◆軽口は死を招いて生を実感する話

第六十六話:乙姫お兄ちゃん。


 翌朝、とりあえず俺の悲鳴からその日は始まる。



「うおぉぉぉぉ!!」



 詳しく説明するのもなんだか恥ずかしいのだが、簡単に言えば俺が目覚めたら俺の布団の中にアルタが居た。



「う~ん…何ようっさいわねぇ…」



「あ、あの、アルタさん?いったい何をしてらっしゃるんですかね」



 眠い目を擦りながらアルタが一つ大きなあくびをする。



「ふぁぁ…。何よ。何か文句あんの…?って、え?何これ」



「こっちが聞きたいです…」



 俺の体はアルタの腕やら足やらでガッチリキャッチされていて身動きが取れない。




「…アンタ、殺されたいの…?」



「どうみても不可抗力だろうが!」



 …。俺とアルタはしばしお互いの置かれている状況を確認しあう。



「え、っとぉ…?仮に、仮によ?私が寝ぼけて抱きついたんだとしてもよ、こういう場合自分がやったって事にして殴られるのが男の務めってやつじゃないの?」



「さらっと無茶苦茶な事言いやがるなお前」



 どーん!



 突如俺の部屋が勢いよく開け放たれた。



「おっはよ~姫ちゃんアルタちゃん♪お母さん珍しく早起きして美味しいご飯作っておいたからそろそろおき…て、た…べに…」



 まてまてまて、誤解だ母よ!



 母の顔は俺達の状況を見て一瞬固まり、だんだんと目をきらきら輝かせ始めた。



「あ、あのお母さん、これは違うんですっ!」



「お母さん!?もうお母さんって呼んでくれるのっ!?嬉しいわっ。式はいつにする!?子供はいつ頃?私おばあちゃんになるの?まだ早い気もするけど孫見てみたいわっ♪」



 我が母親ながらよくもまぁそこまで話が飛躍するものである。



「ち、ちがうんですってばー!」



 アルタが必死に否定するが、否定するくらいなら先にその腕と足をどけたらいかがか。




 母はアルタの言葉などまったく聴かずにスキップしながら階段を降りて行った。



 危ないから階段でスキップすんな。



「あ、アンタのせいでものすごく恥ずかしい目にあったじゃない!」



「あのさぁ…勘違いされたのはそもそもお前がいつまでも俺を離そうとしないからじゃないのか?」



「なっ…」



 アルタがやっといろいろ把握したらしく俺からものすごい勢いで離れる。



「…さっき言った事、覚えてる?」



「俺のせいでものすごく恥ずかしい目に…?」



「違う。もっと前」



 アルタはゆっくりと空手的なポーズを取る。



「…おい、何でそんな構えを…。まて、まさかとは思うがこの状況を全部俺のせいって事にしろとか言うんじゃ…」



「せいやっ」



 ごぶっ






「あらあらお母さんったら早とちりしちゃった感じかしら?」



 見事に青痣が出来た俺の顔を見ながら母親が苦笑いしている。



 あの後隣の部屋で爆睡していたネムさんを起こし(すごい寝相ですごい格好になっていてとても良い物を見た)三人でリビングに移動し、テーブルを囲んで母の手料理を食している。




 そういえば一つ失念していた事がある。



 気がついたらネムさんが当たり前のように母と会話をしているのだ。



 いつからだろう。昨日家に来た時は消えていた筈で、母にも認識されていなかったように思う。



 普通に考えて知らない女子が一人増えていたら母が騒がないわけがない。



 いつの間にかネムさんが母に何かしたのだろうか…



 ネムさんに疑惑の視線を向けていると、彼女はこちらにウインクしながら唇に人差し指をあてて微笑んだ。





 …天使も悪魔もほんとにかわんねぇな…。




 アルタは手料理に感動したのか一口食べるたびになんともいえない複雑な表情を作りながらおいしいおいしいと次々に料理を口に運んでいた。


 うっすら涙ぐんですらいる。


「そんなに喜んでもらえると私も作った甲斐があるわ~♪」



「いえいえ~アルちゃんが夢中になるのも納得の美味しさですぅ~☆家政婦さんが作った食事とは雲泥の差ですよぉ~♪」



 ネムさんまでそんなふうにおだてるものだから母は一層機嫌を良くして「早く家の嫁に来てほしいわ~♪」なんて言いだした。



 もうその手のノリは聞き飽きたっての。



「…考えて、おきます」



 …は?



 ダメだ、母親の手作り料理とかいうアルタが経験した事の無い家族の温かみというやつで彼女の精神が見事なまでに崩壊しかけている。



 正常な判断すらできないほどに混乱しているとは…。



「はぁ…」



 食後、準備をして有栖の家へと向かっているとアルタが遠くを見つめながらため息をつく。



「どうした?ため息なんかついて」



「んー?いやね、アンタの母親の料理がおいしかったなーって」



 まだそれ引きずってんのかよ。今までどんだけまずい飯食って生きてきたんだこいつは…。



「アンタと結婚とか…流石にちょっとアレだけどアンタんちの子供になるのだけは真剣に検討したいわ…」



「どう反応したらいいんだ俺は」



「実際問題アンタんちの養子になる為にはどんな手続きが必要かしら…」


 真剣に俺の妹になるつもりなのかこいつは。こんな妹が出来たら毎日楽しいだろうけどさ、そんな簡単に決めていい事じゃねぇだろうよ。



「まぁその気になれば私がどうにかしてあげますけどねぇ~」



「あっ、そういえばネムが居たわね。そっか…いざって時は簡単に妹になれるわね」



 アルタはそこでこっちを見つめて、意地悪く上目遣いになると、「どう?乙姫おにーちゃん♪」と、破壊力の塊を投げ込んできた。





「ぐふっ…」

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