第十五話:紳士な見合いおばさん。
「やっぱりわたくしの事をそういう眼で舐め回すように見ていたのですわね…」
「そういえば更衣室でロッカーの隙間から着替えを見たあと穴に入れたいとかなんとか言っておったのう」
「おいちょっとお前は黙れこれ以上ややこしくするな!!」
「穴…入れたい…?どういう意味ですの?」
どうもこうもない、俺が言ったのは穴があったら入りたい、であり穴に入れたいではない。誤解を招く言い方をするなこの痴女!
「…って、貴方まさかあの状況でロッカーの隙間からわたくしの着替え覗いていましたの…?」
あー、それは、なんというかあれです。見える物を見てしまうのは不可抗力であり…
「と、とにかくだな、これで俺が嘘ついてないのがわかっただろ?」
有栖は消え入りそうな声で「不本意ながら…」と呟く。
「本当にこの世に悪魔なんてものが存在するなんて未だに信じられませんけど…」
有栖がそこまで言ったところで白雪が右手をかざす。
「待って下さいまし!もうあんな体になるのは嫌ですわ!…もう信じましたから許して下さいまし…。でも本当に悪魔に取り憑かれたのなら今後もあんな事を繰り返していく事になりますの?いつか捕まりましてよ」
わかってる。その時は最悪また借金が増えるだけなのだがそうそう負債を増やすわけにはいかない。ほどほどにうまく悪事を働かなくては…。
「この男が心配なら小娘、お前も手伝ったらいいじゃろう?なによりわらわはその方が面白いからのう」
悪い笑みを浮かべながら言う白雪に、何故か無言の有栖。
「…それについては少し考えさせてもらいますわ。乙姫さんには…その、一応恩もありますので」
まじか。協力者が増えるのは非常に心強い。…あの腹痛が白雪の仕業なのは黙っておこう。
その時、ぷるるると有栖の携帯電話が鳴った。デフォルトの着信音のままにしているあたり有栖らしいといえばらしい気がする。
「あ、もうこんな時間…ちょっと電話に出ますわね。…もしもし?はい。今少々訳ありで学校にはいませんの。…ええ、クラスメイトの男性の家ですわ。えっ、違います!そんなんじゃありませんわ!勘違いしないで下さいまし」
しばらくして会話が終わると、「すぐに迎えが来るそうですわ」などと言うが、ここの住所などを一言も言っていなかったように思うのだが大丈夫なのだろうか。その疑問を有栖に伝えると「わたくしの携帯のGPSで場所はすぐにわかるはずなので問題ありません」だそうだ。便利な世の中になったものである。
「それにしても…殿方の家に上がり込むというのは、その…世間的にはお付き合いしているという事になるんですの…?」
「何を言い出すんだこの子は」
「馬鹿にしてますの?」
いけない、また口に出ていた…。
「うーん、まぁ普通に考えたら男の家に女子一人で来てたら周りからはそう見られるかもしれないな。でも今回は白雪もいるんだしそう説明すれば問題ないだろ」
「そう、ですわね。気が動転してしまってそれを伝え忘れましたわ…。まだ白雪さんがクラスメイトという実感もなかったもので」
そりゃ悪魔だし有栖はすぐに教室から退散してしまったからなぁ。
十分ほどすると家の外に車が停まる音がしたので見送りに出る。
玄関のドアを開けると、家の目の前には高級そうな黒塗りの外車と、運転席から降りこちらにお辞儀をした状態の老紳士がいた。
「爺、わざわざお迎えありがとうございますわ」
有栖が感謝を述べると老紳士は顔を上げながら「とんでも御座いません。お嬢様が男性の家にいらっしゃるとの事でもう少し時間を遅らせるくらいの配慮をすべきだったかと後悔しております」と微笑んだ。
「もう、そういうのでは無いと言ったでしょう?」
「本当に、何事もありませんでしたかな?」
含みを持たせたように老紳士が問うと、有栖は部屋での一件を思い出したのか一瞬言葉に詰まる。
「ほ、本当の本当に何も、何も有りませんでしたわよ!」
「そうで御座いますか。…これはいい知らせを頂ける日も近そうですな」
有栖の態度から何かを勘違いした老紳士は俺に一度お辞儀をして「今後ともお嬢様を宜しくお願いします。何分色恋沙汰とは縁の遠い方でして」とにこやかに言う。
「有栖の言うようにほんとに何も無いですから、心配するような事も、期待するような事も」
慌てて否定するが、多分あまり信じていない。きっとこの老紳士は有栖の事を孫か何かのようにでも感じているのだろう。それが他人ながらすぐに解るほど好意がにじみ出ている。
「
「はいお嬢様。それでは星月様、とても素敵なお嬢様ですから本当に何事も無かったのだとしても、是非ご検討下さいませ。それでは」
この老紳士は多野中というらしい。物腰は柔らかいが俺はなんだか見合いを勧めてくるおばちゃんみたいだなと思った。
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