第九十四話:天使と悪魔。


「いったたたぁ…」



「もう、いきなり飛び込むからびっくりしましたよぉ~。私が衝撃和らげなかったら死んでますよぉ?」



 どうやらネムさんが白雪の上にこの大穴をあけ、そこにアルタが外から飛び降りたらしい。



「まったく…無茶しすぎだぜ」



「ばっ、アンタに言われたくないわよ!心配したんだからっ!」



 アルタは涙目で罵声を浴びせてくるが、まぁ悪い気はしない類の罵声である。



「アルちゃんってばここから出てきたみんなの話聞いたら慌ててすぐいく今いくって暴れちゃって~」



「うっさい黙れ!」



 ははは。これがいつもの日常である。



 そして、いつもの日常に足りないもの。



 それは



「貴様らいい加減わらわの上からどくのじゃーっ!!」




 そうそう。これがないと。



「おかえり。白雪」




「うむ。大儀じゃぞ♪…しかし、無茶な事をしたものよな。しかし効果的じゃった」



 そう、あの時俺の止まれ、が効いたのは俺の契約がまだ有効だったからだ。



 重複契約状態なら、あいつの命令に一瞬くらい割り込む事ができると思った。



 正直ダメだったらどうしようもなかったが、なんとか思った通り上手くいってよかった。



 …そうだ、あの腕輪を破壊しないと。



 支部長が気を失った時点で俺たちを攻撃する命令は止まっているようだが、今のままだとまた同じような事になりかねない。




 俺が支部長に近づこうとすると、



「待て。わらわがやる。下がっておれ」



 俺に万が一にも危害が無いようにという配慮からなのだろうが、その一瞬の対応の遅れが仇となってしまった。



「きさまらぁぁぁ!!もう許さんぞ!!」



 俺と白雪のやりとりがあった直後、支部長が意識を取り戻し叫ぶ。




 俺が考える限り、最悪の命令を。



「おい悪魔!あの男との契約を破棄しろ!!」



「貴様…やりおったな…」



 白雪が苦悶の表情を浮かべ、俺に「今すぐ逃げろ!」と呼びかけるが、それと同時に白雪から氷柱が俺に向かって放たれた。



「ここに居る奴ら全員始末しろ!」



 これじゃ結局同じ事の繰り返しだ。



「同じじゃない!」



 まるで俺の心を読んだかのように、いや、実際読んだのかもしれない。アルタが俺の考えを否定した。



「私がいる!ネムが、天使がついてる!私を、私をたよ…」



「アルタ頼む!」



 とっさに、アルタの言葉を遮って言葉を発していた。



「任せなさい!ネム。出来るよね?」



「はうぅ~私はこういう荒事向きじゃないんですけどぉ~」



 ネムさんはやれやれという声を出しながらも、少しも怖がってるような雰囲気は見せない。それどころか不思議な落ち着きすら感じる。



「お、おい!そいつが天使なのか!?悪魔、その天使の契約も断ち切れ!」



「拒否」



 支部長の命令を拒んだのは白雪ではない。



 白雪がネムさんの契約を断ち切ろうとした事自体をネムさんが拒否の一言で無かった事にしたのだ。



「な、どういう事だ!?」



「知らぬわ。わらわはちゃんとやっておる。あの天使が何かしてるのは確かじゃが…」



 白雪は相変わらず顔が引きつったままだが、ネムの登場に少しだけ安心したような表情を見せる。



「ただ私は守る方が得意なだけですよぉ~♪」



 ネムさんがニコニコしながら白雪の攻撃を無効化し、支部長にじりじりと近づいていく。



 そして、白雪の目の前まで歩み寄ると、何か小声で囁いた。



 俺には微かにしか聞こえなかったが、「貴女も少しはやる気を見せなさい」とか、そんな感じだったように思う。



 ネムさんは確かに防御面ではハニーと同じように、或いはそれ以上の防壁を展開している。だが、それもアルタから吸い上げているエネルギーの効果だ。



 ライブで消耗したアルタにこれ以上の無理をさせるわけにはいかない。どちらにせよ短期でケリをつけなきゃいけない。



 …が、防御だけでどうする?



 これ以上何が出来るっていうんだ。




「あぁ~やっぱり無理ですぅ~これ以上がんばっちゃうとアルちゃんの寿命が危険なのでギブですぅ~」



「ちょっと!何勝手な事言ってるのよ!私の寿命なんて気にしなくて良いから早くなんとかしなさい!」



「私には守る事しかできませんよぉ~これ以上の事は出来ないしエネルギーの残量ほんとギリギリなんですよぉ~これ以上やっても無駄使いいになっちゃいますぅ~」



 その通りだとしたら早々にこの状況を変えないといけない。



 後はこっちの問題なのだ。アルタには十分助けられた。ハニーにも咲耶ちゃんにもだ。



「ネムさん。悪いけど全員上に連れてってくれないかな」



「おとちゃん、馬鹿な事言っちゃだめなんだよ。ボクら無しで何ができるのさ」



 いててて…それ言われると痛すぎる。



「おいおい。こんな楽しい現場から追い出そうって言うのか?」



 咲耶ちゃん、強いのは解ってるけどやっぱり俺は咲耶ちゃんを守れる男になりたいよ。



「私に頼むって言ったじゃない!ここで帰れなんてふざけんじゃないわよ!」



 アルタ、ありがとな。何故かはよく解らないが俺の力になってくれてありがとう。



 だから生きてほしい。



 …あ、アルタには考えが読まれちまうんだっけか。まぁいいや。



「ネムさん!頼むよ」



「ふふふ…乙姫さん。あなた男ですねぇ~♪大丈夫ですよ。貴方には悪魔と天使の加護がありますから」



 途中からネムさんの声色が普段のふざけているものから真面目な物へと切り替わっていた。



「じゃあ後は頼みましたよぉ~」



 その声は俺にじゃなく、その向こうの白雪に向けられているような気がした。



 そして、皆の抗議の声を無視してネムさんが強制的に連れて行った。




 一瞬で目の前から消失した。




 恐らく瞬間移動的な行動だろうが、まだそれだけの余力を残していたという事である。



 本当によく解らない天使だ。

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