第二十六話:昔と今の抱き心地。
「ちょ、ちょっと乙姫さん!?いったい何してらっしゃるの!?」
うるさいなぁ…。いつの間にか寝てしまっていたらしい。重たいまぶたをなんとか開くと目の前には「教師になんという事を…!」と鬼の形相をした有栖。呆れた顔の泡海。ぶすっとしたハニー。そして遊び倒して満足そうな顔の白雪がこちらを見つめていた。
「お前ら、もう十分遊んできたのか?」
「勿論一通り乗り物もお化け屋敷も楽しんできたんだよ。でもそんな事よりおとちゃんの今の状況はいろいろ問題があると思うんだけど」
確かにハニーの言うとおり教師の膝枕で眠りこけるというのはいろいろまずいのかもしれない。
…いや、何かおかしいな。確か膝枕をしてもらっていた筈だが俺の頭は直接ベンチの上にあった。膝はどこへ行った。
そこでふと後ろから回されている腕に気がつく。
「いくらそのベンチが大きめだからって時と場合と場所と相手を選んだ方がいいんじゃないかしら」
泡海の冷ややかな言葉に今おかれている状況を把握した。
俺と咲耶ちゃん二人ともベンチの上で横になっているのだ。そして咲耶ちゃんに後ろから抱きつかれているらしい。なんという役得であろうか。
「うるせぇなぁ…ん、ああ、お前ら戻ったのか」
咲耶ちゃんが眼を覚まし俺に抱きついていた腕を離す。いくら広めのベンチといえど二人並んで横になるには少々無理があり、抱えられていた腕を離された瞬間俺はバランスを崩し地面に落下した。
「そんな不埒な事をしているから罰があたったんですわ」
有栖はそういいながら俺の身を起こしてくれた。
「お、おう。ありがとな。気持ち悪くて横になってたらつい寝ちまったんだよ。でもなんでこんな事になってたのか俺にはわからん」
「ボクからも聞きたいんだけどなんで師匠がおとちゃんに抱きついて寝てたの?」
ハニーがトゲのある声で咲耶ちゃんを問い詰める。気がつけばちゃっかりとハニーの手を泡海が握っていた。
仲良くなるっていうミッション自体は成功しているようで何よりである。
「んぁ…?なんだよそろいもそろってうるせーなぁ。あたしは寝起きが悪いんだ。あまりギャーギャー騒がないでくれ。なんで抱きついてたかなんて抱き枕代わりに決まってるだろーが。こう、昔と抱き心地が変わってなきゃいーなーと思って……あ」
あ、じゃねーよ何爆弾ぶっこんでんだこの教師は!!
「昔と…って、ど、どどどどどういう事ですの!?もしかして織姫先生と乙姫さんは、そそそそそういう関係でしたの!?」
ほら面倒な事になった…。
「まぁしょうがないのかな。師匠はおとちゃんの元カノなんだよ」
何故ハニーがそれを知っている?
って、隣に住んでりゃ解ることもあるか。
「も、もと…彼女、ですの??」
「ほう、それは初耳じゃ」
「どうでもいいのだけど仮にも彼女とのデートに元カノを連れてきたの?」
「うるせぇ!!元カノって言ったって小学生の低学年頃の話だよ!昔ちょっと仲良かったお姉さんってだけだって」
昔の事を蒸し返されても困るしあまり触れてほしい話題ではない。なんとかみんなの興味を逸らしたかったのだが、
「バレちゃしょうがねーな。昔は愛し合ってたんだけどあたしはコイツに振られちまってな」
「ちょっと黙っててくんねーかな!!」
「あ、愛しあっていた…小学生の頃から既にけだもの…?」
その後、その話題を沈静化させるのに俺がどれだけの精神力を浪費した事か。
なんとか皆の興味が逸れたのはハニーが園内にあるプールの話をしたのがきっかけだった。
「それにしてもこんなに天気がいいとプールにでも入っていきたいよね」
「そういえばプールも併設されてるんですわね。せっかくだから少し行ってみたい気もしますが…」
「プール…本で読んだぞ。わらわも行ってみたいのじゃ!」
それぞれプールに興味があるのはいいのだが、約一名「プール、水着、舞華さんの水着、着替え、水着…着替え、水着…」と繰り返し呟きながらヤバイ眼をしてる奴がいる。俺はそれを見ない振りした。
放置するのは危険だと解っていつつも、この状況だ。流れに身を任せてしまう方が俺の過去話から話題が遠のく。ハニーすまん。
「水着のレンタルとかもあるみたいだから皆でプールでも行ってみるか?」
俺がそう言うと、満場一致でサクサクっと話が進んだ。意外な事に咲耶ちゃんも乗り気であった。理由は、「暑い。プール、涼しい」との事だ。まだ少し寝ぼけているらしいが咲耶ちゃんの水着も見れるとなれば俺としても嬉しい限りである。それによくよく考えればハニーはともかくとして皆の水着も見られるのだからこれはいいイベントだ。何事も起こらなければの話だが。
「あの、舞華さん、一緒に着替えに行きましょう?」
泡海が眼を泳がせならが必死に感情を隠しつつ声をかけるが、返事はノーであった。
「こんな事もあろうかとボクは服の下に水着を着てきたんだよ。読みがあたったんだよ♪」
「そ、そうなんですか。…残念です」
泡海は一瞬この世の終わりのような顔をしてがっくりと肩を落とした。
本当に残念そうだなおい。
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