第二十四話:人魚の匂い。
「で、じゃ。織姫先生を誘いに行った時なにかあったのかえ?何やら大量の感情エネルギーが…」
「やめろ。思い出させないでくれ」
かくして幼い少年だった頃の俺の恋心は跡形もなく崩れ去ったのだった。
「けちじゃのう。まぁよいわ。どちらにせよ誘うのには成功したのじゃろ?ならあとは遊園地じゃな♪」
あれから白雪はやたらと浮かれている。何かの漫画に出てきた遊園地とやらに行ってみたかったとテンションが上がっているらしい。もうこうなった以上は思う存分楽しむしかない。過去の俺の分まで。
「じゃが、普通に遊園地で遊ぶだけじゃつまらんのう。そろそろ…」
嫌な予感しかしない。純粋に楽しませてほしいのだが…
「第二作戦といこうかのう」
そういう訳にもいかないようだ。ちょっと変わった幼馴染と、とんでもお嬢様と、謎のエージェントであり偽りの恋人先輩と、ショタコンの元カノ先生と、同居人系取り憑き悪魔なんていう面子での遊園地が無事に済むわけがなかったのだ。
「あら、意外とにぎわってますわね。たまには庶民の楽しみを味わうのも悪くありませんわ」
有栖はそんな風に言いながらも一番そわそわしていた。意外とこういうところで遊ぶ機会が今までなかったのだろう。
海寄ランドに到着し、あたりを見渡すと有栖の言うように結構お客さんが居るように見えた。最近はいつもこうなのかそれとも何か特別なイベントでもあるのか…。
俺たちは皆で電車に揺られて行く計画を立てていたのだが、咲耶ちゃんを誘った事により車移動する事になった。
以前咲耶ちゃんと行った時は電車だったのでそんな些細な事でも時の流れを感じてしまう。主に時の残酷さを。
あの頃俺の手を引いてくれた暖かな手はハンドルさばきに夢中になり、優しく囁いてくれたあの声は前を走る車に対する罵声へと変わっていた。
「まったく、あのチンタラ走ってたワゴンがいなきゃあと三十分は早くついたっての」
一車線ずつの道が長く続いていたため前を走る車にペースを合わせるしかなかったのである。しかし追い抜きをできるタイミングはいくらでもあった筈で、文句を言いながらも律儀に交通ルールを守るあたりはこれでも教師なんだなと感心した。
俺と別れた後しばらくして引っ越してしまった咲耶ちゃんとこの学校で再会した時は本当に心臓が止まるかと思ったものだが、よくも悪くもあちらが軽いノリで「おっ、久しぶりじゃん」とか絡んできてくれたおかげでまた気楽に話ができるようになった。その点は感謝してもしきれない。きっと咲耶ちゃんの方から声をかけてくれなかったら俺はもんもんと頭を悩ませるどころか自分勝手な恨みすら抱いていたかもしれない。
「それにしても…舞華さんを誘ってほしいとは言ったけれど随分人数が多いんじゃないの?これってデートというより集団行楽よ」
集団行楽ってなんだよ…ピクニック的な何かか?
「ハニーだけを誘うっていうのは案外大変なんだよ。それにこうやって関りを持つところから始めたほうが自然だろ?」
耳元で文句を言ってくる泡海にこちらもひそひそ声で返す。
「た、確かにそうかもしれないわ。ごめんなさい。こういう場をセッティングしてくれただけでも感謝しないとね」
ハニーの事になると急に態度が変わる偽りの彼女。なんだか少し腹立たしい。
「とにかく、ハニーと仲良くなれるようにこっちもいろいろ協力するから。今日はそのための日なんだし」
二人でひそひそと話しているのが気になったのか気が付くとハニーがこちらを睨んでいた。
「人魚先輩。ちょっとおとちゃんになれなれしすぎないかな?彼女って言っても建前なのはこっちも聞いてるからあまりイチャつかないでほしいんだけど…それに、あまりおとちゃんに迷惑かけるようだったら本気で潰すから」
急に何言ってんだこいつ!これから仲良くなろうって言う相手から突如喧嘩売られてるとか先が思いやられるぜ。
「は、はいっ!大丈夫です舞華さんの迷惑になるような事は決してしません!もし失礼があったら遠慮なく蹴り飛ばして下さい!」
ハァハァと息を漏らしながら何故か思い切り嬉しそうな顔をして泡海が言うと、ハニーもなんだか様子がおかしい事に気付いたようだ。
「おとちゃん…なんかこの人、大丈夫なの?ボクの経験上ヤバそうな匂いがするんだけど」
「私の匂いですか!?いくらでも嗅いで下さいなんなりと…」
「ちょ、ちょーっとストップ!落ち着け!」
それ以上聞いていられなくなって慌てて泡海を止めると、一瞬殺意の籠った視線が飛んできたが、すぐに冷静さを取り戻したようだ。
「し、失礼しました。緊張して取り乱してしまって。乙姫君にはできるだけ迷惑かけないように努めます。ですから舞華さんも仲良くしてくださると嬉しいです」
「うん…まぁ、いいけど…」
取り合えずはなんとかなったようだ。しょっぱなから泡海の本性全開だとすべてが台無しになってしまう。
しかし…俺は泡海の本性について何か誤解があったようだ。思っていたよりヤバそう。
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