第7話
【自由帳】
*
「きみぃ、ちょっといいかなぁ」
翌朝。
校門に着いたその時、のんびりとした雰囲気の声に呼び止められた。しかし、その声に聞き覚えは無い。
僕は声が聞こえた方を振り返る。
そこには、茶色のスーツに身を包み、柔らかい雰囲気をまとった男と紺色のスーツに身を包み、銀縁の眼鏡をかけた堅そうな雰囲気をまとった男が立っていた。正反対な雰囲気の二人である。
僕に声を掛けたと思われる茶色スーツは、所々に白髪が生えている。五、六十代といったところか。
僕は、無自覚にポカンとした表情をしていたと思う。
「あっ、申し訳ないねぇ。私は、こういう者だよ」
そう言って、茶色スーツが僕の前に差し出したのは警察手帳だった。
「けっ、刑事さんですかっ?」
僕は
「落ち着いて、落ち着いてぇ。酒と煙草をやっていないなら、別に怖がらなくていいよぅ」
「は、はあ……」
対する紺色スーツは、僕に向かって小さく会釈した。
その銀縁眼鏡の向こう側から、まるで鋭利な刃物のように切れ長の目が確かに僕を捉えていた。
「立ったままで悪いんだけどねぇ、ちょっと聞きたいことがあってねぇ」
「あの、殺人事件についてですか?」
一週間ほど前のあの事件。
「あの事件ねぇ……。君は知らないかもだけど、実は県内の別の高校でも、過去に同様の事件が起こっているよ……」
「警部! そんなこと話しても良いんですか?」
その時、紺色スーツが茶色スーツの言葉を遮るように言った。
「それもそうだねぇ。きみぃ、今のは聞かなかったことにしてくれぇ」
「は、はあ……」
僕は溜息とも似た返事をした。
まあ、その秘密は大したことではなさそうだが……。
対する茶色スーツは、のんびりとした動作で懐から一枚の写真を取り出した。その終始のんびりとした様子に、僕は徐々に苛立ちを感じはじめる。
「君はこの人のことを知らないかね?」
茶色スーツがハキハキした口調で、その写真を僕に見せながら言った。その突然の変化に、僕は一気に緊張する。
一枚の写真。その葉書ほどの大きさの紙には、同じ高校の女子生徒の顔がプリントされている。恐らく証明写真の拡大版みたいなものだろうか。
「この人がどうかしたんですか?」
僕はその女子生徒の顔に、見覚えがあった。
というより、見覚えがないという方がおかしいだろう。その女子生徒の顔は、紛れもなく橋本さんのものだったのだから。
「実はですね。この方、行方不明になっているんですよ」
ゆ、行方不明!? 橋本さんが?
僕は驚きのあまり、黙り込んでしまった。人は本当に驚いたときに声を出すことが出来ないと言うが、あながち間違っていないのだと思う。
「君はこの人のことを知らないかね?」
再び茶色スーツがハキハキした口調で僕に写真を見せながら、念を押すように言った。
「し……し、知らないです……」
僕はそう言うと、二人の刑事の間をすり抜けるかのように逃げ出した。自分でも、なぜこのような行動をとっているのか分からない。
「ちょっと! きみぃ!」
風切り音で聞こえづらいが、茶色スーツが僕を呼び止めようとしているのだろうか。
別に、用事がある訳でもない
別に、トイレに行きたい訳でもない。
別に、逃げたい訳でもない。
なぜだろう、僕は全力疾走で昇降口へと向かうのである。
背中に鋭い視線を感じる。二人の刑事に見られているのかも知れない。
思うように、なかなか前へ進まない。向かい風が吹いているからだろうか。
スクールバッグが大きく揺れる。母さんに作ってもらった弁当箱がぐちゃぐちゃになってしまったかも知れない。
息切れを感じる。最近、運動不足だからかも知れない。
それなのに、僕は教室の自分の席に着席するまで逃げ続けたのだった……。
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