第九十五話:願いの代償。



「さて…白雪。もう俺たちだけだな」



「あの天使め…面倒な事を言いおって」



 そのやり取りを見ていた支部長が声を荒げる。



「天使も一緒に捕らえられるチャンスだったというのになんという事だ…何もかも貴様のせいだ。出来る限り残忍な方法で息の根を止めてやるからな!」



 俺に向かってそう言い放つ。



 白雪は、その綺麗になびく白い髪を何度か手で梳いて、頭をぽりぽりかきながらため息をつく。



 そして




「なぁ支部長とやらよ」



「なんだ悪魔め!お前は私の道具としていう事を聞いていればいいのだ。発言は必要ない」



「ふふ…この世をお前の物にしてやろうというのに短気な事よ」




 …白雪のやつ何考えてやがる。



 …いや、俺には解る。俺になら解る。



 何をしようとしているのか。



「もはやこんな小僧一匹を相手にしているのも馬鹿らしくないかえ?」



「煩い!こいつは、こいつだけは…!さては契約者に情でも湧いたか?」



「馬鹿な事を言うな。わらわは悪魔じゃぞ…?こんな小僧一人どうと言うこともないわ。契約は既に切れている。ならばわらわにとっては空気のようなものよ」



 支部長は少し黙って眉間に皺を寄せて考える。



「まぁいい。それより先程の、世界を私の物に、というのはどういう意味だ?」



「そのままの意味じゃよ。わらわにならそれしき一瞬でできる。ならいちいち個人を攻撃して潰していくまでもなかろう?てっとり早い方法を推奨してやっているのじゃ」



「そ、そんな簡単に…?」



「ああ。お主が望むのであればな。今の契約者はお主のみじゃから邪魔する者もおらんしのう。全てお主の思い通りになる世界にしてやる事が可能じゃよ」



「やれ!すぐにやれ!そうすれば私はこんな支部長なんて席に拘らずもっと上を目指せる。いや、ボスにとってかわって私が!それも可能という事なんだな!?」




「…可能じゃ」




 白雪がにやりと笑う。本当に悪人の顔だ。



「やめろ!そんな事をしたら…」



 俺は思わず止めに入ってしまった。



「煩い!貴様の意見など聞いていない。悪魔よ。早く今言った事を実行に移せ!」



「まぁ慌てるな。それならひとつ準備が必要じゃ。今のわらわは契約が切れて名を失った。お主がきちんとわらわの名前をつけて本契約してくれればすぐにでも望むままにしてやろうぞ」



「わかった。お前なかなか使える悪魔だな。道具としてじゃなくて愛人として使ってやってもいいぞ」



「はいはい。じゃあ名前をつけるのじゃ。それが契約の証となろう」



「そうだな…アンラ…アンラマユにしよう」



「了解じゃ。我が名はアンラマユ。この世界に降臨し契約を交わしたものなり。」




 これはいつか見た光景である。



 完全に俺との契約が切れているという事を再確認される。そして新しい契約者の誕生…なんだか複雑だ。



「アンラマユ。これでいいのか?」



「勿論じゃ主どの。ではこの世の全てをお主の思い通りになる世界にしてやろう」



 白雪は小声で何かぶつぶつ呟いたのちに



「いくのじゃ。とくとごらんあれ」



 両腕を上にあげ、一瞬目の前が光に包まれた。




「…おい、これでもう終わりなのか?」



「そうじゃ。試してみるがよい。何をするにもお主の思い通りじゃ」



 やってしまったか…。



「そ、そうか。ではそこのお前、私に土下座して謝罪しろ!!」



 俺か!?



 見えない力に体を操られるかのように、自分が言われたとおり土下座の姿勢を取らされていく。




「…貴方様に楯突いた事、心よりお詫び申し上げます…」




 心にも無い事を無理矢理言わされるっていうのはこんなにも気持ちが悪いものなのか。



 無理矢理いう事を聞かされていた白雪もさぞや嫌な気分だっただろう。



「ははははっ。素晴らしい。あとは何ができる!?」



「この世の万物のあり方そのものを変革したのじゃ。それこそ何を願ってもわらわがいる限りはその通りになろうぞ」



「…た、たとえば。ここに金塊を」



 支部長の目の前に見た事のない量の金の塊が出現する。



「もう、笑いがとまらんよ。これなら金じゃなくて使いやすい現金にすべきだったかもしれないな。…さて、この力で次は何を成そうか」



「お主の思うがまま、やりたいようにすればいいのじゃ。この世の王でも、ハーレムを作るでもなんでもな」



 白雪がどんどん支部長を煽っていく。



 案の定それを真に受けた彼はどんどんおかしな妄想を繰り広げていく。




 …が。




 まだ気付かないのか?



 自分の破滅が最早避けられないという事を。





 白雪も人が悪い。



 いや、悪魔が悪いというべきか。



 そもそも悪い魔と書くのだから悪いのは当たり前なのかもしれない。



 それに彼女にとってはこれが最善手であり、一番面白い方法かもしれない。



 なんにせよ、目の前の悪魔には慈悲など存在しなかった。






「次は、次はなにをしようか…」



「なんなりと思うがままでよいのじゃ」



「ひゃひゃひゃ…じゃあちゅぎは…ひゃひゃひゃ…はえ?」





 やっと己の置かれている状況に気付いたようだ。





 申し訳ないが今の俺にはどうしてやる事もできない。

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