第14話 不安なエリー
澄み渡る蒼い空に黒い影が移動する。中型の黒い移動ヘリであり、その機体の横にはRASのロゴマークが印字されている。今から30分ほど前に、エリー、ブレイド、ノメリアを乗せて、事件が起きたウィッカーマン管轄第3ベルン研究所に向かっていた。
機内の中には3D立体映像装置が搭載されており、3人の前には1stから送られた任務の詳細が投影されている。
第3ベルン研究所は田舎町の平原に建てられた、東京ドームほどの大きさを持つ巨大な研究所であり、主に癌、遺伝子疾患に関する研究を行っている。癌研究の権威であるRASの高官ウィッカーマン・キルケ(5th)が最も注力していた研究所であり、第5まである研究所の中で最も巨大で、最新設備を整えたものである。
「任務の内容は生存者の保護、そして、テロ組織とその放った新型生体兵器の殲滅になる。…今、研究所の監視カメラの映像ファイルにアクセスしているところだ。」
エクスシスの声が機内に響く。
「新型かぁ…。どんな面してんだろな?」
ノメリアが余裕そうな態度で言う。今迄からの経験からか、彼からは不安とかそういった感情はくみ取ることができない。逆に、初の実戦であり任務に赴くことになったエリーは不安に表情が歪み、それを紛らわせるためかキョロキョロと辺りを見渡している。
「…不安か?」
ブレイドがエリーを気にして言う。
「ふ、不安じゃないわけないよ…うぅ…。」
「…そういえば、君の名前をちゃんと聞いてなかったな。名前はなんていうんだ?」
「え…えっと…。私はエリー・ブライト。」
「先ほど言ったかもしれないが、俺はブレイド・グラスだ。よろしくな相棒?」
「相棒?」
ブレイドが爽やかな笑顔で笑う。
「俺とお前はパートナーだ。エクスシス副長官が言ってただろう?」
「そう…でしたね」
エリーはエクスシス副長官のことを思い出す。無機質で、無表情な印象だった。でも、その横にいたレナートさん?の方がもっとそうだった。
「なんだ?俺とは嫌だったか?」
「い、いや…そんなことは…。でも、いきなりだったし…どう反応していいか。」
「まあ、そうだよな…。フフフ…。」
ブレイドが何かを思い出したかのように微笑む。
「どうしたんですか、ブレイドさん?」
「…いや、何…。昔を思い出しただけだ。俺も最初のころはお前みたいに不安でいっぱいだったよ。」
「ほ、本当ですか?…見た目からは想像できないんですけど…」
「まあ、確かにな。よく言われるよ。…まあ、誰でも、最初はそんなもんだ。一部の天才ってやつを除けばな。それに、お前の境遇は特別だ…仕方ないことさ。」
エリーは真剣な顔をして俯く。
「私…足手まといにならないかな…?」
ブレイドは優しく微笑み、エリーの頭にポンと手を置く。
「俺たちを撃つんじゃないぞ?」
冗談っぽくブレイドが、優しくエリーに言う。エリーの口元は緩み、笑顔になる。
「…撃っちゃうかもです。」
「その意気だ。…承知しないからな?」
すると、立体映像にカメラの映像が投影される。
「やっと来たか。」
映像にはテロ組織の放った新型生体兵器が映っており、それは金属のような装甲に覆われた巨人型であった。
「…ほう。こいつがその新型とやらか…?しかし、どこかで見たことがあるな…。」
ノメリアが顎に手をやり、映像をまじまじと見つめる。そして、何かを思い出したかのようにポンと手をたたく。
「思い出したのか?」
「ああ、こいつはおそらく、タイタンをベースに改良した奴だな。体の大半が装甲に覆われていて見ずらいが、隙間からタイタンと同じ赤色の体色が確認できる。加えて、奴の右腕…左腕よりも発達している。これもタイタンの特徴だ。」
すると、エクスシスの声がスピーカから流れる。
「ご名答だな、ノメリア。RAS情報部が映像を解析したところ、こいつは既存の生体兵器である巨人型プロトタイプ:タイタンα型を改良した、新型のアルビオンというものだ。旧型のタイタンよりも筋肉量が40%以上も増加しており、従来ではかなわなかった装甲の付与が可能になったために防御面が格段に上昇している。加えて、装甲付与による機動性の低下も抑えられている。」
「…しかし、それだけで新型を名乗るのはどうかと思いますがね。これじゃただの改良型だ。」
ブレイドがエクスシスに答える。
「これだけを聞けばそうだが…。映像ログに録画された映像を確認した結果、こいつは強力な放電能力を持っていることが分かった。」
「放電能力だと?」
「どのような仕組みかはさすがに不明だが…かなりの威力を持っている。防護用の生体兵器を一瞬にまる焦げにし、吹き飛ばしている。」
「…射程はどのくらいだ?」
「詳細は不明だが、映像からは5 m…もしかしたら、それ以上かもしれない。」
「着任早々、厄介な任務になりそうだな…。」
「…うぅ…」
「絶縁体スーツでも着ていくか?」
ノメリアが冗談半分に答える。
「…これは着ても着なくても一緒だな。当たればほぼ即死だ。」
「ブレイド、ノメリア…。恐らく君たち2人にとっては少々難な任務だと思うが、エリーにとっては相当危険なものだ…。無茶な要求かもしれないが、エリーのことは頼む。そして、エリー…、くれぐれも無茶はするなよ?」
「は、はい…!」
「これより、ベルン研究所のヘリポートに降下します!」
ヘリのパイロットが彼らに答える。外を見ると巨大な研究所である、ベルン研究所が近づいてくる。
「…何だ…?扉が閉まってやがるぞ…。」
「テロ組織が研究所のセキュリティをいじったのか…?」
「なんて大きな…研究所なの…。」
その巨大さに圧倒されるエリー。研究所が近づくにつれて彼女の鼓動は不安や焦燥で、高く大きくなっていく。彼女は胸の前で手を握りしめ、不安な表情をする。
やがて、ヘリはヘリポートへと着陸し、3人が外へと降り立つ。
「さて…どうしたものか…。」
「エクスシス副長官、遠隔操作で扉のロックを解除することはできないのですか?」
ブレイドが無線でエクスシスに要求する。
「遠隔操作の必要はない。その場で解除することができる。まずは、ロックされている扉の所に行け。」
3人は一番近くの扉の前に行く。
「扉の前に来ました。」
「扉の近くにコード入力機器があるはずだ。」
ブレイドは扉の右にあるコード入力機器を見つける。
「ありました。」
「よし…そこに今からいう番号を入れるんだ。そうすればロックが解除される。…いくぞ。4890001923だ。」
ブレイドはその通りに数字を入力していく。すると、ピーっという電子音が鳴った後に、分厚い鋼鉄の扉が地面へと格納され、研究所内へと続く道が開かれる。
「開きました!」
「…では、任務開始だ…。研究所内では無線は通じない。君たちの健闘を祈る。」
研究所内には電源が通ったままであり、いつものように内部を照らしているが、静まり返り不気味な雰囲気を解き放っている。
その雰囲気に気おされ、エリーは数歩退いてしまう。不安に顔を歪ませ、体を縮めている彼女を見たブレイドはそっと彼女の肩に手を置く。
「ブ、ブレイド…。」
「怖気づくのは仕方がないが、ここが最初で最後じゃない。気を引き締めろ、エリー。…安心しろ。俺たちが命に代えても守る。」
そう言って、優しく微笑むブレイドにエリーは顔を赤らめる。
「あ、ありがとう…ブレイド。」
「心の準備はできたか、エリー?」
ノメリアが右手にナイフを携えて言う。彼はすでに、いつでも戦闘へと入れる姿勢に移っていた。エリーも肩から掛けていたアサルトライフルを直ぐに携えて言う。
「…ええ。もう、準備はできました。」
「上出来だ、エリー。」
ブレイドも高周波ブレードを構える。
3人は警戒をしながら、研究所内へと入っていく。
「…しかし、妙ですね。」
エクスシス管轄である情報解析部員がエクスシスに言う。
「ああ…そうだな。やはり、他の場所のカメラから映像を抽出することはできないか。」
「ええ、抽出できるのはA-15、14、11、5、1区画とC-12区画の映像だけで、それも時間帯は今から約3時間前…テロ組織が新型を解き放ちしばらく暴れたころまでの映像だけですね。」
新型のアルビオンが映された映像の前で、エクスシスは顎に手を当て考え込む。
「都合がよすぎますよね、副長官?」
「…そうだな。まるで我々に知られたくない情報が他のカメラや、3時間前以降の映像に記録されていたようだな。」
「みたいですね。アクセスログを解析したところ、何者かによって削除されている形跡があります。それも内部からではなく外部からのアクセスがあったようです。」
「どこからかはわかるか?」
「残念ですが…。追跡することはできますが、アクセスポイントはざっと見積もって数百あります。すべてを解析するにしても、時間がかかりすぎますし、特定するのはほぼ不可能です。」
「…しかし、セキュリティレベル:5に干渉するにはプロトコル:エクセルサスの特異的なコードが必要なはずだ。ベルン研究所のエクセルサスコードはそれを管轄しているウィッカーマンしか知らないはず…。それに彼は去年に脳梗塞で倒れてから昏睡状態だ。…他に知っているものがいるというのか?」
「恐らく…。」
すると、エクスシスの携帯電話が鳴る。着信はRASの高官である朝倉青藍(10th)からであった。彼は解析室を出て、電話に出る。
「朝倉か…。私に何か用か?」
「お、驚かないで聞いてくれ…。」
電話越しであるが、明らかに朝倉が動揺しているのが分かる。
「…いい知らせではないようだ。一体何があった?」
深呼吸をして朝倉が答える。
「…浅羽が…殺された…。」
「…は…?」
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