第十六話:学園のアイドル襲来。
有栖を乗せた車が遠ざかると、「いつの間に家に遊びに来るほどの関係になったの?」と背後からハニーの声がした。隣家なのだから玄関先での声が聞こえるのは当然である。が、やましいことがあるわけでもないのになんだか気まずい。
「まぁボクも御伽さんにおとちゃんと仲良くしてねとは言ったけど…ちょっとびっくりしたよ。もしかしておとちゃんってああいう子が好みなのかな?」
俺が気まずくなる必要なんてどこにも無かったかのようにニヤニヤと笑い、俺のわき腹の辺りをつついてくる。可愛いやつめ。
「まさか、俺の好みはいつだってマイハニーと咲耶ちゃんだけだ」
「…もしかしてろりこ」
「ちがうからね!ハニーも咲耶ちゃんも小さいけど断じてロリコンじゃないからね!!」
それだけは否定しておかなければいけない。そもそも咲耶ちゃんと初めて会った時には俺の方が断然小さかった。
「俺は頼りになる人が好きなんだよ」
「じゃあおとちゃんはボクの事大好きなんだね♪」
「はいはい」
そんなやり取りをしてお互い自宅へ帰る。
部屋にもどると白雪は「おそいのじゃー」と文句を言いながらもこちらを見ようともせずただ転がってだらしなくポテチをつまみながら漫画を読んでいた。
こうしているとただのズボラ女である。人間味が感じられる事で油断してしまうが俺はこいつの言うとおりに指令をこなさないと精気を食われて死んでしまうのだ。気を引き締めないと。
「おー、銀行強盗か、それもおもしろそうじゃのう」
漫画のワンシーンでそんな叫びをあげる白雪に、夜通し銀行強盗の不毛さを訴える事になった。
だめだこいつはやくなんとかしないと。
翌朝。咲耶ちゃんを眺めながらの癒しホームルーム中に予想外の出来事がおきてしまう。
「星月乙姫さんはこのクラスですか?」
ガラガラと教室のドアが開かれ、俺を名指ししてきたのは、我が校のマーメイドだった。
「おい人魚。今なんの時間かわかってっか?織姫せんせーのありがたーいホームルーム中なんだが。むしろなんでこんな時間にうろついてやがる」
「織姫先生、申し訳有りません。とても…とても大事な用があってまいりました。星月さんをお借りします」
「まーべつにいっかー」という咲耶ちゃんの前を通り過ぎ、俺の机の前までやってくる。
クラスの男女ともに、憧れの存在が突然教室に現れたことに驚きながらも色めきたっている。
「泡海先輩?この庶、乙姫さんに何か御用ですの?」
有栖が先輩に問いかけるが、未だに俺の事を庶民と言いそうになるのかこの子は…。
しかし今の俺はそれどころではない。隣で白雪がクスクス言いながら満足げな顔をしている。今お前に栄養なんぞやりたくない。先輩が俺になんの用か。そんな心当たりなどひとつしかない。何故だ?何をしくじった?
「あら御伽さんもこのクラスだったのね。ごめんなさいね騒がせてしまって。でもすぐにでも星月さんとお話したいことがあるの。とても、大事な話なのよ」
クラス中がざわつく。やめろ、お前らが心配しているような内容ではない。それどころか死刑宣告に近い。これ以上負債を増やしていたら本当に死んでしまう。
その時、顔面蒼白の俺に救世主現る。
「人魚先輩、だったよね。おとちゃん困ってるよ?それに今授業…中じゃないけどホームルーム中だしもう授業始まるし」
そうだマイハニーもっと言ってやれ!
「……。」
人魚先輩は無表情だったが、その瞳には何故か動揺の色が見えた。
「人魚先輩?聞いてる?」
「………………。」
先輩は我が救世主マイハニーをじっと見つめたまま口を半開きにして固まっていたが、ようやく震える声で「お、おお、御伽さん、この方はいったい」と口を開く。
「この方って…舞華さんの事ですの?乙姫さんのお友達ですわ」
有栖にハニーが我が盟友である事を告げると、「そ、そう。そうなのね」と呟き、大きく一度深呼吸をする。少し落ち着いたのか無表情にもどった。いったい何が彼女を慌てさせたというのだろう。そちらの件については見当がつかない。
「舞華さん、とおっしゃるのね。なにも彼に害をなそうというわけではないの。今すぐにでも確認したい事があって、星月さんをお借りしたいのだけれどダメかしら…?」
「それ大事な話なの?」
「ええ、とても…。ここで話すのは星月さんにも迷惑がかかってしまう事だし出来ればお願いしたいのだけれど…」
ハニーは少し考えてから、「って言ってるけどおとちゃんはどうなの?行って来る?」と俺に委ねてきた。
そこは全否定で追い返してほしかったのだがここで俺がゴネて全てを暴露されると負債の量が増大するだけだろう。おとなしくついていくしかない。
そうして俺は沢山の憎悪を込めた瞳と、一人の心配そうな瞳、一人の面白がる瞳、一人の不思議そうな瞳、そして教壇からのどうでもよさそうな瞳に送られて教室を後にした。
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