第十二話:ロッカーはパラダイス?

「あっれー?有栖ちゃん?ほかに誰かいるのー?」



 廊下の外から声がする。他の部員だろうか?どちらにせよ俺の人生はここで王手をかけられてしまった。有栖に見逃してもらっても外には逃げられない。こうなったらまた借金を増やすしか…




「あれ?誰も居ないじゃん。どしたの?」



「あら、申し訳ありませんわ。少々急用で家に電話をかけてましたの。声が少し大きかったかしら?」



「あ、そーなんだ?それならいいんだけどたまに男子が覗こうとしてきたりするし昔は盗難事件とかもあったみたいだから有栖ちゃんも気をつけなきゃダメだよ?」



「はい。ありがとうございますわ先輩。でも、そんな外道な輩が現れたらわたくしただでは済ましませんので大丈夫ですわ」



「そ、そーなんだ?といっても女の子だからね、男なんてみんなけだものだから気を付けるに越したことはないよ」



「この子この前彼氏だと思ってた相手に彼女面するなってフラれちゃって男性不信なのよ」



「そうなんですの?やっぱり男なんてそんな生き物なんですわね」




 …借金を増やしてなんとかしようと思った矢先、有栖が自分のロッカーに俺を押し込んだ。



 声を聴く限り現在二人の女子が更衣室で着替えをしているのだろう。有栖がうまくごまかしてくれたようだが会話内容がそこはかとなく怖い。そして人魚先輩じゃない事に感謝と少々のがっかり感。



 ガチャ。



 身を潜めていると突然ロッカーを開けられて悲鳴をあげそうになった。



 有栖は口元に指を当て「静かにしてくださいまし」と呟きさっと制服を取り出しまたロッカーを閉じた。



 依然として外では他愛もない会話が続いているようだが、ふと



「ほうほう、乙姫よ、今外はちょうどいい具合じゃぞ。ロッカーの隙間から外を見てみよ」



 ロッカーの内部に白雪が頭を突っ込んできたのでまた悲鳴をあげそうになった。…が、ちょうどいいとはどういう事だろう。ロッカーには細い横筋状の穴が三本ほど開いている。換気用なのだろうか。とにかくそこから外を覗いてみると、有栖が体操服の上を脱ぎ、ブラウスを羽織ろうとしているところだった。



「こっ…これは…」



「な?ちょうどいいじゃろ?」



「た、確かに…ってこら、俺を覗き魔にしやがったな!?」



「もともと下着泥棒が覗き魔になったところで大して変わるまいよ」



 ぐぬぬぬぬ…まぁそれはそれとして見えてしまっているものは仕方ない。仕方ないのだ。



 ガチャ。



「うわぁっ」



 また急にロッカーが開けられ、俺はとうとう悲鳴をあげてしまった。慌てて口を塞ぐが、目の前には着替え終わった有栖が哀れむような目で俺を見ていた。



「…はぁ。もう二人とも帰りましたわ。さっさとここから出て下さいます?校門のところで待っていて下さいませ。しっかりと、話は聞かせてもらいますわよ」



「は、はい…」



 ドアの外を有栖に確認してもらって安全を確認すると、俺は一目散に逃げ出した。



「もうなんていうか穴があったら入りたい。」



 人目を避けながら慌てて教室まで逃げ帰り、荷物を持って校門へ行くと、そこには既に有栖が仁王立ちで待ち構えていた。



「遅いですわ。…私の事を無視して逃げ帰ってしまったのではないかと思ってしまいましたわよ」



 本当ならこのまま逃げ帰りたかったのだが残念な事に学校を出るという事はこの校門を通らなければならないという事だ。思いのほか有栖が早かったので逃げるタイミングを失った。



「わたくし、用事があると言って迎えの車はあと三時間は来ませんの。それまではみっちりと事情を説明してもらいますからね」



 最低でも三時間は拘束される事が確定しているらしい。



「でもさすがにこんなところで立ち話ってわけにもいかないだろ?このあたり喫茶店とかもあまりないし…今日のところは帰ったほうが…」



「構いません。ここで話しづらいというのであれば庶、乙姫さんの家でも結構ですわ」



 今絶対庶民って言いそうになっただろ。でもわざわざ言い直すあたりやはり一庶民からは抜け出せているようだ。



 って、今なんて言った?



「おいおい、さすがに家に来るなんて冗談だろ?」



「わたくしが冗談をいう類の人間に見えるのかしら?もしそう見えているのでしたら一度眼球を取り出してクレンザーで磨いてきなさいな」



 …変わったのは呼び方だけのようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る