光月くんの仰せのままに!
探求快露店。
光月くんの尊さはカンストしている(個人談)
彼の名前は
名は体を表すとはよく言ったものだが月の光のように儚げながら美しい立ち姿に何をやらせても優れた結果を残すという完全無欠っぷり。
彼という存在を表すのに『光月優』という名前以上に相応しい言葉もないだろう。
ハーフらしく骨格は日本人のそれだがプラチナブロンドにアンバーの瞳を携えている。
濡れ烏とも形容される日本の黒髪を夜空に見立てるならば、1人、白金を靡かせる彼はやはり月だった。
美しい。
とても美しい人。
光月優。
そんな彼と私は言ってしまうとただのクラスメイトで、同じ年に生まれて同じ学校に通い同じクラス所属しただけ。
ごく稀に言葉を交わす程度の、赤の他人。
「光月くん! よければお友達から! 私とお付き合いしてください!」
バッと頭を下げて手を差し出す。
卒業を控えて自由登校を言い渡されてから人気の無くなった3年の教室には私と彼の2人しかいない……。
特別、示し合わせた訳でも彼のことを呼び出したという訳でもないのだが。
むしろ私がこの場にいるのは忘れ物をしたせいとかいう間抜けも間抜けな理由で、仕方なしに登校したら教室に光月くんがいたとかどういう運命の悪戯ですかって話ですよ。
忘れ物をした私よグッジョブ!
念の為、先に言っておくけれど出会い頭に頭を下げるなんて突拍子もない行動を起こした訳じゃない。
ちゃんとそれらしい挨拶とか会話とかはあった。
不審者として通報されてもおかしくないレベルの慌てふためきようだった自覚はあるけど笑って流してくれた光月くんは何かな? 天使? アッ月の化身でしたね。閑話休題。
私のような凡人如きがこの世の美と才能を詰め込んだ神々の最高傑作と言われても納得できてしまえるような相手の友人を名乗りたいだなんて烏滸がましいことこの上ないことは重々承知しているのだが、これにはマリアナ海溝よりも深い訳があるので聞いて欲しい。
そう……。
光月くんはどんな分野でも優れた成績を収めるだけの頭脳、身体能力、才能、全てを兼ね備えている人だけれど、だからこそ、専攻の分野というものもない。
言わば器用すぎる貧乏。
器用貧乏じゃない。
器用すぎる貧乏なのである。
天皇陛下を心より敬愛し好きなものはと聞かれたら日本文化と答える。
そんな光月くんの将来の夢は皇宮護衛官となり皇族の方々をお守りすること。
尊いの2乗で天界でも築くつもりかな?
モデルとか俳優とか、芸能人にでもなってくれたら誰に憚ることもなく追っかけができるというのに……!
ここで友達になっておかないと今後一生、お近づきになるどころか、その活躍を目にする機会さえ失われてしまう。
そんな時。
偶然にも人気のない教室で出会ったのだ。
この奇跡! このチャンス!
逃して何とする!?
もはや当たって砕ける他ないだろう!
そういう訳で私は勇気を振り絞り彼に頭を下げている。
「えっと、それは恋人からじゃダメなのか?」
…………うん? なんて?
「というか
悲しみを押し隠すような、ほんの僅かに寂しさを滲ませた声音が耳に届いて私はそろりと顔を上げた。
…………おおっ神よ! 私を殺せ!
眉を下げた光月くんは困ったように笑っている。
私のような下賤の輩が光月くんを悲しませ、あまつさえ困らせるなんて万死に値する所業ではないか!
「友達! 友達です! 私と光月くんは友達!」
友人を名乗るなんて烏滸がましい?
バカヤロウ!
月の君を悲しませて烏滸がましいもクソもあるか!
私と彼はフレンズ! そうフレンズ!
「良かった。それなら今更、友達から始める必要もないよな」
「そうだね!」
「これからよろしく、明沢さん」
「ひえっ……! は、はい!」
ふ、ふおおおおおっ……!
光月くんが……!
光月くんが! 私の手を! 握ってる!
慈悲深き神は私をお見捨てになるどころか施しを下さったらしい。
歓喜に打ち震えながら連絡先を交換した私はそこでふと我に返って首を傾げる。
……あれ?
「友達からじゃないなら何から始めるの?」
「ん? 恋人から?」
私の真似をするように首を傾げた光月くんが破壊的に可愛い。
美しさのみならず可愛さも極めてるとか何だ。
ただの天使か。
光月くんは月の化身で天使。
オーケー。
言葉の意味を理解するのに数分を要したし、状況への理解は更に半日を要したことだけは記しておきたい。
友達になって欲しいと頭を下げたらただのクラスメイトから恋人に昇格しました。
明日が命日かな?
今世における運は全て使い果たしたに違いなかったが、しかし、天に御座しまします神々の慈悲深さは底抜けらしい。
前世の私は聖職者か何かでかなりの徳を積んでいたのかもしれない。
恐れ多さに
私はまだ生きていて光月くんとも恋仲にある。
奇跡は現在進行形で起きている。
おおっ神よ……!
今日も慈悲深きあなた様に感謝を申し上げます!
…………まあ、ぶっちゃけた話。
県外の国立大学に進学した光月くんと地元で就職してちまちま事務員やってる私とじゃ中々時間も合わないので恋人らしいことやってるかって聞かれると答えはノー。まったくのノー。
長期休暇の折に都合を合わせて出掛けるとか、腕を組むとか手を繋ぐとか、そのくらいのことはするけれど、丸っと1週間、連絡を取り合わないなんてこともザラにある。
3年が経ってもキス1つ交わしたことのない相手を恋人と呼んでいいものかは私自身が甚だ疑問に思っているところだ。
なお、現在、夢を叶えるための試験勉強に忙しいらしい光月くんとは1週間どころか数ヶ月に渡って連絡を取り合っていない。
時間が取れるようになれば連絡を入れるという彼の言葉に頷いてそれっきり。
いや別にいいんだけどね。
そもそもとして私如きが彼の恋人という肩書きを持っていること自体が烏滸がましいことなので。
最大にして唯一の問題は、あの日のやり取りが妄想に過ぎず、彼とは付き合ってなんていないし、恋仲にあると思っているのも私だけなのではないかと————。
常時マナーモードのスマートフォンが震えて着信を告げる。
湯船に浸かりながらぼやーっとアプリゲームで遊んでいた私は画面に表示された名前に驚き過ぎて操作ミス。
通話を拒否する赤いボタンを掠めた指がタップした。
ああああああああ……っ!
待って待って待って!
光月くんからの! 電話を! 通話拒否だと?
万死! 速やかに万死!
慌てふためきつつも素早く履歴を引っ張り出す。
掛け直すまでの数秒にも満たない間に私は半べそをかいていた。
『……もしもし?』
「もしもしごめんなさいいいい……っ! 操作を! ミスして!」
『ああ。……もしかして寝てるところを起こしたか?」
「いや、お風呂に入ってるところ。本当に本当にごめんなさい!」
謝って許される問題ではないが謝る以外に手段のない現状である。
『……風呂って、今?』
「え? あ、うん? いつも今ぐらいの時間に入ってるから」
『そうなのか。……いや、そうじゃない。風呂に入ってるなら後で掛け直す。電話が取れる状態になったら連絡してくれ』
「え、今、だいじょ——」
『風呂に入りながらの通話を大丈夫とは言わない』
「アッハイ」
ガチなトーンで言われた私は大人しく通話を切った。
午後23時。
急いで上がったせいで転けそうになったり小指を角にぶつけて身悶えたり。
ご近所さんへの迷惑を考える余裕もなく。
バタバタしつつも万全の状態で電話ができるよう支度を整えた私はベッドの上で正座して深呼吸。
すーはーっ! すーはーっ! よし!
ここまでの経過時間は約5分。
電話を掛け直すと早すぎる、ちゃんとゆっくり温まったのか、髪は乾かしたのかって。
すみません。電話を受けるより前に十二分に温まっていたのでその点の問題はありませんが髪はまだです。
リテイクを言い渡された。
『……今度こそ大丈夫か?』
「大丈夫だよ! 髪も乾いてます!」
『まったく。……まあ、相変わらずみたいで安心したよ』
改めて久しぶり。
苦笑混じりにそう続けた彼はどこか他人行儀で、ここ数ヶ月の間、連絡を取り合っていなかったことを実感した。
そうだよ……。久しぶり、だよ……。
久しぶりでも変わらない尊さ。
光月くんクオリティ。プライスレス。
連絡をもらえたという事実に泣きそう。
感極まって泣きそう。
ふええええええ。
『そっちは何か変わったことあったか?』
「ううん。光月くんは? 試験どうだった?」
『おかげさまで無事に終わったよ』
「そっか」
『それで、あー……何というか……』
いつにない歯切れの悪さに私は首を傾げる。
お? なんだなんだ、別れ話か?
『願掛け、してたんだ……』
「うん」
『結果が出るまで明沢さんとは連絡を取らないようにしようって』
全然違った。
因みに皇宮警察のホームページから得た情報によれば最終試験があったのは約半月前。
結果が出るのは約半月後だ。
完全無欠の光月くんのことだからまず間違いなく合格しているだろうとは思うが正式な発表はまだなされていない。
……連絡、取っちゃってますけど。
いいのでしょうか?
『だけど、結果は直接伝えたくて……合格者発表の日に会えないかと……思ったんですが、ご都合はいかがでしょうか』
恥ずかしいのか。居た堪れないのか。
かしこまった口調で予定を尋ねられる……。
待って待って待って。
ちょっと待って。
かしこまった口調の光月くんとかレアすぎてキャパオーバー起こすから待って。
ご都合? 私のご都合?
「えっと……平日、だったよね……?」
『帰省の予定は立ててある』
「それなら、うん。だいじょうぶ」
『本当か?』
「うん。……実を言うとその日、有給取ってあるので」
『えっ』
「光月くんの試験の合否が気になって仕事、手につかないだろうなぁって、思ったので……」
受験番号すら知らない私が有給を取ったところで合否の確認ができる訳じゃない。
連絡だってこのまま取り合わない日々が続いていくんだろうなって。
そう思っていたくらい。
会いたいと、都合を尋ねられるだなんて想定外で、ただ、私はその日、1人きりでも彼の合格を信じて祝おうって……。
それまでに何の音沙汰もなかったら3年間の思い出は全て夢だったことにして忘れようと思ってた。
だって、キス1つ交わしたことがないのだ。
会わなくったってへっちゃらで。
連絡を取り合わないまま忘れ去れる。
私はきっとその程度の存在……。
そう思ってた。
なのに、何なの願掛けって。
私と連絡を取らないことが願掛けになるとか思ってる光月くん何なの!
それってもっと大切なものとか大好きなものとかご利益のありそうなものを断つやつじゃん!
ばか! ばかって言った私のばか!
『そっちに帰ったら埋め合わせをさせてくれ』
「埋め合わせ?」
『ああ。今回、色々と勝手を言ったからな』
「そんな。気にしなくていいのに」
『ダメだ』
光月くんはきっぱりと言い切る。
『俺を待っててくれたならその分の埋め合わせはさせてくれ』
「は、はい……!」
待ってたならって、そんなのずっと待ってたに決まってるじゃないか。
夢だったことにして忘れてもそれはただ期待するのをやめるというだけで待つことをやめるという意味じゃない。
そもそも、こうして連絡をもらえたということは夢ではなかったということだし。
「うっ……」
『明沢さん?』
「ゆ、夢じゃないんだなって思ったら涙が出てきて」
『……悪かった』
幸せ過ぎて明日こそ死ぬかもしれないと言ったら、バカと酷く優しい声で返された。
今日も光月くんは尊い。
光月くんの仰せのままに! 探求快露店。 @yrhy
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