対峙
黒いスーツの男は長い髪を後ろで束ね、左顔に逆十字の刺青が入っていた。一見しただけでは分からなかったが、直ぐにそれがルミネットだとノメリアは認識した。
(まぁ…予想通りだな。そもそも、俺の知り合いなんてほとんどいねえし。)
「動くな!何者だ!?」
ブレイドがルミネットに向かって拳銃を構える。すかさず、エリーもそれに続く。
「もしかして、テロ組織の仲間ですか?」
ルミネットは首を傾けてにこやかに答える。
「そんな怖い顔して、銃を向けられては怖くて話もできないですよ?」
「フッ…ふざけたこと抜かす余裕はあるんだな、おい?痛い目会いたくなけりゃとっとと答えたほうがいいぜぇ?」
薄ら笑いを浮かべながらノメリアが答える。
「フフフ…余裕に見えるだけですよ?これでも内心ビビりまくりなんですよッ!」
ルミネットはそう言い放つと同時に両ポケットから何かを取り出そうとする。
バン!バン!
ブレイドはすぐにルミネットの両腕を撃ち抜くが、何も動じることもなく彼はそのまま、その何かを3人に向かって投擲する。
「何…!?あいつ何事もないように…!」
「それよりもこれは!?」
3人の足元に転がる2つの球形の物体から、一気にガスが放出され辺りに拡散する。
「催涙…いや、毒ガスか!?」
「で、でも何も苦しくないですよ!」
「…なるほど…。」
ノメリアが小声でつぶやく。
「フフフ…。」
ルミネットは彼らがガスに曝されるのを見てから、その場を足早に立ち去ろうとする。
「野郎が逃げる…!追うぞ!」
ノメリアが啖呵を切る。ブレイドとエリーがそれに続く。
逃走するルミネットを止めるために、ブレイドは銃を数発発砲する。しかしながら、銃弾が彼の体を貫いても、止まるどころか痛がる様子一つ見せない。
「こいつ…まさか、人型の生体兵器か…?」
「絶対そうですよ!」
「御託はいいから、追うのに集中しろ!」
ルミネットは後方を確認し、彼らとの距離を測る。
「こういったところで、引き離すのはやはり…難しいものですね。」
ルミネットは胸の内ポケットに手を入れ、彼らに向かって何かを投げる。
「小賢しい!」
ブレイドがそれを撃ち落とそうとしたとき、辺りに眩い光が放たれる。ルミネットが投げ放ったのは閃光弾であった。
「きゃあ!」
「くそっ!」
「野郎…!」
3人はとっさに目を覆う。閃光が消え、眼を広げると、そこにルミネットの姿はなかった。
「…逃げられちゃったの?」
「いや…まだそうとは限らねぇ。幸いにして、どうやらここは一本道みたいだ、見た限りはな。」
ノメリアの見詰める先には、長い一本道の先にある曲がり角があった。
「…先に進むぞ…。みんな警戒しろ。」
ブレイドが先頭を歩く。慎重に曲がり角を覗き込むと、その先には厳重な電子扉があった。
「ここはどこにつながってるんですかね?」
「…それよりまずは、これが開くかどうかだ。」
「カードリーダーが見えるが…。所謂キーカードがないと入れない奴じゃないか?」
「んなもん開くかどうか試してから考えればいいだろ。」
そう言い放ち、ノメリアが扉の前に歩み寄ると扉は静かに開く。
(まあ、そうだよな。)
「焦らせやがって…開いてるじゃねーか。」
「…エリー、俺の後ろについて来い。」
「は、はい!」
ブレイドの厳かな声色に少々エリーは驚く。
ノメリアを先頭にブレイド、エリーの順に扉の中に入っていく。そこはこの研究所の全セキュリティを司る巨大なメインセキュリティルームであり、円形状の部屋の中心に直径4~6 mほどの円柱状のセキュリティサーバーが底から天井に連結されている。
しかしながら、そこにルミネットの姿はなく、代わりに彼らの正面、セキュリティサーバーの前に内部に何かが入った大きめのカプセルが設置されていた。
「…あれは何だ?」
ブレイドが訝しんでいると、カプセルの前方が突然開放する。
「…人?」
カプセルの内部から、薄い藍色の長髪をした女が一人出てきた。
「ファースト様も結構無茶…いや、無謀なことをするものです。」
研究所内を悠々と歩きながらルミネットは独り言を言う。
「成功するにはリスクは取るもの…確かにそうですが、大きすぎるリスクは身を滅ぼす。それにファースト様はノメリアに目をかけ過ぎです。…身元も製造元も不明のどこの馬の骨かもわからない奴にあれほどまで肩入れするのは、はっきり言って謎ですね…。」
ルミネットは立ち止まり、後ろを見る。
「フフ…彼女に全員殺されれば、その責任はファースト様がとることになるか。強行してまで続けた任務であえなく失敗…しかも、新型も失うことに…。勝っても負けても面白い展開が待ってそうですね。」
そう言って、ルミネットは長い通路の暗闇に消えていった。
女は目を見開き、3人を認識する。琥珀色の瞳に沈んだ小さな瞳孔が一気に広がる。3人は異様な雰囲気を放つその女に対して直ぐに臨戦態勢を取る。
「何者だ?」
ブレイドが女に向かって言い放つ。
「…。」
女は彼らをじっと見たまま、何も答えない。
「何者だと言っているだろ!答えろ!」
ブレイドの怒鳴り声を聞くや否や、女は訝しそうに彼らを見つめる。そうして直ぐに、女はかなり不機嫌な表情を露わにする。
「…なぜ…お前はお前のままでいる…?なぜ…なぜ…彼らの様に全てを…自分すらも忘れない?」
「何を言っている?」
ブレイドがそう答えた瞬間に、エリーが口を開く。
「まさか、貴方がテロ組織を…?」
「…人の記憶に作用する物質を放っているということか?…あいつらのことを考えると、そうかもしれねえが…。俺らは何ともないぞ?」
「…まさか…。」
エリーは先程遭遇した黒いスーツの男を思い出す。
「あの人が私たちに浴びせたあのガスが…!」
その瞬間、悍ましい殺気が3人を包み込む。
「ああ…!忌々しい!!!」
怒りに歪んだ声が部屋に木霊するとともに、轟音が響き渡る。壁に先程女が格納されていたカプセルがめりこむように叩きつけられていた。
女の長い髪が風も吹いていないこの研究所で、宙に浮き、彼女の体の周りの空間がまるで蜃気楼のように歪む。
「私が…また、他の誰かの頭の…記憶の中に…!…消す…消す消す消す!!!記憶に生きる私を!!!全部…!全部消すんだ!!!!私を記憶する全てを!!!!“完全なる死”のために!!!!」
「……!」
完全に気圧されたエリーにブレイドが気付く。
「エリー!!気圧されるな!!」
「ブ、ブレイド…でも。」
「勝つことだけを考えろ!!…そうだろ、ノメリア!?」
ノメリアがブレイドに並ぶ。
「あたりめえだろ?」
「俺たちを信じろ!俺も、エリー…君を信じている!後は君が自分を信じるだけだ!」
「自分を信じる…。」
その言葉を聞いたエリーの目に光が戻る。そして、ブレイド、ノメリアに並ぶ。
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