第12話 強行決定

「…ついにここまで来てしまったな…。」


 老人は胸ポケットから一枚の写真を取り出す。写真は光が反射して白く輝く。

「…君は私を嫌うだろう、…軽蔑するだろう…しかし、私は…。」


 老人はライターを取り出し、写真に火をつける。写真は黒く焦げ、地面へと落ちていく。

「私にはこの道しかもう、残されていないのだ…。」




「おい…いつまで落ち込んでやがるんだ?」

「だって…だって…パンツ丸出しで…」

「過ぎたことネ、忘れるよろし」


 顔を伏せて、落ち込んでいるエリーの頭を神崎が撫でている。ノメリアとブレイドはいつまでもめそめそとしているエリーに半ば呆れていた。これから、バイオテロ組織の生体兵器と戦うというのに、こんなメンタルで大丈夫かと、2人は思っていた。

「落ち込む気持ちもわかるが…そろそろ、実地試験の内容を話させてもらおうか。」

「あー…よろしく頼む。」


 エクスシスは小さな棒状のリモコンを持ち、スイッチを入れる。すると、中央の3D立体映像装置が起動し、立体映像が投影される。立体映像には奇妙なサル型の生物が映し出されている。それは腕が異常に発達しており、所々に白い甲殻のようなものが体を覆っている。

「さて、今回の実地試験の内容だが、この研究所内での試験を検討している。A-12実戦モニター室での対生体兵器試験だ。まずは、エリー?君の基本的な身体能力を見ようと思う。少々きついかもしれないが、君には旧型の生体兵器ハヌマンと戦ってもらいたい。」

「懐かしい名前ですね、副長官。一昔前にテロ組織で使われていた森林及び密林決戦型対ゲリラ生体兵器ハヌマン…込み入ったジャングルなどの場所を得意とするサル型の生体兵器。昔はお世話になりましたね…。今は強化種のType - 2が主流ですが…。」

「ハヌマンは腕の筋肉が非常に発達している。現存するサル以上に、木々への移動速度が速く捉えるのが難しい相手だ。注意すべき点はその腕だ。強靭な筋肉を持つ腕はさながら鋼鉄の棒だ。この腕から放たれる攻撃の威力は半端ではない。しかし、それと同時に、この腕がこいつらの致命的な弱点でもある。」

「この腕を破壊すれば、ほぼ勝ちってこと…?」

「ああそうだ。…しかし、いきなり一人でこれを倒すのは期待していない。そこで、そこに座っているブレイドに補佐を行ってもらう。」

「ブレイド…?」

「ああ、ブレイド・グラスだ。よろしく。」


 ブレイドは簡単に自己紹介をする。

「エリー?君はこの実地試験が終わった後も彼とともに任務を受けてもらう…つまり、彼は君のパートナーだ。」

「パートナー…」

「そして、万一の状況になったときに、そこにいるノメリアが対処をする。」

「はいよー」

「…」

「さて、次は、今回君が実地試験を受ける場所の詳細だが…」


 エクスシスが状況説明に入ろうとしたとき、立体映像が乱れてかき消え、RASのロゴマークが現れる。RASのロゴマークはくるりと一回転してから消滅し、“1st”という文字が浮かび上がった。

「…これは、一体…。」


 一同が呆気に取られていると、会議室に電子音が混じった声が響き渡る。

「ごきげんよう、諸君…。」

「…長官…!」

「長官…」

「これは長官の声ネ!」

「RAS長官…1st様!?」

「ファースト?」


 エリーはぽかんとしており、神崎に聞き返す。エクスシスの顔は曇り、明らかに険しい表情になっている。

「…お久しぶりですね、長官。定例会議にも出ずにどこにいらしてるんですか?」

「君が知る必要はないことだ。…それよりも、新型のエリーに関する実地試験だが、私が決めさせてもらおう。」

「…エリーの管理権限は貴方ではなく、私にあるはずだが?」

「RASの権限はすべて私にある。無論エリーの管理権限もな。」


 誰から見てもわかるように、エクスシスの表情はみるみる険しくなっていく。隣に座っているシャオロンはものすごく居心地悪そうな顔をして肘をつき、うなだれる。レナートは特に慌てた様子はなく、静かに座っている。

「さて、速報だが…今日の午前10時43分にウィッカーマン管轄第3ベルン研究所にテロ組織が新型と思われる生体兵器を解き放った。」

「…何だと…!」

「そんな情報は…!」

「民衆の混乱を防ぐために、情報は隠蔽してある。これを知っているのは、私と、今この場にいる全員のみだ。…しかし、いいタイミングだと思わないか…?。」


 エクスシスが勢い良く立ち上がり、1stに向かって怒鳴る。

「貴様…!まさか、そこにエリーを向かわせるつもりか!?」

「!…いくらなんでもそれは無理ネ!無謀すぎるよ!」

「え…え?」

「…長官。お言葉ですが、本気ですか?…だとしたら、あまりにも無謀すぎます。エリーはまだ基本的な訓練しかしていませんし、それに実地試験は今日が初めてなのですよ?」

「承知しているとも、レナート?それに伴うリスクもな。」

「ならば、どうしたらそんな言葉をはけるんだ!?」

「言葉を慎めよ…エクスシス。エリーの、新型の能力を開花させるには、なまっちょろい試験よりも実戦の方がいい。生物というものはかつてない窮地に立たされた時に、真の力を発揮するものだ。…それに、奴らのは新型と言ってもまだ、実験段階だ。実戦データを取ることが主な目的だろう。ここは徹底的に叩き潰し、我々の新型と奴らのとでは、天と地ほどの差があることを知らしめてやるのだ。…それに、ここ数年で、奴らの技術も相当向上している。エリーの能力の開花が早ければ早いほど、奴らの新型に対処しやすくなるというものだ。加えて、無意味な犠牲もなくなる。」

「しかし、危険すぎる!…もし、エリーが殺されでもすればどうなる!?それこそ、奴らの思うつぼだぞ!」

「…フフ…そう熱くなるなよ、エクスシス。君らしくないぞ?」

「…く…!」

「そ、そうネ。まずは落ち着くネ…?」

「新型を…エリーを死なせるつもりは毛頭ない。そのために、そこに優秀な護衛がいるだろう?」

「だとよ、ブレイド?」

「あんたもだろ、ノメリア?」

「しかし…!」

「心配性だな君も…。必要とあらば、私の専属部隊“パンゲア”も送ろう…。」

「何…!?」


 エクスシスの瞳孔が開く。シャオロン、レナートも動揺している。

「…何だ?パンゲアって?」


 ノメリアはあまり興味なさそうに聞いた。

「噂でしか、聞いたことがない…。RAS長官の専属機密部隊…。その存在はRASの高官でも一握りの人物しか知っていないと言われている部隊だ。」


 ブレイドが静かに言葉を漏らす。

「どおりで俺が知らないわけだ。」


「何かを得るには必ずリスクがあるものだ…。無論、この件に関して、全責任は私が取ろう。」


 エクスシスは目を瞑り、頷いた。そして、脱力したように席に着いた。

「……わかりました。」

「フフ…。私もできれば部隊を出したくない。エリーのことを頼んだぞ、ブレイド、そして、ノメリア?」

「…了解いたしました。」

「承知しましたよ、長官殿。」

「新型…エリー。」

「は…は、はい!」

「期待しているぞ…君の力を」

「えと…う…うぅ…わかりました…。」


 立体映像が消え、室内が静まり返る。何とも言えない、嫌な雰囲気があたりを包む。その時、エクスシスが立ち、顔を上げる。その顔には先ほどの険しさはなく、いつもの表情に戻っている。彼はジャケットを正し、口を開いた。

「考えていてもしょうがない…不本意だが、長官が決定したことだ。さあ、エリー、ブレイド、ノメリア…」

「…はい。」

「はっ!」

「へいへい…。」


「状況開始だ。」

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