地下施設

 院内は老朽化で廃れていたが、一般的な大病院と会い違わなかった。割れた窓から差し込む光が、うっすらと院内を照らしている。


「ま、20年も放置されてればこんなもんだな…。普通の病院と作りが変わらないということは、表向きは病院として経営していたみたいだな。」

 ブレイドは受け付け内にあった名簿を見ながら話す。そこにはこの島に住んでいたであろう受診者たちの名前が記されていた。また、棚を探ってみると診察記録も見受けれる。


「ちょっと、まわってきますね。」

「…傷んでいる箇所があるから、気をつけるんだぞ?」

「わかってるよ!子ども扱いしないでよ!」

 そう言ってエリーは受付から離れる。受付を離れた彼女は適当に病室の方に向かって行った。


「…うちの研究所のと変わんないわね。」

 彼女はそのまま病室を2~4部屋ほど覗いてから、少し進んで手術室へと足を運ぶ。手術室には一般的な設備が設置されていて、特に変わりはない。少し、そこを調べてから、彼女は再び適当に院内を探索した。一通り見て回ったが、普通の病院と大差はなかった。

 彼女が受け付けに戻ってくると、そこにブレイドの姿はなかった。


「あれ…どこ行ったんだろう、ブレイドさん?」

 するとエリーの無線が鳴る。


「こちら、ブレイド。今、院長室にいる。受付カウンターの上に地図を置いておいたから、それを見てここに来てくれ。」

「もう!勝手なんだから!」

 

―院長室。

 かつては豪華だったであろう、院長室も時の流れによって蝕まれ惨めなものとなっていた。その中で、ブレイドは机や棚に保管されていた資料を、かつて院長が使用していた大きな机に取り出して調査している。しばらくすると、そこにエリーが乗り込んでくる。若干、不機嫌な表情で。


「移動するなら、あらかじめ連絡するのが普通でしょ!?」

 彼女はブレイドが座っている机の前まで歩み寄る。


「ああ、すまない。つい連絡し忘れた。」

「…他の場所を見てきましたけど、普通の病院と大差ないですよ、ブレイドさん。」

「ん、まあ、そうだろうな…。君が調査をしている間に、ちょいとこの病院について調べてたんだが。」

 彼は一枚の書類を彼女に差し出す。その書類には画像がついていた。


「…何これ?羽?」

 その画像には羽のような器官が生えた女性が写っており、その下には“シャヘナトラ“と書かれていた。


「この島には奇妙な風土病があったみたいだ。なぜか、女性だけに羽のような器官が生えるというな。そして、この病院はそれを研究し治療するために建てられた。ま、診察記録を見る限りじゃ、普通の治療もやってたみたいだが。」

「それで、この女は何?シャヘナトラって…変な名前ね。」

「名前に関してはここの民族特有のものだから、何とも。風土病に感染した女性の一例だろう。…でだ、その研究施設がどこにあるかだが…。」

「一通り歩いてきたけど、そんなものなかったよ?」

「まあ、大体そういうもんは見えないところにあるもんだ…。」

「…地下にあるってこと?」

「そんなところだ。」

 そう言って、ブレイドは席を立つ。


「ん?目星でもあるんですか?」

 エリーのその発言に、彼は得意げに答える。


「こーいうのは、経験がものをいうってもんだ。ついてきてくれ。」

 そう言って彼はある場所へと向かっていき、彼女はその後を付いて行く。そして、辿り着いた先は、エレベーターの前であった。彼はエレベーターのドアをこじ開け、中を覗き、上の階にエレベーターが止まっているのを確認する。そうした後に、高周波ブレードを抜き、ワイヤーを切断する。

 当然ながら、エレベーターは勢いよく下へと落下していき、轟音が響き渡る。それから、彼はワイヤーを下へと垂らし始める。


「なんていうか、力技ですね…。」

「まあ、大概こういうので別の移動装置を作っている場合は少ないもんさ。特別なカードキーやコードを入力すれば行けるといった仕組みが多かったもんだ。ここまで大胆な方法を取ったのはこれが初めてだが…良し…行くぞ。」

 2人はロープを伝って下へと降下していく。しばらくすると、下に先程落下して大破したエレベーターが見え、そのすぐ上に、綺麗な状態で閉じている扉があった。


「これだけ、妙に綺麗ですね。他の扉はそんなでもなかったのに…。」

「当たりだな。」

 そういって彼はブレードで扉を切りつけ、勢いをつけて蹴破りながら中に入っていった。エリーも彼の後に続き中へと入る。

 その場所は先程の病院とは打って変わり、まるで20年前から時が止まっているかのように整った状態であった。


「…明るいね。電気が通っている…。太陽光発電でもしているのかな?」

「まあ、ソーラーパネルの寿命は20年以上とも言われているが…そんなのあったか?」

「…どっかにあったんじゃないんですか?」

 ブレイドは考え込む。


(…何でここには電気が通っているんだ?上の階の病院には通ってなさげだったが…。この島の状況を見るに、RASは存在を隠していただけ。管理や警備などは特にしていない…。…何故なんだ?こんな場所を残しておいて…。)

「どうしたんですか、ブレイドさん?…真剣に考えこんじゃってさ。」

 彼が真剣に考え込んでいる様子を見て、エリーが訪ねてきた。


「…いや、何でRASはこの島を隠していたんだろうな、と思ってな。」

「そんなの、やましいことがあるからに決まっているじゃないですか。」

「だとしら、この島の監視や、あるいは警備を付けておく方が普通だろう?」

「どこかに隠れてるんじゃないの?」

「…ここまで侵入するのを許してるのなら、そいつらはアホだ。それに、病院で俺たちは一時的に単独行動をとった。襲うなら、絶好のチャンスだと思わないか?」

「…た、確かに…。じゃあ、本当に誰もいないってことね…。」

「…隠してはいるが、本気でそうしているとは到底思えない。ここまで、誰にも見つかっていないのは単なる偶然だとして…どういう意図何だろうな?」

 エリーは思いついたように言う。


「あれでしょ!証拠は完全に始末したから、隠す必要はないって。」

「どうだろうな…。証拠を隠蔽するなら建物ごと潰しそうな気がするが。」

 彼女は目を丸くする。


「…やりそう…。」

 それを見たブレイドは口元を綻ばせる。


「だろ?…それに、ここに電気を未だに通しているのも謎だ。見た感じ、病院には電気が通っていないのにな。…そうしておかないといけない理由がこの先にあるんだろうが…。」

「とにかく、進んでみるのが手っ取り早そうですね。」

「だな。…ここから、先は何が出てくるかわからない。警戒していくぞ。」

 二人は地下施設の先を進んでいく。




 廊下の先にはいくつかの扉がある。ブレイドはその中で一番近い扉の方へと向かう。彼が扉の正面に立った時、扉は自動で開いた。


「…。」

 彼は警戒しながら、部屋の中に入っていく。入った部屋は個人の部屋らしく、簡素な家具が見受けられる。

 エリーはブレイドが部屋に入ったのを確認してから、直ぐ近くの扉の方へと向かう。その扉は自動的には開かず、ドアノブに当たる部分にボタンがついていた。彼女がそれを押すと、扉は開く


「…実験室みたいね。」

 彼女が入った部屋は一般的な実験室であり、実験途中の器具や試薬がそのまま実験卓に放置されている。机には実験ノートが置かれており、彼女はその一冊を手に取る。ノートには日々の実験の方法や結果が淡々と書かれており、それが何の実験なのかは彼女にはさっぱりだった。適当にパラパラとめくっていくと、実験とは関係のなさそうなメモというよりも、日記のようなものが書かれているページに気付いた。


「ん…何これ?…えーっと…。」


“今日、キルケ主任からこの研究所を去るように言われた。C-1エリア以外の研究員は皆、そう勧告されたらしい。そればかりか、ジェスター所長もここを離れると聞いたが…話がよく読めない。どうして、所長がここを離れるのか?それに、キルケ主任はここに残って何をするつもりなんだ?…それよりも、シャハラのことが心配だ。”

 次のページにも記されていた。


“ジェスター所長にシャハラのことを聞いた。…この研究所に置いていくつもりらしい。私もバカだな、考えてみればここから出せるわけがない。この後すぐにこの島を去る。この島の住人も連れて行くそうだ。住民たちもここの風土病に悩まされていただけあって、ことはすんなりと通った。明日から、別の研究所か…さようなら、シャハラ。”


「シャハラ?…実験で生み出された子供のこと?置いてきたということは、まだ、ここにいる?」

 エリーがメモを読み終わったちょうどその時に、ブレイドが声をかける。


「何か見つけたのか、エリー?」

 彼が実験室に入ってくる。右手にはいくらかの資料を持っている。


「大した収穫じゃないけど。…その資料は?」

「この施設の地図と、研究チームのリストだ。」

 彼はそれを実験卓に広げる。


「このリストに気になる人物が記載されている。」

「誰?」

「Cチーム主任、ウィッカーマン・キルケ。そして、所長のジェスター・ハウロー。…ウィッカーマン・キルケは現RASの高官だ。キルケはかなりの古巣で、彼がRASの高官へとなったのは、約30年前…。つまり、この島にいたときにはすでにそうだったはずだ。」

「それが?」

「RASの高官を差し置いて、所長の肩書を持っているこのジェスターが何者かということだ。今のRASにこんな名前の奴はいない…。」

「まさか…この人が長官ということ?でも、長官の名前って、誰も知らないし…確かめようがなくないですか?」

「そうとも限らない。長官になる前の奴を知っている奴らはいるはずだ。」

「ふ~ん、そうですか…。あ、で、その2人の名前が出ている日記を見つけたんですけど。」

 そう言って、彼に先程の実験ノートを渡す。


「…なるほど…。所長と他の研究員、そして、この島の住民はここから去っていたと…。そして、残ったのはキルケとC-1エリアの研究員のみ。ここに書かれている通り、確かに妙だな。…それに、シャハラという子供…。」

「20年前から、電気が通っているし…。培養液とか冷凍保存されていれば、まだ生きているかもね。」

「…そうだな。危険がなければ、救護するか。もしかしたら、当時のことを覚えているかもしれない。優先順位は低いが…。」

「手あたり次第やってると、いくら時間があっても足りないし…。調べる場所は決めようよ?地図も手に入ったことだしさ。」

「ま、そうだな。一般研究員とかの部屋を漁っても、重要そうなものは出てこないしな。」

 ブレイドは地図を広げる。


「俺たちがいるのはAエリア。もう一階層下のBエリアに所長室、主任研究室、セキュリティルーム。さらにその下のCエリアにはA~F培養室。プランはBエリアで情報と+αで物証を。安全を確認し、さらに、余力があれば、Cエリアでシャハラを探す。…どうだ?」

「いいんじゃないですか~。」

 エリーはテキトーに答える。それを見てブレイドはやれやれといった具合に肩をすくめる。そして、二人は部屋を出て、Bエリアへと繋がる移送装置へと向かった。

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