さすが杉原太一の友達だ

 杉原が買ってきてくれた数日分の弁当を持って、オレたちはレストランに戻った。


「じゃあ、はじめての反抗期ってわけだ」

「うん」


 杉原はあっという間にユキと親しくなっていた。


「わたし、杉原くんがこんなに明るい人だって知らなかった」

「つまらない学校ではつまらなくしてるだけさ。こっちこそ、渡来さんが家出なんて不良みたいなことするなんて想像もできなかった」


 オレは杉原の言葉ではじめてユキの名字を知った。


「ねえ、杉原くん。ここにいることは、その……」

「わかってるって。だれにも言わない」

「ありがとう」


 安心したように微笑むユキに、杉原もにこやかな表情で返していた。


 杉原太一はそういうやつだ。だれにでも優しくできるし、だれとでも仲良くなれるし、だからモテる。

 ただ、そのままでいるといつも輪の中心に立たざるをえなくなるという理由で、普段はつまらなそうにして相手のほうから近づいてくるのを阻止している、つもりらしい。

 正直、オレにはそういう生来の人気者の感覚がよくわからなかった。


「ごちそうさま」

「まだ残ってるじゃねーの」


 弁当にフタをしようとするオレの手元から杉原が肉団子をつまみ取る。


「……なんで今日はこんなに早いんだよ? 学校は?」

「バーカ。テスト期間だっての」

「なら、はやく帰って勉強したほうがいいんじゃないのか?」

「おいおい、呼んでおいてなんだその言い草は? もうマンガとか貸してやんねーぞ?」

「……それは困る」

「コウ、テストどーすんの? 中間もサボったんだろ?」

「留年、かなー」

「かなーって。いいね、そのゆるさ。さすが杉原太一の友達だ」

「よくわからん」

「ねえ、杉原くん」


 じゃれついてくる杉原の手を横からつついて、ユキは尋ねた。


「……怒ってた?」


 杉原はすこしの間を置いて答えた。


「怒ってたっていうか、焦ってた?」

「……そっか」


 そういえば、ユキも期末テストをサボったことになるのか。

 学校でのユキをオレは知らないけれど、もう諦められているオレと違って、ユキはそれなりに心配されるくらいには優等生をしていたらしい。


「で、渡来さんはどうしてここにいるわけ?」

「山頂にいきたくて」

「どうして?」

「そこから見える景色がキレイだっていうから」

「どうして?」

「え?」

「どうして、景色を見ようなんて思ったんだ? テストサボるまでして」


 そこまでは、オレもきいたことがなかった。


「……言わなきゃダメかな?」

「もちろん言わなくていいさ」


 ただ、と杉原は言う。


「なんなら、乗せてってもいいかなって」


 チャリン、とバイクのキーが杉原の指の間で踊った。

「いいんじゃないか」


 オレは席を立ちながら言う。


「ヘルメットを被ればそんなに濡れないだろうし。バイクなら疲れてたおれることもない」

「たおれるって?」

「昨日、寝てたんだ。ホールで」

「へえ」

「雨が降っててもそれなりにキレイだと思うぞ」


 自分でも、言葉が投げやりになっているのがわかった。


「って、コウは言ってるけど?」


 杉原はユキのほうを見る。

 ユキはじっと考え込んでいた。

 そして、大きく一回頷いて、言った。


「ありがと。でも、やめとく」

「どうして?」


 尋ねたのは杉原ではなくオレのほうだった。


「だって、バイクで登ったんじゃ意味ない気がするから」

「どうやって見にいっても景色は一緒だろ」

「コウも、一緒にきてくれる?」


 どうしてユキがそんなことを言うのかわからなかった。


「杉原のバイクは二人乗りだ。免許も持ってない。いけないよ」

「そっか」


 ユキの身体から昇った水泡がパチンとはじけた。


「うん。やっぱ、いいや」

「あいよ。まあ気が変わったら言ってくれればいい。夜まではまだ長い」

「おまえ、いつまでいるつもりだよ?」

「もちろん飽きるまでだよ。いろいろ買ってやってんだ。それくらい許せ」


 そういって杉原はケータイのポータブル充電器を投げてきた。


「へー。杉原くんがお金出してあげてるんだ」

「それがここにくるための利用料金なんだと。がめついよなー」

「わたし、払ってない」


 杉原がオレを見る。

 オレはさっと視線を逸らした。


「そのトートバッグ、なにが入ってるの?」

「本と、ブラジャーと、ローション」

「ブラジャーとローション? それ、なにに使うの?」

「なにに使うんだ?」

「オレが知るか」


 レストランを出てオレは部屋に立てこもった。

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