第2話 記憶のない男

「気が乗りませんな~…長官殿。」


「乗る乗らないは関係ない。」


「しかし、仮にも“同族”を始末する必要はないんじゃないか?」


「…“Queen“はよもや用無しだ。この計画にとって彼女らは十分に役目を果たした。…結果、彼女らは不適合者というものだったが。あの男が生かしてほしいと懇願したものだったから、条件付きで生かしていたが…。」


「彼女らの不祥事でことが変わったというわけか。」


「……彼女たちに一度会ったことがあってな。5年前くらいか…まだ培養液の中で眠っていた時だが。“母”の遺伝子の影響で彼女らの体は、一部変異していたが…美しく、華麗で…まるで人形のようだった。…ただ大人しく、人形のようにしていれば賢く生きれたものを…。」


「…。」


「…ノメリア。」


「ハーイ、ハイハイ…拒否するつもりはありませんよ。気が乗らないのは確かだが。」


「気が乗るようにしてやろうか?」


「…どういう意味で?」


「彼女らを抹殺し、関する資料をすべて処分する。…この簡単な任務を成功させれば、君の知りたがっている過去を…”W - 24”にまつわる思い出話をしてやろう。」


「な…!」


「気が乗ってきただろう、ノメリア?」



 これほど興奮に満ちた日があっただろうか?


 愛用の血が染みついた、二本のサバイバルナイフを握る手に力が入る。


 いつも、上から落とされた汚れ仕事という名を隠す任務を、ただ無気力に…襲い来るもの、はたまた、泣き叫びながら逃げるものを殺すことで達成し、寝床につく暮らし。


 不満はあった。逃げ出そうと思えば、いつでも逃げ出せた。俺にはそれだけの力がある。




 だが、そうしなかった…いや、できなかった。




 俺はどこにあるともわからない廃れた病院で、目覚め、あいつに拾われた。俺はすぐに拘束され、どこぞの広い実験場に放り込まれた。そこには見たこともない、悍ましい姿をした化け物が、奴らのいう生体兵器が放たれていた。あいつは、サバイバルナイフ一本だけを持たされた俺に向かい、「そいつを殺せ」と言った。




 不思議だった。その言葉と自身の置かれた状況に対し、俺は絶望することなく、「なんだ、そんな簡単なことを」と静かに笑った。ほどなくして、実験場には変わり果てた化け物の死骸が転がった。この体が以前にそうしたように、動いたようだった。この光景が、悲痛な叫びが、傷の痛み、血の匂い、味が懐かしかった。あいつは驚きもせずに俺を見ていた、まるで、この結果を知っていたかのように。




 …俺には記憶がない。どこで生まれたのか、本当の名前、右腕に印字されたW-24という文字もわからない。つまり、過去の自分が何者かわからない、故に今の自分もわからない。今まで積み重ねてきた自分がいない。




 俺は過去こそが、人を人たらしめるものだと信じている。過去をたどってきた自分が今の自分だ。


 じゃあ、過去のない今の俺は誰だ?


 俺は俺ではないのか?


 鏡の前で立っているこの男は、本当に俺なのか?


 この顔は、この体は、本当に俺なのか?




 …夢の中で誰かが俺を指さしている。いつも見る夢だ。指さす腕以外に黒いもやがかかっている。その男を俺は知っている。過去の自分だ。




俺はそいつを…自分を見たい。自分を見ることで…。


俺は完全になる。


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