第二十五話:暗転と膝。


「おいお前ら早く入場しようぜ。いつまでイチャコラやってやがる」



「あ、ごめん師匠」



「師匠ってゆーな」



 ハニーがとてとてと咲耶ちゃんの元へ行き、「荷物持とうか?」などと声をかけている。



 …ん?師匠ってなによ?ミニマム師匠?



「皆さん何してますの!早く入らないと乗り物の列が長くなってしまいますわ!」



 もう入口前まで行っていた有栖が大声で叫ぶ。本当に楽しみにしていたんだなあいつ。



「ほら、お嬢様がお呼びだ。さっさと行くぞ」



 ハニーからチケットを受け取り、一人ずつ入園すると、人は多いがまだ乗り物に行列ができて何時間も待つような事はなさそうだった。



「早く、早く行きましょうどれから乗るんですの?あのくるくる回るやつ?それともあのジェットコースターですの!?そうですわね、そうしましょう!」



 有栖に促されるまま最初にメインであるジェットコースターに並ぶ。



「…ここは随分人が多いのう…」



 今までずっと黙っていた白雪がぼそりと呟く。どうやら車に酔ってしまったらしく到着してからもずっと青い顔をしていたのだが、少しは回復してきたようだ。



「お前そんな状態でジェットコースターなんか乗れるのか?」



「わからん。わからんから、試してみる。こんなところまで来て楽しまずに帰ることなどできようものか…」



 ずっと閉じ込められて現世を謳歌できなかったという境遇からか、こいつは楽しむ事に関しては人一倍執着があるようだった。だからこそ俺への無理難題も基本的に楽しむ事だけがメインになっている気がする。ヤバい犯罪をやらされるよりはマシだが。



 …いや、女子更衣室侵入も十分ヤバいだろう。俺の良識が狂いだしている。気を付けなければ…。



「おい、どうやら舞華は身長的にジェットコースターは無理そうだぞ。あたしと舞華は離れて見ていることにしよう」



「残念だけどしょうがないね。おとちゃん楽しんできて。下で待ってるから」



 そう言って二人が離れて行くのを泡海は絶望した目で見送る。



 本来ならハニーが乗らない以上泡海も下で待機したいところだろう。が、テンションが上がりきっている有栖にがっちり腕を掴まれていて逃げ出すことができなかったようだ。



 有栖と泡海、俺と白雪の二人組で乗り込み、コースターがカタカタという音を立てながら上昇していく。



「来ました、来ましたわ!ついに憧れのジェットコースターですのよ!」



 うわー恥ずかしいからやめてー!



「おお、なかなかの高度じゃな。これは楽しめそうじゃ」



 俺は失念していた。いろいろな事が気になりすぎて、気を回しすぎて忘れていたのだ。俺が絶叫マシーン全般が得意では無かった事に。



 ゆっくりと頂上に辿り着いたその時に思い出してももう遅い。そこからは絶叫すら出なかった。ただ情けなく口をあけ、頭が真っ白になる。



 前方から「ひゃっほーう!」という有栖の声、そして隣から「なんじゃお主声もでんのかぎゃはは」という白雪の声だけが脳内に響く。数分で終わるその時間は俺のいろいろな部分を麻痺させていった。



 もう、どうにでもなーれ。





 ハニー達と合流後、俺はしばらく言葉を失っていたが、心配してくれたのは例によってハニーだけである。有栖くらいはと思っていたのだが早く次の乗り物に乗りたいという欲が俺などという物を忘れさせているようだ。到着までとはうってかわって元気を取り戻した白雪も俺を見て「情けないのう」などとぼやく。泡海はもとより俺の事を心配するなんて感情は持ち合わせていない。



「こいつはしばらくダメそうだからみんなで遊んで来い。回復したら合流するから」



 どうやら見るに見かねて咲耶ちゃんが俺の看病をしてくれるようだ。具合も悪くなってみるものである。



「早く行きましょう次!」



「おとちゃん大丈夫かなぁ」



「大丈夫です。先生がついてますから。舞華さんは私たちと楽しみましょう?」



「わらわ次はあれが乗りたいぞ!」



 思い思いの事を口走りながら皆が去っていく。まさかいきなり離脱とは情けない。が、これはこれで役得というものである。



「ほれ、あそこのベンチで膝枕でもしてやろうじゃないか」



 ニヤニヤと俺をからかうように咲耶ちゃんが言うが、言い返す元気もないのでベンチに座るなり本当に膝の上に頭を乗せてやった。



「おいおい、冗談を真に受けるなよな…まぁ、昔のよしみで少しだけ貸してやんよ」



 そんな言葉を聞きながら俺の意識はブラックアウトした。

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