第5話 接触

 長い廊下を歩いていき、突き当りにある扉に行き着く“Queen”達。ベベルがカードキーをかざそうと扉に近づくと、扉は自動的に開く。

「あれ…?」

「扉が勝手に開いた…?どうして?今までの扉は開かなかったのに…。」

「…全部が全部、ロックされていたわけじゃなかったのかな?」

「…進みましょう。」


 エミリアはそう言って扉の内に入っていく。

「リプリカ、あの気配はどう?」


 エミリアはリプリカに聞いた。彼女たちはセクター2の生体兵器培養室を進んでいた。薄暗く、かなりの広さを持つこの培養室には、仄かに緑色に光る高さ3 m、幅1 mほどの培養器が40~60本ほど設置されている。その培養器には悍ましい姿をした生体兵器がぷかぷかと浮かんでいる。エリリンとハルは怖いのか体を寄せ合いながら、一緒に歩いている。

「えーっとねー…。」


 リプリカが応えようとしたとき、発砲音が鳴り、彼女の腹部を銃弾が貫いた。

「ぐあ…!」

「リプリカ!?…あんたたち培養器に隠れなさい!!」


 ベベルの怒声を聞いた彼女たちは、表情を変え、すぐに発砲音とは反対側になるように培養器の影に隠れる。

「エリリン、リプリカを引っ張って。」

「う、うん!」


 エリリンは背中の足を使って、リプリカを引き寄せる。リプリカは痛みによって気絶していたが、すでに血は止まり、傷は再生しつつあった。

「大事に至らなくてよかった~…。」


 ハルが胸をなでおろす。


 …カツン…。


 エミリアとヤハトの近くで何かが落ちる音がした。

「あ…!」


 エミリアが叫ぶ間もなく、それは爆発した。手榴弾だ。

「ぎゃあああああ!!」

「ぐうううう!!」


 爆風でエミリアとヤハトは後方へと吹き飛ばされ、培養器に叩きつけられる。培養器にはひびが入るもそれ以上の損傷は至らなかった。

 今度はハル、エリリン、リプリカの近くに手榴弾が投げ込まれる。それに気づいたハルはエリリンとリプリカを突き飛ばす。

「!!…ハル!!!いやあああああああ!!!」


 エリリンが叫ぶ。ハルは笑顔を浮かべていた。

 爆発とともにハルの体は引き裂かれ、血の雨とともに辺りに散らばった。

「そ…そんな…。」


 ベベルはしばし呆然としたが、すぐに我を取り返した。それと同時に、抑えがたい怒りが体中を支配し、培養器の影から飛び出して、手榴弾が飛んできたほうへと猛スピードで駆け寄る。銃声が響く。ベベルめがけて飛んできた銃弾が、彼女の皮膚の一部を抉っていくが、臆することなくそのほうを目指して進んでいく。

「くそおおおお!!化け物があああああ!!!」


 戦闘員を目視したベベルは、飛び上がり、そのスピードを力に加えて、右腕を標的の頭上から一気に地面まで振り下ろした。戦闘員の頭はへしゃげ、血と臓物をまき散らしながら二つに割ける。

「ビリー!!…このクソガキが!!!」


 屈強な体をした戦闘員がグレネードランチャーを構え、発砲する。ベベルは素早く体勢を変えて、その場から退避するもグレネード弾の爆風に巻き込まれ、吹き飛ばされる。

「…クッソおおおお!!!」


 ベベルは空中で体勢を整え、地面に降り立ち、培養器を背に隠れる。屈強な戦闘員はベベルが飛んで行った方向めがけて、グレネード弾を数発放つ。


 培養器に激突したショックで気絶しているヤハトに、リボルバーを構えながら、ロングヘアーの女性戦闘員がゆっくりと近づいてくる。女性戦闘員がヤハトの頭部に銃を構え、引き金を引こうとしたその時、背後からエミリアが襲い掛かる。

 エミリアは女性戦闘員の心臓めがけて手刀を放つが、これに気づいた彼女は振り向き、リボルバーでこの手刀を受け流す。エミリアの手刀でリボルバーは綺麗な断面図を見せながら二つに分かれる。女性戦闘員はこの手刀の威力に怯み、体勢を崩し、倒れつつも、エミリアの脇腹に蹴りを入れて彼女との距離を取る。二人は受け身を取って素早く立ち上がり、お互いの姿を補足する。


 エミリアは服についた汚れを手でポンと払うと、疾風のごとき速さで女性戦闘員に詰め寄り、その顔に手刀を放つ。女性戦闘員はほぼ無意識で、腰に備えたナイフを抜いて、彼女の手刀を弾く。

 二人の間で、鋭い手刀とナイフが交じり合う。ほぼ互角に渡り合っていたが、先ほどの手榴弾による爆発で痛手を受けていたエミリアの体はふらつき、大いに攻撃を空ぶってしまう。

「もらったあ!!」


 女性戦闘員のナイフが素早くエミリアの心臓部に迫る。

「…くそ…。」


 諦め、目を閉じたエミリアだったが、その心臓にナイフが届くことはなかった。

「…ぐ…が、あ…あ…。」


 女性戦闘員が苦しげな声を落とす。ナイフはエミリアの胸元1 cmのところで止まっていた。女性戦闘員は口から血の混じった涎を垂らし、白目をむき痙攣する。

「…!…ま、まさか…ヤハト!!」


 眼を見開いたエミリアが女性戦闘員の後方を見つめる。そこには翼状の器官を広げて立つヤハトの姿があった。

「ぐああ…ああ…あ」


 女性戦闘員の体の至る所から血が滲み出ていき、足元を赤く染めていく。

「ヤハト、もういいから!もう…終わったから!ウイルス生産をやめなさい!!早く!!」


 いつも無表情のエミリアが焦燥をあらわにし、ヤハトに怒鳴る。ヤハトはみるみる衰弱していく。エミリアはヤハトに駆け寄り、彼女を抱きとめる。その後方で、女性戦闘員の体は地面へと倒れ、ベチャリと、まるで落としたゼリーの様に潰れ、組織や体液が飛び散る。

「エミリア…大丈…夫…?」

「…ええ…だから、もういいのよ、ヤハト…。」

「…よかった…。」


 か細い声を発した後、ヤハトはエミリアの腕の中で静かに息をふき取った。

「…そんな…ヤハト…。」

「…嘘だろ…。これは…レイラなのか…?」


 エミリアの後ろから戦闘員が迫る。戦闘員はぐちゃぐちゃになった女性戦闘員の死体を見ていた。

「こんな…これが、人間の死に方かよおおおお!!!」


 怒りを露わにした戦闘員はエミリアを鬼の形相でにらみつける。

「このゴミカスがああああ!!!よくも、レイラ…レイラをををうぉを!!!てめえも同じ、いや、これ以上にグチャグチャにしてやる!!!」


 戦闘員はエミリアに銃を向け引き金を引く。

「させない!!」


 物陰からエリリンが飛び出し、背中の足を戦闘員にたたきつける。

「ぐおおお!?」


 戦闘員は銃を乱射しながら、突き飛ばされ、地面に転ぶ。放たれた銃弾は不規則に飛んで行ったが、不運にもその数発はエリリンの右肩を貫いた。

「ぎゃあああああああ痛いいいいいい!!!」


 今まで味わったことのない激痛に、地面に倒れ泣き叫ぶエリリン。

「エリリン!!」


 エミリアはヤハトの遺体を優しく地面において、エリリンの元へと駆け寄る。

「うぅ…エミリア…痛い…痛いよ~…。」

「大した傷じゃないわ、安心して。すぐに塞がるから…。」


 その様子を見ながら、戦闘員は座ったまま銃を彼女らに構える。

「安心しな…。そんな痛みなんて、どうでもよくなるからよぉ…!」


 戦闘員が引き金に指をかけたとき…気絶していたリプリカが飛び起きる。

「…近い…!!!すぐそこにいるよ!!!」


 室内にその声が響く。

「…何だ…?指が動かねえ…。」


 すると、戦闘員の後ろから腕が伸び、何者かが優しく抱き付く。耳元には呼吸音が聞こえ、甘い匂いが漂う。戦闘員は恐怖で体が震え、おびただしい冷や汗を流す。喉元に忍び寄る死の気配を感じていた。恐怖からか何かはわからないが、体は硬直し、動かすことができず、後ろを向けないため、その姿も見ることができない。

「だ…だ…誰…だ、お前…は?」

「ねぇ、お願いがあるの。」

「こ…この声は…無線の…!」


「私のために、死んでくれない?」

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