第2話

〖自由帳〗


 ほんと、楽しいぜ。

 

 ナイフで心臓を貫くときの、感触。

 ナイフで心臓を抉るときの、音。

 ナイフで死体を解体した後の、達成感。

 人として一線を越えたことへの、優越感。

 

 人を殺すのは楽しい事だ。

 楽しい、楽しい。

 久し振りに生きていて楽しいと思えた。


 あれ?


 周りに誰もいなくて寂しい。

 寂しい、寂しい。

 生きていて寂しいと思うのはいつものことだ。


 〈殺した人〉 → 僕の家族



     *



 例の殺人事件が起きてから丁度一週間が経過した頃。

 今朝も僕は、いつも通り数10分の余裕を持って教室に着いた。周りには、寝ている生徒が数人と勉強している生徒が一人。彼らと適当な挨拶を交わしながら、自分の席に着席し、代わり映えのない普段通りの景色を眺める。

 与田から事件の話を聞いて以来、僕はマメにニュースなどをチェックした。事件を簡単にまとめると、四人家族の内、二人がバラバラに解体された状態で発見されたらしい。

 その中でただ二人、生きていると思われる父親と無事に保護された女子高生。その女子高生こそが、橋本さんだったのだ。

 しかし、いまだに犯人は捕まっていない。さらに、その父親はまるで蒸発した水のように姿を消している。

 そのためか、この事件に対する世間の注目度は高い。

 また、事件に被害者側ながら、我が校の生徒が関わっていたということもあり、マスコミの関係者たちが多数詰めかけることが容易に想像できる。

 学校側は生徒を守るためという建前で、数日間の学校閉鎖を行った。


 今日、登校するのは、与田から事件のことを聞いた日以来になる。



 ガラガラ……。


 教室のドアが開く音。

 僕は無意識に、そのドアを見た。


 ……え?


 丁度、与田がある女子生徒と手を繋ぎながら、教室に入ってきたところだった。


 僕は、驚く。


 僕は、すぐに視線を窓の外に戻す。


 再び驚く。


 与田はその女子生徒に、爽やかな微笑みを向けていた。女には、一切興味がないと言っていたのに……。


 それよりも、僕が驚いたのはその相手だった。

 透き通るような白い肌、肩まで伸びた薄茶色の髪、女性アイドルのような可愛らしい顔立ち。

 与田は、橋本さんと手を繋いでいたのだ。

 橋本さんは笑顔……そのまるで猫のような愛くるしい笑顔を、ほんのりと浮かべていた。


 二人は付き合っているのか……?


 僕は信じられなかった。



「そう。今朝、二人が教室で手を繋いでいるのを見たんだ」


 昼休み、食堂にて。

 僕は、テーブルを挟んだ向こう側に座る、クラス……いや、学年……いや、学校一の情報通、中村なかむら春歌はるかと昼食を共にしていた。それはもちろん、与田と橋本さんが本当に付き合っているか知りたいからだ。

 それから……あと、橋本さんが好き……大好きだから気になるのだ。

 それに何より、中村さんと橋本さんは仲が良い。彼氏が出来たとなったら、互いに報告くらいするだろう。

 また、事件のことについても、僕より詳しく知っているはずだ。食事中にするにはとてもヘビーな話だが、聞いてみることにする。


「ふふ。気になるの? 与田くんに聞けばいいじゃん」


 中村さんが髪の毛をいじりながら、下手なアヒル口で、からかうように言った。思わず一発殴りたくなるような仕草、表情、言い方である。

 そんな衝動を抑えながら、僕は納得する。確かに、与田に聞けばいいだろう。それが一番早いし、正確だ。


「頼むよ……」


 しかし、そういう訳にはいかないのだ。なぜなら、僕の中で説明できなさそうな……曖昧あいまいなものが邪魔をし、それをさせないのだ。


「僕、最近お金がないんだよね……」


 中村さんがため息交じりに、さり気なく言った。要は、昼食おごれ、ということだろう。なお腹が立つ。その童顔に拳を一発放り込んでやろうか。

 再び訪れたそんな衝動を抑えながら、僕は考える。ここは、従っておくべきだろう。それが一番妥当だ。

 僕は中村さんに見えないように、テーブルの下で財布と相談する。

 金は充分にあった。ここは、中村さんから与田と橋本さんの情報を買う、僕はそう思うことにした。


「なあ。昼飯おごってやるから、教えてくれよ」


 僕はそう言って、テーブルに千円札を一枚叩きつけた。


「よっ、太っ腹! そうこなくっちゃ!」


 中村さんは満面に笑みを浮かべながらそう言うと、懐にその千円札をしまった。これで、取引成功ということだ。

 僕は心の中でガッツポーズした。

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