高身長さんと低身長くん~特別編「図書室」~

丸尾累児

図書室にまつわるエトセトラ

 もし、図書室へ行って欲しい本が棚の一番上にあったらどうすべきか?

 脚立もなく、図書委員もおらず、自分の手で解決しようとすると困ってしまうのではないだろうか。

 背が低い生徒なら尚のこと。

 鳴沢さんは背が低くて、借りたい本に手が届かなかった。どんなに背伸びをして手を伸ばしても、彼女の身長ではどうにも一番上の棚は遠い。



「……よいしょ……よいしょ……あと……少し……」



 と、必死の形相で掴もうとする鳴沢さん。

 胸は大きいのに、身体は小さい――そんなことが彼女の悩み。

 そんな悩みをあざ笑うかのように1人の人間が現れる。



「あれ~? 鳴沢じゃん」



 背伸びするのをやめて、右方を見る。

 現れたのは、スラッとして背の高い安宍君。180センチの身長を生かして、バスケ部でも活躍するイケメン君である。

 ただし、鳴沢さんにとっては、とってもイヤなヤツ。

 身長が高いことをいいことに嫌がらせするわ、しょっちゅうからかうわでいいことがない。

 それだけに安宍君は嫌いだった。



「げ、安宍君」

「なにやってるの? こんなところで」

「別にいいでしょ。安宍君には関係ないから」

「ふ~ん、関係ないんだ」

「とにかく、あっち行っててよね」

「……はいはい。あ、その一番上の本を取るの手伝おうか?」

「わかってて言ってるでしょ?」

「そんなことないよ」

「絶対ウソ」



 まったく、どうしていつもこんな風にからかうのか。

 鳴沢さんは安宍君を気に留めるのをやめ、棚の上の本を手に取ることに専念することにした。



「……よいしょ……よいしょぉぉ……」



 でも、やっぱり届かない。

 このまま諦めてしまおうか――と考えてみたが、隣で見ているであろう安宍君に笑われるのが堪忍ならなかった。

 だから、彼女は手を伸ばし続ける。

 そんな鳴沢さんを尻目に、安宍君がスッと手を伸ばす。



「はい、これ。オマエが欲しい本」



 ああ、本当にイヤなヤツ。

 鳴沢さんは、せっかく手を伸ばして取ろうとした本をあっさり取られたことに顔を真っ赤にして怒った。

 でも、受け取らないわけにはいかない。

 頬をムスッと膨らませながらも、安宍君から本を受け取る。



「べ、別に取って欲しいなんて言ってないわよ」

「またまた無理しちゃって」

「アンタの手を借りるまでもなく、私ひとりで取れたもん」

「ホントにぃ~?」

「んもうっ! いちいちからかわないでよ!!」



 一言多い――。

 そう思いながらも、鳴沢さんは反論して見せた。



 ……と言うのが、フツーのラブコメ。

 背の高い男子が背の低い女子をからかって遊ぶというのが少女漫画にありそうなシチュエーションじゃね?

 だが、不本意ながらオレたちにはその論理が成立しない。

 そして、なにより現在進行形で同じシチュエーションを体験中。

 すべては、数分前までさかのぼる。

 オレはケルト神話に関する本が欲しくて棚に手を伸ばしていた。だが、あろうことか、本はなぜか一番上の棚にしまわれてやがった。

 なんでまた図書委員はこんなところにしまったのかねえ。

 おかげで悪戦苦闘するハメに。



「……フヌヌヌ……フヌヌヌヌ……!!」



 と必死にあがいて取ろうとしてみせる。

 ところが、俺の身長じゃどんなに頑張っても届かないんだなぁ~これが。どうにか一番上の棚の底板には触れられたけど。

 嗚呼、なんて悲しい現実なんだろう。

 嘆いて感傷に浸りたいところだけど、いまは必死に取るしかない。



「安宍君み~っけ」



 ……などと思ってたら、唐突に女子の声が聞こえてきやがった。

 背を伸ばすのをやめて右側を見る。

 すると、そこには我が天敵である鳴沢美晴が立っていた。

 赤茶色のショートカットに180センチの長身。

 ややぽっちゃりとした体型にかなり大きな胸があって、まるで山が歩いているかのような印象を受ける。

 しかも、すまし顔で「どうかしたの?」と言わんばかりに両手をポケットに突っ込んでいやがった。



「見ればわかるでしょ? 一番上の棚の本を取ろうとしてるの」

「あ、私がその本取ってあげようか?」

「いや、そういうのいいから」

「え~どうしてよ?」

「……負けた感じがするし」



 それは紛れもなく事実。

 鳴沢に本を取ってもらうなんて、男として恥じ以外の何でもない。俺の身長が高くて、鳴沢の身長が低いんだったら話は別。

 しかし、現実問題として、俺の身長は非常にミニマムだ。

 ゆえに背の高い鳴沢に本を取ってもらおうっていうのは、オレのプライドが許せないのである。



「別にいいじゃん。女子にとってもらうことが恥ずかしいなんておかしくないよ?」

「だから、それがイヤだって言ってんの」

「あ~なんか男のプライドとか言うヤツ?」

「う、う、うっさいわ!」

「プププッ、安宍君ってヘンなところで頑固だね」



 あ~もう! ムカつく、ムカつく、ムカつく!

 どうして、鳴沢はいちいち突っかかってくるんだ。オレのことなど放っておいて、自分の借りたい本を借りれればいいのに。



 ……って、よく考えたら、どうして鳴沢がここにいるんだ?



 オレは気になって、そのことを本人に尋ねた。



「というか、鳴沢はこんなところでなにしてんの?」

「ん? 私?」

「それ以外にないじゃん」

「ん~数学の参考書を借りにね」

「数学?」

「ほら、もうすぐ中間テストじゃん。だから、苦手な数学は早めにやっておきたいなって思って」

「鳴沢って、意外に真面目だな」

「まあね。やんないとウチのお母さんが五月蠅うるさいし」

「ウチも勉強に関してはそんな感じだなあ」



 どこの家庭も一緒か。

 とりあえず、自分の読みたい本を手に取りますか。

 オレはかかとを上げて、再び本棚の一番高いところに手を伸ばした。



「……フヌヌヌヌ……なかなか取れない……」



 あと一段、あと一段なんだ。

 その一段が届けば、目的の本が手に取れる……って思っていたのも束の間。隣から現れた手にスッと本は横取りされてしまった。



「はい、これが欲しかったんでしょ?」



 取ったのは言うまでもなく鳴沢。

 オレは背伸びをするのをやめて右を向くと、鳴沢と面と向き合った。

 だが、その手にある本は取らない――なぜなら、悔しいから。

 やっぱ、背の高い女子に本を取ってもらったなんていうのは男としてのプライドが許さないよ。



「だから、助けはいらないって言ったじゃん」

「安宍君も意固地だなあ」

「いいだろ。放っておいてくれよ」

「じゃあ、わかった。この本は棚に戻すね」

「え? え? ちょ、ちょっと……」



 いやいや、せっかく取った本を棚に戻すってオカシイだろ?

 でも、鳴沢は自慢の背丈で元に戻そうとしている。それがまた不思議そうな顔をしやがって余計腹が立った。



「なあに? 自分で取るんでしょ?」

「いや、せっかく取ってくれたんだからさ……」

「だって、安宍君が受け取らないって言ったんじゃん? だから、私がすべきことは本を元に戻すことだと思うんだけどなあ」

「そ、そうだけどさ」



 コイツ、からかってやがるな。

 ……いいや。

 この際だから、鳴沢から本を奪い取って逃げてやる。そうしたら鳴沢から受け取ったなんて対面も吹き飛ぶだろ。

 オレは素早く鳴沢が持つ本に飛びかかった――が、奪取に失敗。

 なぜなら、鳴沢が天高くその本を掲げやがったのだ。



「あ! おいコラ、よこせ!」



 つぶさに抗議して、本を渡すよう要求する。しかし、鳴沢は本を掲げるのをやめようとはせず、むしろそれを楽しんでるかのようだった。



「安宍君がこれを取れたらね」

「ふざけんな。オマエが背が高いことは充分わかったから、普通によこせよ」

「だって、安宍君がいらないって言ったわけだし」

「いらないって言ってないだろ」

「じゃあ、いるの? いらないの?」

「いるに決まってんだろ!」



 と言って、オレは鳴沢の目の前でジャンプして見せる。

 ――が、その飛び方が悪かったのか。刹那に掴んだのは本などではなく、その半途にあった鳴沢のオッパイだった。

 おかげで鳴沢の顔は真っ赤。

 反対にオレの顔は真っ青。

 双方、なんとも言いしれぬ空気になっちまった。



「……あ……い、いや……これは……その……」



 やべぇ~やっちまった。

 こりゃ鳴沢が怒るのは間違いないよな。



「な、な、なにどさくさに紛れて胸揉んでるのよ! この変態っ!!」

「事故だ! 事故なんだ!」

「ウソ言わないで」

「だから、本を掴もうとして胸を掴んじまったって……あ~これじゃフォローになってねえし」

「むしろ、そっちが目的だったんでしょ?」

「誤解だって!」

「もしかして、この前ちょっとしかオッパイ触らせてもらえなかったから、その腹いせにがっちり掴んだとか?」

「違げえし。だいたいこの前のアレは、鳴沢がオッパイ触らす名目で俺の腕にしっぺを喰らわせたのが悪いんだろ!!」

「人のせいにしないでよ」



 あ~もう……。

 どうしてこんなことに。

 おかげで、まともに鳴沢の顔を見られないじゃないか。

 だいたい鳴沢がイジワルするのがいけないんだよ。普通に渡せばいいものを身長が高いからって掲げちゃったりなんかしてさ。

 ……んま、まあ事故とはいえ、触れちゃったオレにも問題があるわけだし。一応謝らないわけにはいかないよな。



「……わる……かっ……よ」



 どもりながらも謝罪の言葉を口にする。

 けれど、やっぱり気まずいよな――目線も合わせらんねえし、耳の裏あたりをポリポリ掻いてないとやってられないし。

 いまの謝罪、鳴沢はどう思ったんだろうな?

 その思いから、改めて視線を鳴沢の方へと戻す。

 すると、鳴沢は片腕を棚にも垂れかけさせ、諦めたみたいな感じの溜息をついていた。



「はぁ~もういいよ。私も悪ふざけが過ぎたしね」

「じゃ、じゃあ許してくれる?」

「……うん、いいよ。イジワルなんかしてゴメンね、安宍君」

「いや、オレも触っちゃったりなんかして悪かった」



 とりあえず、これでなんとか一件落着かな。

 鳴沢もからかったことについて謝ってくれたし、すべて丸く収まったって言えるんじゃないか?



「それじゃあ、私は数学の参考書借りて教室戻るね」

「お、おう。ホントに悪かったな」

「もういいて。私の方こそ、なんかイジワルしてゴメンね」



 それだけ言うと、鳴沢は本棚の向こうへと消えていった。

 まったくヒドい目に遭ったよ。

 オレはただ本を取ろうとしていただけだったはずなのに、突然やってきた鳴沢にからかわれてて……。

 ん? 本?



「あれ? そういえば、本はどこ行ったんだ……?」



 口に出して、本の存在を忘れていたことに気付く。

 確かからかわれてたときには、まだ鳴沢の手中にあったよな? それでオレが奪い返そうとして、ジャンプしたらオッパイ触っちゃったと。


 ……うん、そこまでは覚えてる。

 ってことは、いったいどこ行ったんだ?


 思い当たる節がないながらも、懸命に顔を動かしながらあたりを見回す。すると、いつのまにか本は所定の位置に戻されていた。



「あああぁぁぁぁぁ~鳴沢ぁ~!!」



 それで気付いた。

 お互いに謝ったとき、鳴沢が不自然に右腕を掲げていたことを。

 でも、それは時すでに遅し――叱りつけるべき相手、鳴沢美晴はすでに逃亡したあとだった。


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