第1話

【自由帳】

 

 親友、家族、人間。

 

 どれも不愉快で、嫌い。

 それらは、まるで汗を吸ったシャツが素肌に吸い付くかのような鬱陶うっとうしさをともない、片時も頭から離れてくれやしない。

 

 別に必要がない訳じゃないんだ。

 いつも通り、ほのぼの過ごしたいだけなのにさあ。

 家でも、学校でも、友達との会話でさえも。


 あ~、むしゃくしゃする。


 死ねばいい。


 あんな奴ら、どうせ家族じゃないし。


 〈殺した人〉 → 



     *



「おい、矢久保。課題やって来たのか?」


 教室に着いて早々、背後で聞き慣れた声が僕の苗字を呼んだ。


「おう、与田か」


 振り返ると、クラスメイトで親友の与田よだ夜一よいちがその高身長で僕を見下ろしていた。

 与田は、誰もが羨むルックスの持ち主で、学級委員を務めている。また、成績もトップクラス、サッカー部の元キャプテンでチームのエースストライカー、文武両道を極めるほぼ完璧な男。

 正直、なぜ自分が仲良くなれたのか分からない。

 ところで、課題はというと……やっていないようだ。矢久保やくぼ月哉つきやという、僕の名前が書かれた数学のノートには、課題に取り組んだ痕跡こんせき微塵みじんも見当たらない。


「課題? もちろん、やってない」


「はあ? もうすぐ受験だってのに。お前は何やってんだよ……」


「しょうがないだろ? 眠かったんだから」


「ずっと寝ていて、時間が無かったのか?」


 与田の的確な質問に、僕の口は開かない。まるで、しゃべり方を忘れたかのように。

 その様子に見かねたのであろう、与田が呆れた表情でその端正な唇を開いた。


「ほら、見せてやるよ」


「おっ! さすが与ー田様。ありがとよ!」


「それはやめろって言ってるだろ!」


 僕は与田の手から数学のノートを受け取ると、自分のノートに書き写し始める。すると、視界の端で与田が僕の前の席に腰を下ろすのが分かった。

 そして与田は、


「書きながらでいいから聞いて欲しいんだけどさ」


 と前置きすると、改まったような声色で話し始める。


「今朝のニュース、見たか?」


「ニュース?」


「ああ。一家が惨殺されたって事件のニュース」


「見てないなあ……」


「まあ、お前が見るわけないか」


 淡々とそう言った与田に一瞬ムカついたが、そのことについて突っかかることはないだろう。事実だから。

 その代わりに僕は、


「で、その事件がどうしたんだ?」


 と、先を促す。

 すると、数秒経ってから与田の声が応える。


「殺人事件が……、あの橋本さん家であったんだよ」


「橋本さん……?」


「ああ。しかも、バラバラ殺人」


 とある女子生徒の容姿が、脳裏に浮かぶ。

 透き通るような白い肌、肩まで伸びた薄茶色の髪、女性アイドルのような可愛らしい顔立ち、まるで猫のような愛くるしい笑顔。

 僕は、課題を書き写している手の動きを止めた。そして、与田の目を真っすぐ見つめる。


「もしかして、橋本星那はしもとほしな?」


「ああ、その通りさ」


 与田は、僕のその真っすぐな視線を切れ長の双眸で受け止め、視線を逸らすことなく、大きく頷いて見せた。

 

 キーンコーンカーンコーン……。


 お馴染みのチャイムの音。


「じゃあ」


 与田は軽く手を振って、黙って立ち上がり、自分の席に戻って行った。

 ふと、外を眺める。

 雲一つない青空、晴天。この空のように、僕の心は晴れ、澄み渡っていた。

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