第6話

〖自由帳〗


 甘い。

 考えが、甘い。


 君が人殺し?

 一人前の殺人鬼?


 あり得ない。


 それよりも、僕は嘘つきが嫌い。


 〈殺した人〉 → 僕の家族



      ⇅ 



 深夜二時、丁度。

 僕は体の痙攣けいれんと共に目を覚ました。

 時計を見て少しぞっとするが、完全に目覚めてはいない。僕はまだ寝ぼけているようだ。

  

「今まで僕は何をしていたんだ?」


 独り言。

 殺風景で広々としたマイルームに、妙に響く。

 そうだ、英語の課題をやっていたんだ。

 

 …………。


 でも……その前に散歩でも行こう。

 散歩は好きだ。歩いていると、何だか気分が良くなる。動いていないよりはマシなのだろう。

 そうと決まれば早い。

 僕は寝間着の上からコートを羽織ると、玄関へ向かう。靴を履き、ドアのチェーンを外し、サムターンの重いつまみを回す。そしてドアの取っ手を押すと、わずかに開いた隙間から冷たい風が痛烈に吹き込んだ。


 僕の家は、関東地方の平凡な住宅街にある。

 日中は、犬の散歩やランニングを楽しむ人々、井戸端会議いどばたかいぎに花を咲かせるおばさま集団等々で賑やかなのだが、さすがにこの時間にもなると辺りは閑散かんさんとしている。そのギャップに、今まで何回かこの時間に散歩したことのある僕でさえ思わず不気味に感じる。


 家を出て、約一〇分。

 いつも立ち寄る公園が見えてきた。

 部屋一つ分ほどの敷地に、砂場、滑り台、二人掛けのベンチが所狭しと並んでいる、住宅街によくある非常にこじんまりとした公園だ。名も無いその公園は、夜になると街灯がベンチのみを照らし出し、まるでベンチしかない公園のように見える。

 僕はその公園に迷うことなく入った。そしてベンチに腰を下ろし、そのまま仰向けになるように夜空を見上げ、考え事を始めた。


 今後の進路について……、僕には夢がある。

 それは、国語教師になるという夢。なぜなら、国語が大好きだから。それだけ。

 その夢を叶えるためには、少しでも良い大学に進学する必要がある。そうすれば、より良い授業を受けられる。

 しかし、思うように勉強は進まない。

 今のままでは、第一志望に合格することは難しいだろう。

 そこから来る焦りと飽きっぽい自分の性格が入り混じり、それらは葛藤という形で僕を押しつぶそうとしていた。


 夜空が目に入る。


 深夜でも明るい、都心の光に照らされた夜空。


 星も月も見えない、薄灰色の夜空。


 それでも、その広さを思うと、こんな悩み、どうでもよく思えてくる。このまましばらくこうして眺めていよう。


 ガサガサ……。


 不自然な葉擦れの音。

 しかし、僕は気にすることなく夜空を見上げ続けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る