第8話

〖自由帳〗


 前々から立てていた計画。


 綿密に、隙がないように、無理のないように、突き詰めた計画。


 それが、もう少しで完結する。

 

 あと少し……もう少しだ。


 僕は、僕の家族を殺した。

 しかし、君の家族でもあるんだよな。

 その事実を警察は知らない。校長も、教頭も、学年主任も、担任も、友達も、知り合いも、親戚も、僕が作った裏サイトの住人たちでさえも。


 ただ、君も知らない。

 それどころか、君は、君の家族を自分で殺したのだと信じている。

 そんな、虫も殺せぬ君が、僕を殺せると思ったのか。


 甘いね。本当に、君は甘いよ。


 星那。


 君には、しっかり反省してもらおうと思うよ。


 〈殺した人〉 → 僕の家族



      *


 

 昼休み。

 昼食をとり終わった僕は、与田と学校の屋上にいた。周りには誰もいない。眼下には広めの校庭が広がっている。


「実は俺、星那と付き合ってんだよ」


「まあ、知ってるよ」


 与田が驚いた表情をする。

 そうだ。僕はまだ、与田本人から聞いていなかったんだ。


「いつ知ったんだ?」


「いつか忘れたけど、お前が橋本さんと手を繋いで教室に入って来たのを見たんだ。僕は咄嗟とっさに寝たふりをしたけどね」


「なら、良かった」


 僕は与田を見た。


「星那と二人でいる時に中村とばったり会って、聞かれたんだ。付き合ってるのかって」


 中村さんとファーストフード店に行ったあの日のことだろう。


「裏サイトのことは知ってるよな?」


「中村さんが立ち上げたヤツか?」


 与田は何も言わずに頷くと、どこか寂し気な表情で言葉を続ける。


「そこに、こんな書き込みがあったんだ」


 そう言って、与田はスマホの画面を僕に見せる。

 そこには、「【速報】Yくん、Hさんとの交際認める」というタイトルの掲示板での会話それぞれが、自分勝手に踊るように並んでいた。


 ……

 MOND  :それって、某スターちゃんと某サッカー部元キャプテンか?

 うさちゃん:そう~♪

 名無し  :元キャプか~。こりゃ敵わねえよwww

 ミサイル :狙ってたのかw

 夜ナイト :そりゃ狙うだろw 学校一の美少女だぜ?

 はるさん :ショック

 名無し  :私も~

 野生の人参:私の元キャプが~

 ビスケ  :毎日スターちゃんとヤルの想像してたのにー

 ミサイル :それはキモ過ぎwww

 名無し  :きっしょw

 ……


 書き込み件数が非常に多く、裏サイトでもこんなに話題になったのかと、僕は改めて思った。

 しかし、意外だ。与田が裏サイトを見ていたとは。「僕は周りの目を気にしていないぜ。裏サイトなんか興味もねえよ。」と、豪語していたのだから。


「明らかに中村の仕業だ……」


 与田が静かに怒りを込めるように言った。


「内緒で付き合いたかったのか?」


「ああ。星那がそう言ったからな。家族が殺されて……寂しい、立ち直れそうにないって。それで、俺と付き合ったら少し元気出るかもって言うから……。星那と付き合うことにしたんだ」


 ズキッ。

 

 僕の心が痛む。

 あの日の昼休み、中村さんに相談しなければ。

 あの日の登校中、中村さんとあんな作戦を立てなければ。

 あの日の放課後、中村さんとファーストフード店に行かなければ。

 そういう後悔の念が、間欠泉のように湧いて吹き出してきた。


 数分の沈黙があった。

 僕は、その重くなった口を躊躇ためらいながらも開いた。


「橋本さん、行方不明になったらしいな……」


「ああ」


 与田は僕を真っすぐ見ながら、続ける。


「あんな奴、もうどうでもいいさ。楽しめたからな。いい女だったよ、星那は」


「は?」


 与田はいきなり人が変わったように、投げやりな言い方でそう言った。


「おっと、そろそろ時間だ。トイレに行ってくる」


 与田はそう言うと、屋上の出入り口へと向かう。

 僕はその場から動けていない。ずっと、誰もいない校庭を見下ろしている。

 その時、扉の方から与田の声が聞こえてきた。


「このことは中村に言うんじゃねえぞ、裏切り者。僕をだましているつもりなんだろうけどなあ、嘘吐いてんじゃねえよ! お前とは絶交だからな!」


 バタンッ!


 扉が大きな音を立て、閉まる音。


 目の前が、真っ白になった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る