上陸

「…はぁ…。」

 廊下の椅子に座っている神崎は深くため息をつくと、俯き、手で顔を覆う。その彼女の方へ一人の男が近づいてくる。


「神崎さんでしたっけ?エリーの担当の。」

「…ブレイドさん?」

 患者服を着たブレイドは神崎の隣に座る。


「どうしたんですか、暗い顔して?」

「…そんなに暗い顔してますか、私?」

 神崎は苦笑いする。


「エクスシス副長官から聞きましたけど、神崎さんが悩んでいるのはエリーのことですよね?彼女の性格が変わったと聞いたんですが。」

「…そうですね。驚きました。別人みたいになっちゃって…。あの子は…とても優しい子だったのに…。」

 言葉を詰まらせる神崎。


「…どう変わったんですか?」

 再び神崎は深い溜息をつく。そして、ゆっくりと口を開いた。


「貴方たちが運ばれて大体3時間たった後に、エリーが目を覚ましました。私はそのことを聞いて、直ぐに彼女の病室に向かいました。病室に入った私を見ると、エリーは私に微笑んでくれました…でも…。私は、とても奇妙な違和感を覚えたんです。」

「違和感?」

「エリーがエリーでないような…確かに、見た目はエリーだけど、中身は違う誰かのような…そんな感じです。」

「中身が違う誰か…?」

「ええ…。それで、エリーは…直ぐに訓練がしたいと言い出したんです。もっと強くなりたいと言って。私はあまり無理をさせないよう止めたんですが、あまり目立った怪我などがないことから、副長官は了承しました。それで、VR訓練をさせることになったのですが…。」

 神崎の表情がますます曇ってくる。


「エリーはVR訓練で…敵をただ殺すだけじゃなく…バ、バラバラにして…。遊んでたんです…!おもちゃで遊ぶように、わ、笑いながら…。」

「…神崎さん。」

「VR訓練は何度かやりました…けど、あの子は…エリーは敵の排除は最小限度に抑えてた。殺すにしても、あんな残虐なことはやらなかった…。」

「…そんなことが…。」

 しばし二人は沈黙する。


「エリーは今どこに?」

「…自室にいます。」

 ブレイドは席を立ち、エリーの自室に向かった。




「ここが彼女の部屋だったな。」

 ブレイドはインターホンを鳴らす。すると無邪気な声が返ってきた。


「誰ですか♪」

「…俺だ、ブレイドだ。」

 ドアが開く。部屋の中では、エリーが大きなクマのぬいぐるみを抱いて椅子に座っていた。


「もうよくなったんですか、ブレイドさん?」

「…君ほどじゃないよ。」

 ブレイドはエリーの部屋に入る。エリーはにやにやしながらぬいぐるみを抱いている。確かに、以前と彼女の様子が違うことに彼は気付いた。神崎の言っていたような、奇妙な違和感も覚えた。


「変わったな、エリー。」

「フフ、神崎さんにもそう言われたよ。」

「優しい君が変わったと嘆いていたよ、その神崎さんが。」

 それを聞いたエリーは黙り込む。彼女の顔はぬいぐるみの影に隠れ込む。


「…俺が倒れている間に何があった?神崎じゃなくてもわかるぞ。以前の君は…」

「これが私なのよ!」

 クマのぬいぐるみを縦に引き裂き、立ち上がるエリー。綿と残骸が、彼女の足元に落ちる。


「エリー…?」

「私は…優しくなんかない。周りが…神崎さんがそう振舞えば褒めてくれたから、ただそうしていただけ。本当の自分になることから逃げていただけ。だから、弱かった。でも、もう私は弱くない。みんなだってそう望んでたじゃない!」

「…そうだったな。君の力を目覚めさせるのがあの任務だったな。」

「でしょ!?なのに何なのよ!神崎さんは悲しそうな顔するし!距離を取ろうとするし…!どうしろと!!」

 若干涙目になりながら稚拙な怒りを露わにする彼女を見て、根っこの部分は変わっていないと感じ、彼は少し安心する。


「フッ、そうだな。まあ、俺にとっては前の君より、今の君の方が任務をこなす上でいいと思うがな。」

「へぇ…ブレイドさんって、案外物分かりがいいんですね。」

「まあな…。それより、エリー。副長官から次の任務の話は聞いているか?」

 彼女はにんまりと笑う。


「勿論ですよ!そのために訓練してたんですから!」



 


 快晴の大空を黒い機体が横切る。RAS専用の高速ヘリがブレイドとエリーを乗せて、世界地図から隠蔽されていたウエストハイランド島へと向かう。

「RASから隠されていた島…一体何が眠っているのやら。」

 ブレイドがそう呟くと、機内にアナウンスが流れる。


「目的地のウエストハイランド島が見えてきました。2人とも降下準備をしてください。」

「やっとですね。」

 エリーはそう言って、ヘリのドアを開けて身を乗り出す。その前方には目的地のウエストハイランド島が迫っていた。ブレイドも彼女の後方からそれを確認する。


「あの建物が24番地病院か…。意外とでかいな。」

 ウエストハイランド島は面積約30 km2、ウエストハイランド島24番地病院を中心にいくらかの建物が散在している。病院は小高い丘の上にあり、その周りを森が囲む形になっている。その病院は大学付属病院より一回り小さいが、遠方からでもその姿が分かる。


「小さな島に似合わない大きさだな。」

「あそこで何をしていたのかな?」

「…さあな。だが、存在を隠すほどだ…碌でもないことに決まっている。」

 ヘリがウエストハイランド島の上空に位置すると、再びアナウンスが流れる。


「目的地上空に到着しました。2人とも降下してください。」

 ブレイドとエリーはロープを下ろし、ヘリから海岸へと降下する。2人が無事に降下したことを確認した後、ヘリはその場を去っていく。



―2時間前、ブラウン研究所の会議室。

「さて、これから今回の任務内容を説明する。」

 そう言って、エクスシス副長官は会議室のモニターに衛星写真を写す。そこには件のウエストハイランド島が映っていた。


「これがウエストハイランド島ですか?」

「ああ、そうだ。注目してほしいのは島の中心部にあるこの施設。」

 エクスシスはポインターでその位置を示し、写真を拡大する。


「これはウエストハイランド島24番地病院。この島の中で一番大きな施設だ。今回君たちにはこの施設に潜入して、長官につながる物証を探してきてほしい。」

「何で?」

 エリーが訝しげな表情で返す。


「実は、先ほど君らが遂行した任務だが。こちらで、内々にその事後調査をした結果、不審な点が何点か見受けられた。」

「不審な点って?」

 エリーが真剣そうな顔つきで聞く。


「テロ組織が襲撃する3日前に、リブリ研究所には大型の荷物が届けられている。」

「大型の荷物…ですか?」

「残念ながら、内容物のデータは抹消されていたが…君らの話から推定するに、女の人型生体兵器だろうな。」

「あいつか…」

 エリーはレーテーのことを思い出し、鼻で笑った。それを横目で見ながら、エクスシスは続ける。


「それに、テロ組織が研究所内を制圧するのが早すぎる。…というのも、どうやら、その日はなぜか警備が手薄だったようだ。通常は30人程度の専属機動隊が警備に当たっているが、その日は10人程度。…ありえないことだ。RAS管轄の大型研究所には20人以上の専属機動隊を常時警備させておかなければならないと、組織で決めている。…さらにだ。」

「まだ何かあるんですか?」

 エリーが呆れた顔で言う。


「RAS管轄の大型研究所には、有事の際を想定して防衛用の生体兵器を保管してある。」

「それは、浅羽さんから聞いたことがあります。確か…結構、政府ともめた案件ですよね?」

「政府ともめた…?何それ?」

 少し興味ありげにエリーがブレイドに聞き返す。


「防衛用の生体兵器はいくつも種類はあるが、RASが配置してるものの中には人間をベースとして作成されているものがあって…。」

「私たちと変わらないじゃない?」

「いや、人間をベースとしているが完全に研究所の防衛と、敵の殲滅に特化させたもので…俺たちの様に意識はなく、有事の際まで冷凍保管されている。そして、時が来れば電気シグナルで生命活動を再開させ、脳に直接埋め込んだ制御チップに単純な命令を送り込まれる…マリオネットと名付けられたこの生体兵器は確かに有用なものなんだが、倫理的な問題で政界内からも相当な批判があったそうだ。何しろ、こいつを一体作るのに一人の人間の尊厳なり何なりを剥奪するものだからな…。」

「へ~、面白いおもちゃを作ったものね。」

 2人の会話が終わったのを見て、エクスシスは再開する。


「さて…そのマリオネットだが。今回の件で起動がされていない。他の生体兵器は起動されているが。」

「…それは本当ですか?」

「リブリ研究所の保管庫に綺麗な状態で保存されている。…端末からログを見て見ると、3日前から緊急システムアラートとの接続が解除されていた。つまり、リブリ研究所のマリオネットはただの飾り物と化していたということだ。もし、奴らが正常に起動していれば、新型アルビオンが相手とはいえ、研究所の制圧は簡単ではなかったはずだ。それに…。」

「えぇ…。」

「君らが出会った…顔に逆十字の刺青が入ったスーツ姿の男の件。」

「…男というより、女っぽかったけど…。」

 エリーがボソッと呟く。


「君らの話を聞くに、そいつは恐らく長官の手先だろう。もしかしたら、長官の機密専属部隊“パンゲア”の一味の可能性が高い。まあ、あくまで推測でしかないが。」

 エリーは少し考えこんで口を開く。


「というと…エクスシスさんは、あれは長官が仕組んだと言いたいんですか?確かに不自然でしたけど」

 彼はゆっくりと頷く。


「長官はエリーとあの女を対峙させるために御前建てをしたと…保険として、俺とノメリアを付けてまで…?長官の意図が分からないんですが…」

 ブレイドがエクスシスに投げかける。


「その生体兵器の実戦データを取るついでに、エリーの覚醒も促すといったところだろう。ノメリアが逆十字の男が彼女を回収したと話していた。…それに、現に、エリーはそのおかげで新型としての力が覚醒したのだから。」

「それはリスクが高すぎませんか?あの女の力は異常だった。たまたまエリーが覚醒したから助かったかもだが、全滅するケースも十分にあった…。もし、俺たちが死ねば、長官への責任追及は免れなかったはずです。」

「どちらに転んでも、長官は別に構いはしなかっただろう。責任を追及したところで、RASは長官を守る。…いや、RASどころではないな。他の多くの組織、機関が長官の方へ付くだろう。あの人なしでは今のRASは…その他多くの組織、機関は存在しえなかった。」

 エクスシスは目を地に落としながら続ける。半ば呆れたような口調で。


「RASが世界的に力を持ち始めたのは、前長官からと言われている…。現長官に世代交代した約3年で、それは目覚ましいものになったそうだ。…素晴らしい人だった。当時は、あの人に憧れていたものだったが…。」

 彼の表情はどこか悲しげだった。


「彼が長官の座についてから40年経っている。…この間に世代交代は行われず、彼は長官の座につき続けている。…彼の後任に値する人物がいないという理由でな。私も含め、情けない話だが。…詰まるところ、今のRASから長官を降ろすには…ただの責任追及だけでは無理だということだ。決定的な物証がいる。」

「ふーん…そういうことですか。」

「ウエストハイランド島はRASが…恐らく、長官が主導で隠蔽した島だ。叩けば埃が出る。…その病院で行っていたのが病気の治療か研究か何かは知らんが、碌でもないことは確かだろう。」

 エクスシスは襟を正す。


「さて、今回の任務だが…これは極秘のものだ。ウエストハイランド島24番地病院に赴き、長官につながる物証を持ってきてほしい。20年前の施設だが…謎の多い場所だ。作戦という作戦は特にないが…準備は怠るな。極秘の任務ゆえに救援等は出せない。…健闘を祈る。」





―ウエストハイランド島。

 エリーとブレイドは24番地病院を目指して、足を進めていく。道は舗装されていたらしいが、手入れされていないためボロボロになっており雑草が生い茂っている。民家も見受けられているが、大体は崩れ落ちている。RASがこの島を隠蔽してから20年間、誰もこの島に立ち入っていないと推察できる。

(…誰もいないのか?いや、そんな馬鹿な…。だが…人の気配を全く感じない。)

「どこもかしこもボロボロね。」

「あ、ああ、そうだな。島本来の姿に戻りつつあるといったところか。」

 島の中で一味浮いている病院を見ながらブレイドは言う。遠目からでは分からなかったが、老朽化が進んでおり、窓ガラスはすべて割れ、壁にはひびが走っている。2人は病院の前へとたどり着く。病院は不気味な雰囲気を放っていた。


「一体何が出てくるのやら…。」

 2人は病院の中へと入っていく。

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