新型兵器

第11話 始動

高層ビルの一室に赤いコートを着た男、ノメリアが入る。その部屋にはすでに二人の男がいる。一人は窓から外を眺め、もう一人は窓際に1つある机の傍に立っている。窓から外を眺めている男は1stと呼ばれている老人であり、もう一人の男はルミネットである。

 ノメリアは部屋の中央に置かれてある黒いソファーへと近づき、そこに腰を下ろす。ソファーの近くにあるテーブルにはいくつかのまとめられた書類が置かれてある。

「で、何の用だい、長官殿?」


 ノメリアは1stに向かって話しかける。1stはゆっくりと彼の方を向き、口を開く。

「久しぶりの殺し以外の任務だ、ノメリア。」

「久しぶり?冗談よせよ…初めての間違いだろ?」

「…そうか、すまない。何十年も任務を任せていたから、一つくらいはそういう任務があると思ったんだがな…まあ、いい」

「ボケですかね、1st様?もういい年ですし」

「…ちげえねえ、くくく…」

「…さて、任務の内容だが、詳細はそこの書類に書かれてある。簡潔に言うとだな…ノメリア、君にはある人物の護衛をしてほしい。」

「護衛任務か?」

「ああ、そうだ。しかし、ボディーガードのようなものではない。護衛というよりも補助という方があっているかな。」


 書類に目を通すノメリア。

「…ほう…新型の人型生体兵器か…。時代も進んだものだな、長官殿?」

「最近のバイオテロ組織も一筋縄ではいかなくなってなあ…。恐らく、どこからか、優秀な研究者を引き抜いたんだろう、強力な生体兵器を使ったテロが後を絶たなくなってしまった。」

「それで、その対抗策がこれというわけか?」


 1stは再び窓から外を見下ろす。

「新型の生体兵器は今後のテロ対策に大いに役立つ存在だ…。それと同時に、私の計画にも必須の鍵となりうる。新型がどれだけの潜在能力を秘めているかを見極めるのは極めて重要なものだ。」

「つまり、実戦に付き合えということだろ?危険にさらしつつ、その能力を引き出すために?」

「その通りだ。」

「相手をするのは…テロ組織の最新の生体兵器ということだな?骨が折れるな、物理的に…」

「骨どころじゃすまないかもね。ノメリア、君には死んででもその子を守ってもらう必要があるんだからね?」

「ヘイヘイ…所詮俺は使い捨ての一兵士ですよ。…しかし、俺が良くても、あの人は許してくれるのか、長官殿?」

「フフ…何を言っている、ノメリア?私はRASの長官…そして、奴は副長官だ。私の命令に背くことはできん…まあ、反抗するだろうが、心配するな。君は安心して、任務に集中するがいい。」

「承知しましたよ、長官殿。」




 エクスシス管轄第1ブラウン研究所


「…よいしょっと、早く着替えなきゃ!会議に遅れちゃう!」


 部屋の中で少女がバタバタと急いで着替えている。慣れない手つきで、専用の制服を着こんでいく最中に、扉の外から女性の声が響く。

「エリー、まだなのー?会議に遅れるわよー?」

「先に行ってて―!すぐに行くから!」

「いいの?分かったわ…でも、私案内を任されているから、受付に行ってるね?着替えたら、すぐに会議室に向かうのよ?」

「わかったー!!」

 

 少女の名はエリーと言い、長い金髪の髪とサファイヤのような青い瞳が特徴的である。彼女はスカートをはこうとし、足を引っかけて転んでしまう。

 「あいたたた…こんなことしてる場合じゃない!急がなきゃ!てか、このスカート…どこで止めればいいのよ!…あーもう!スカートは後!先に上着を着よう!!」

 

 エリーは急いで上着を着ようとするも、少し特殊な専用服に手間取り、結構な時間をかけてしまった。

 「ゲッ!?もうこんな時間!?やばい!!」

 

 彼女は上着を着るとすぐに部屋を飛び出し、猛ダッシュで会議室へと走る。その彼女を物珍しげに通り過ぎる研究員たちが見ていた。驚いている研究員もいた。それに目をくれずに、彼女は走り去っていった。



「…相も変わらず、バカでかい研究所だな。」


 研究所の駐車場に車を止めて、ノメリアは外に出る。ブラウン研究所は埋め立て地に建てられた研究施設であり、潮風がノメリアの髪を靡かせる。RASの副長官との会議であるため、彼はいつもの服装ではなく、ばっちりとスーツ姿を決めていた。

「全く落ち着かねえ格好だぜ…やれやれ」


 ノメリアは足早に研究所の方へと向かった。正面の自動扉を抜け、受付へと向かい、入管許可証を渡す。

 「お待ちしておりました、ノメリア様。5階のClass – 5会議室でRASの高官の方々がお待ちしております。私、神崎がご案内いたしますので、後をついてきてください。」

「…エクスシス副長官と他に誰が来てるんだ?」

「シャオロン・リー様とレナート・ジルコニス様がご同伴しています。」

「…そうかい。」


 しばらく歩くと、黒服を着たボディーガード達が道を塞いでいた。RASの高官たちのボディーガードである。

「大した警備だな…全く。」

「世界の最高峰の方々ですからね。…しかも、RASの長官…1st様は噂によると、一国の大統領並みの権限を持つとか…。どうなんですか、ノメリア様?」

「さあな?…俺は奴の仕事なんぞ知らねえよ。俺はただあいつに仕えているだけだ。」

「そうで…」

「待ってえええええええ!!神崎さん!!!」


 後ろを振り向くと、猛ダッシュでエリーが2人の元へと駆け寄ってきていた。

「エ…エリー…?」

「…こいつが…そうか」

「まだ、神崎さんがついてないってことはセーフよね!?」


 息を切らしながらエリーが言う。周りのボディーガード達がざわめく。

「な、なんでみんな私を見てるの?しかも、険しい顔で?」

「エリー?…気付いてないの…?」

「え?なにが?」

「下…下を見て…」

「下って…きゃ、きゃああああああああ!!!」


 エリーはスカートを履くのを忘れたまま部屋を飛び出しており、パンツが丸見えであった。エリーはすぐに手で覆い、ぺたんと座り込んだ。顔は真っ赤で、涙目になっている。

「おっちょこちょいですね…相変わらず…。」

「そんなレベルじゃあないだろう?…全く…」


 ノメリアは着ていたジャケットを脱ぎ、エリーに渡す。

「これで隠せ…。」

「あ、あ、ありがとうございます…。」

「優しいんですね?」

「こう見えて紳士なんだよ、俺は。…早いとこ服を着てこい。俺から会議の時間を遅らせるように、副長官殿に頼んでやるよ?」

「すみません…。」

「神崎とか言ったな?こいつを頼むぞ?」

「はい、わかりました。…では、エリー?」

「うん…」


 神崎はエリーに寄り添って、部屋に彼女を連れていく。ノメリアはやれやれといった具合に髪をかき上げ、会議室の中へと入っていった。会議室には大きな正方形のテーブルがあり、その中央には3D立体映像装置が付いており、RASというロゴマークがくるくると回転している。

 RASとはここ数百余年に渡って発展してきた国際生物科学研究機関であり、生物学、化学、そして、医療へと大いに貢献してきた世界最大の研究機関である。RAS管轄の研究所は世界各地に配置され、長官を含めた13人の高官たちによってそれぞれ管理されている。RASに所属する研究員は数万人にのぼり、数々の著名な研究者もここに従事している。

 RASという名は最も有名な癌原遺伝子rasが由来である。Rasタンパク質は細胞増殖に必須、つまり、生物の生存に必要不可欠な遺伝子であるが、その暴走によって癌化を促し、生物を死に追いやる。初代長官のエルキオス・スペンサーはこの遺伝子の様に、世界に必須であるが、ひとたび暴走すればそれすら壊してしまう力を持つということを刻んでおくためにこの名を付けた。

 RASの高官は機関の中でも機密な存在であり、名前とコードネームのみだけが公開されているが、長官はコードネームだけである。コードネームは序列も示しており、1が最高位であり、13が最下位である。


 机にはRASの高官である副長官エクスシス・クロイツフォード(2nd )、レナート・ジルコニス(3rd )、シャオロン・リー(6th )がエクスシスを中央にして3人並んで座り、その右手側にもう一人の男が座っている。

「やっと来たかと思ったが、ノメリアね…。」

「俺で悪かったですね、シャオロン殿?」

「君一人だけかな?…案内役の神崎は?」

「ああ、ちょいと諸事情あってだな…。神崎はエリーだったか?そいつを連れて部屋に戻っているところだ。…つまり、遅れるってわけだ。」

「アタシ達を待たせるとは…いい度胸しているネ?」

「…落ち着きなさい、シャオロン。別に急な用はないでしょう?」

「冗談ヨ、レナート?ジョーダンネ?」

「…まあ、それは置いといて、こいつは誰だ?」


 ノメリアは座っている男に指を指す。

「こちらはエリーのパートナーのブレイドだ。彼は浅羽総一郎(4th)の専属護衛隊の元隊長だ。遺伝子強化実験によって後天的に身体強化を行った遺伝子強化兵だ。」

「…あんたがノメリアか。RASの長官の右腕と聞く。会えて光栄だ。」

「浅羽のねぇ…。まあ、いい。こちらこそ、よろしく…。」


 ノメリアはブレイドと対面になるように席に着く。

「しかし、副長官殿だけでなく…2人の高官も来るとは聞いてなかったぞ?」

「新型をどうしても一目見たいと譲らないものでな…。」

「好奇心旺盛なものでネ。」

「長官の今後の方針を見たかったので…。」

「そうかい…RASの高官は割と暇してるんだな~…羨ましいぜ?」

「やってみるか?」

「冗談だよ、冗談…本気にすんな。遠慮しとくよ?」

「…なあ、ノメリア?」


 神妙な顔でエクスシスがノメリアに尋ねる。

「最近の長官はどうだ?」

「…どうというのは?」


 ノメリアは眉をひそめて答える。

「ここのところ様子が違ってな。…いつも出席していた定例会議にこれで5回連続で欠席だ…それに、今までアクセスできたスペンサータワーのメインコンピュータにも高度なセキュリティがかかっている…。加えて、所在も不明だ。…彼は一体どこに居る?何をしている?」


 ノメリアは真剣に問いかけるエクスシスを鼻で笑って答える。

「さあ?…俺はあいつの仕事なんぞに興味はねえからなぁ…。そもそも、知ってて答えるとでも思っているのか?うん?」

「…別に答えたくなければ答えなくていい…。しかし、これ以上、勝手な行動をされては組織も困る。長官として、責任ある行動をとってほしいと伝えてくれないか?」

「…考えておくよ。」

「すみません、遅れました…失礼します!」


 神崎の声が聞こえ、扉が開く。

 彼女と暗い顔をしたエリーが会議室の中へと入ってくる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る