第6話 0番目

「…彼に真実を教えるのですか、1st様?」


 高層ビルの最上階に位置する部屋には、2人の影が見える。壁に1枚の風景画が飾られ、観葉植物が生えた植木鉢が3つ、電話とペン1本だけが置かれた高級感漂う黒い机と椅子が、それらはその部屋と同サイズの窓の手前に置かれている。部屋には明かりがなく、差し込む太陽の光がその内を仄かに照らしている。

「彼がここに留まっているのは…その過去…真実のためです。もし、その真実を教えてしまったら…。まだ、彼には利用価値があると思いますが。」


 腰まで届く銀色のロングヘアーをした男が問いかける。その男はルミネットと呼ばれており、黒いスーツと赤いネクタイを着用した、やや女性よりの美形であり、右眼が髪で隠れている。また、左顔には逆十字架の刺青が頬から、額まで伸びている。

「ああ、そうだとも…。」


 窓から射す太陽の光を背に男が答える。その姿は、差し込む光で黒い影となり、掴むことができない。しかし、その発する声から、かなりの歳を取っていることが伺える。

「この“計画”は律速段階を超えた。…あとは時が来るのを待つまで。彼が居ようが居まいがよもや、どうでもいいこと。…そのまま、我々の元に留まるなら、今まで通りに動いてもらうだけだ…。」


 男は椅子に座る。机の上に両肘をつき、顔の前で手を組む。

「彼は無事に任務を達成しますかね?」

「当たり前だ。」

「…たとえ、イレギュラーが発生してもですか?」

「ああ、そうだ。…たとえ、0番目の”Queen”が居ようとな、ルミネット?」

「…。」

 

 ルミネットは首を傾げて、微笑む。

「…何だ、知ってらしたのですか…残念です。とっておきの情報だったのに。」

「私を誰だと思っている?一研究員が、裏でこそこそしていようと、この私を欺くことはできん。」

「それでは、1st様は彼女…リリムのことはすでに知っておいでで?」

「当然だ。…だから、私は赤髪君の要求を呑んだのだ。彼が最も私や君に近い、“母”…“LILITH”の娘を作れたのだからな。」

「…まぁ、いいですけど。彼女の特異性を持ってしても、彼は生き残ることができるのですか?にわかには信じれないんですが…。」

「君は彼…ノメリアの過去、“W-24計画”を知らないから、そう言えるのだ。これは我々の計画の基礎になっている重要なものだ。彼の出生だけでなく、我々の起源にも関与している。」


 ルミネットは目を見開く。

「私たちの起源…ですか?」

「そうだ…。もともと、この“W-24計画”はそんな高尚なものではないんだがな…。」


 すると、机の上の電話が鳴り、ゆっくりと男は受話器を取る。

「私だ…。」


 10秒ほどで、男は受話器を戻し、立ち上がる。

「用事ができた。…行くぞ、ルミネット。」

「…どこにですか?」

「…君は初めてだったな。」

「…?」


 頬をかくルミネット。男はうっすらと笑みを浮かべる。

「…“LILITH”の眠る場所だ。」




「フフフ…綺麗な刃物…。」


 戦闘員の後ろから抱き付いていた少女、リリムが、彼の腰につけられていたサバイバルナイフを引き抜き、彼の顔の前でふらふらとそれを動かす。

「お、お前が…俺たちの部隊を…!!一体何が目的だ!!!」

「ねぇ…これで胸を切り開いて、死んで?」


 耳元でリリムが、甘えるように囁く。まるで幼子が親に甘えるように。

「ひ…ぃ…な、何を」


 戦闘員は恐怖で声が裏返る。それをよそにリリムは彼の右手にナイフを優しく握らせる。

「私のために、死んで」


 そう言うとリリムは腕をほどき、彼の前に移動し、恐怖で顔を歪ませる彼に向けて優しく微笑むと、背を向けて立ち上がり、エミリアたちのほうを向く。彼のナイフを握った右腕は意志に反して、彼の胸元へと進んでいく。

「な…な…!!どうなって…!?止まれ!!!止まれよおおおお!!!」


 ベベルと対峙していた屈強な戦闘員が仲間の異変に気付く。

「ロウディいいいいい!!!た…助けてくれええええええ!!!!」

「!!…ミカエル!!…くそ!!」


 ベベルの隠れたほうへ、グレネード弾を2,3発撃って牽制した後、すぐにロウディは仲間のミカエルの元へと走り出す。後ろでグレネード弾が爆発し、彼の背中を強く照らす。

「いやだああああああああ!!!」


 ミカエルの叫びを追い、ロウディは懸命に走る。


 エミリアとエリリンは目の前で起きている異常に、目を奪われる。ミカエルは絶叫し、痛みと恐怖で涙を流し、顔を歪めながら、ナイフで自身の胸を少しずつ切り裂こうと右腕を動かしていた。彼の右腕は彼の懸命な抵抗によって、一時的にその動きが止まったりしたが、ついにはナイフが胸に深く突き刺さり、豪快に切り裂かれる。

「うごああぎゃあああああああああああ!!!」


 耳をつんざく絶叫が培養室を満たす。リリムはまるで最高のオペラを聞いたような、トロンと、快楽に満ちた表情を浮かべる。瀕死の彼の両腕は胸に開いた大きな切れ目を掴み、人のものとは思えないような力で左右へ引っ張る。

「ああああああ!!!!ごぽゴアポポあああああああああ…。」


 ミカエルは肋骨を解放させ、肉を引き千切り、血をまき散らしながら、彼女の言葉通り胸を切り開き、外部に心臓を曝して絶命した。彼の顔は生前のものとは比べ物にならないほど、恐怖と苦痛で化け物の様に醜悪に歪められ、よもや人とは呼べるものではなかった。

「あぁ…はぁ…また、私のために誰かが死んで…私のために…フフフフ…。」


 快楽に満たされ顔を赤く染めるリリムに、エミリアとエリリンは今まで味わったことがない狂気に背筋が凍り付き、動くことができなかった。

「ミカエル、無事か!?」


 ロウディの目の前には変わり果てたミカエルの姿があった。

「…くそ!!!」


 彼はリリムとエミリアたちに目を向ける。

「このクソッタレどもがあああああああ!!!!」


 携えているグレネードランチャーを彼女たちに向け、引き金を引いた。その瞬間、培養器の影から触手が伸び、彼の右腕に巻き付き、その軌道を彼女たちからそらす。放たれたグレネード弾は遠くに着弾し、爆発する。

「なんだこの触手は!?ぐあ、があああああああ!!」

「…あの人、何をやっているの?」

「触手…?」


 ロウディは何の変哲もない、自分の右腕から存在しない触手を引き離そうとしており、エミリアとエリリンには、彼がパントマイムをやっているようにしか見えなかった。

「がああああああああ…!」


 彼は苦しげな表情で、右腕を上にあげる。すると、ことが切れたように彼の右腕は反対側へと勢いよく曲がり、折れた骨が皮膚を突き破り、鮮血が舞った。

「ぎぃいい、ああああああああああああああ!!!!」


 彼は絶叫し、涙を流しながら、折れた右腕を抑える。エミリアとエリリンは驚き、目を丸くする。目の前で起きた状況に頭がついていってないようだった。

「あなた達にも見せてあげる。」


 そう言って、リリムが腕を広げると、培養器の影から複数の触手がエミリアたちに迫ってきた。

「何、これ!?エミリア!!」

「幻覚…?よくわからないけど、捕まるとまずい!」


 エリリンはエミリアを抱きしめ、背中から生えた足で、地面をけり上げ、触手から大きく距離を取る。しかし、近くの培養器の影からすぐに触手が出現し、エミリアの左腕を捉える。

「くそ!」

「エミリア!!」


 エミリアは無意識に、巻き付いた触手に手刀を放つ。触手は切断され、エミリアの腕を解放する。

「幻覚じゃない…?」


 切断された触手は、地面の腕しばらくもがいた後、すっと消える。

「…どういうこと?」

「幻覚だったの?…幻覚を切ったのエミリアは?」

「エミリア、エリリン!!」


 リプリカが彼女たちの元に駆け寄ってくる。

「よかった…。リプリカ安心したよ。…気配がかなり近い、あいつがここにいる。」

「もう会ったし…今、攻撃されているところよ。」

「嘘!マジ!?」


 そう言うとリプリカは構え、辺りを警戒する。

「…そういえば、ハルとヤハトとベベルの姿が見えないけど?」


 エミリアとエリリンは目をそらす。

「ベベルは…まだ、生きてると思うわ。」

「…そう…。」


 リプリカは顔を下に向け、悟った。暗闇から足音が聞こえ、リリムが彼女たちの前に姿を現す。

「…Queenは…女王はこんなに要らない。…一人で十分。わかるよね?」

「あなたは一体…私たちと同じ“Queen”なの?」


 リリムは不気味に微笑む。


「私はQueen No.0、リリム。…ねぇ…貴方たちも、私のために死んでくれない?」

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