからだ。その美が見る者に深い感動を与える。
辻が見上げる、樹木から漏れる陽光に揺れる裸体は、この地に太古から潜む神が創造した活きた彫像なのだ。人が手をかけるとこの眩いばかりの像は掻き消えてしまうだろう。
大自然の只中の全裸の女体からほとばしる曲線美。その神秘に圧倒される辻であった。
ジェニファーが上体を傾けて唇を重ねてきた。
再びフロートを流れに押し出してふたりは川を下る。両側の岸には低い丘陵が続くが、メキシコ側に時折数十メートルの絶壁を持つ崖が出現する。太古から川が削り続けて生まれた景観を見ながらおよそ二時間進むと、最初に置いた軽トラックが左岸に見えてきた。
引き上げたフロートをトラックに積み込み、出発点に向けて辻が運転する軽トラックが河沿いを走る。舗装されていない路面にトラックが上下するたびに隣のジェニファーの胸も上下に揺れる。
ふたりが運転する二台の軽トラックは、出発点から半時間ほどで斜面に葡萄畑が広がる小高い丘陵地に着いた。
丘の北斜面に半分ほど地下になった醸造所と貯蔵所を兼ねた建屋がある。北斜面のために直射日光を避けて貯蔵に向いているとジェニファーが説明しながら内部を案内してくれた。
ワイン業者から紹介された州立大学の農学部の専門家の話では、土質は葡萄の栽培に向いているということで、カベルネ・ソーヴィニヨン種を三年前に植えたそうだ。その専門家の勧めで有機栽培を採用している。後発のワイナリーとしてはなにか特色が必須だ。他からの差別化にはこの数年の間に関心が高まってきた有機ワインがよかろうとの専門家の薦めであった。
有機ワインには葡萄の栽培は有機でも、醸造過程で長期保存が可能になる添加剤を加える方式がある。しかし、ここでは醸造も有機にして完璧な有機ワインを狙っている。そのために保存期間が短く数年で完売せねばならないが、小規模なワイナリーには向いているともいえる。
横にして積まれた樽にサンプルを取り出す小さな穴がある。その栓を抜いたジェニファーが長いスポイトで少量を取り出した。グラスに濃い赤ワインが注がれる。
グラスをゆすって空気と接触させたサンプルを口に含む。赤ワインを好むもののワイン通ではない辻には、そのままで商品として売れるのではないかと思われた。だが、ジェニファーによれば期待値の七十五パーセントほどで、他社品と競合して市販するにはまだまだだそうだ。
テキサス南部は日照に恵まれ葡萄が完熟し柔らかい酸を保てる。しかし、天候の変化も激しく、年によっては天候に恵まれず不作になる可能性も大きい。
豊作に恵まれた年の良質のワインだけを出荷するのがボトルに葡萄の収穫年を記したヴィンテージで、ジェニファーの目標も味わいのよいヴィンテージを造り出すことにある。最近の映画に登場して全米で人気のピノ・ノワール種も加えることにしているそうだ。
しかし年によっては出荷が零になるリスクもあり、小規模なワイナリーとしてはヴィンテージだけに依存すると経営が不安定になる。その対応に、食前酒として人気が出てきたスパークリングワイン向けの葡萄を栽培に加えることも考えているそうだ。
酸が柔らかく加糖の必要がない完熟した葡萄をいったん発酵させて貯蔵し、異なる生産年のものとブレンドして瓶に詰めて瓶の中でもう一度発酵させる。ブレンドするためにラベルに生産年の記載がないノンヴィンテージはこのようにして造られる。加糖の必要がない葡萄を使用することから、市販のシャンペンと競合できるだろうとのジェニファーの目算だ。
「ワイナリーとして安定した経営が将来の目標なの。そのためには品評会で入賞するワインを送り出さねば」
遠くを見るようなジェニファーの横顔にはまた別の女の顔があった。
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