第十一話:ミッション開始!


 俺に拒否権は無いらしい。とにかく、やるとしたらすぐに見つけてすぐに出てくるしかない。下着まで着替えるとなると女子だけの部活に限られる。この学校で女子だけの運動部があるのは…女子バレー部と、女子バスケ部、ソフトボール部、それと…確実に下着を脱ぐであろう部活、水泳部。水泳部は男女混合だが、女子専用の更衣室があるので数に入れてもいいだろう。



 …どれだ、どれにする。俺が一番安全にこの最悪なミッションを完遂することができるのはどの部活だ?



 しばらく考えたのち、水泳部は候補から外す事にした。水泳部の更衣室に行くには渡り廊下を渡って部室棟を抜け、体育館の脇を通り校庭を回り込む形でプール隣まで行かなければならないからだ。いくらなんでも遠すぎるし誰かの目につくだろう。そうなればバレー部かバスケ部、ソフトボール部の中で選ばなければいけない。



 …そうか。陸上部だ。陸上部なら今校庭で各種競技の練習を行っている。その先の体育館からやってくる生徒を気にせずに済むし女子更衣室も完備だ。記憶が正しければ部活棟の一階にあったはず。生還率が一番高い。よし決めた。



 その時、校庭の一番奥で練習をしていた野球部で怪我人が出たらしく校庭がざわつき、皆が野球部の方へ意識を向けた。俺はその瞬間を逃さずに全速力で渡り廊下を走り抜け、部室棟の扉を開け放つ。



「よし、誰も居ない!」



 まずは第一段階クリアだ。ここで人に遭遇するようじゃ何もできずに退散するしかない。その方がむしろ俺の人生の為にはなったのかもしれないが対価という借金を払うためにはやむを得ないのだ許してくれ罪なき女子よ!



 誰も来ないことを確認し、陸上部の部室を目指す。男子更衣室と女子更衣室、ドアにでかでかと張り紙がしてあったので間違いはない。女子更衣室のドアを少しだけ開けて中の様子をうかがおうとすると、鍵がかかっている。これではミッションどころではない。



「まぁこのくらいはサービスじゃの♪」



 白雪がニヤニヤしながらそういうとがちゃりと鍵の開く音がした。



 考えている場合ではないので静かに扉を開ける。中には誰も居ないようだったので急いで中に滑り込み一番近くにあったロッカーを開けると、そこには倶理夢高校のマーメイドと名高い人魚泡海ひとな あみ先輩の名札がついたスポーツバッグが置いてあり、そのうえには制服が吊るしてあった。



 陸上部で何故マーメイドなのかといえば、単純な話で水泳部と掛け持ちをしているのである。水泳の方は偶に顔を出す程度らしいが彼女が参加する際は男の人垣が出来るほどギャラリーが集まるらしい。個人的には学校指定のスクール水着属性は無いので見に行ったことはないし、長い黒髪を水泳キャップに格納してしまうのは勿体無いなと常々思っている。とにかく学校のアイドルというやつだ。



 マジか…いきなりとんでもない物を引き当ててしまった。こんなことをしているのがバレたら全男子生徒を敵に回すことになる。どうする?ほかのにするか?いや、どっちみちバレた時点で人生は終わりだ。なら大物を狙うのも仕方ないというか、うん、これでいいよね!



 開き直ってスポーツバッグを開ける。俺の心臓はすでに破裂しそうだった。許されざる事をしている罪悪感、背徳感、そして、少々の知的好奇心が俺を突き動かしている。



 …が、しかしそのバッグの中には特にこれといって着替えの類は入っていなかった。



「おやおや残念じゃのう、ほれさっさと次にいかんか」



 言われるがままに隣のロッカーへと手を伸ばすが、そこもたいして中身は変わらなかった。やはりそこまで着替えるような女子はそうそういないのだろうか。



 片側のロッカーを端まで開けたところで、それなりに時間が経過している事に気づく。まずい、そろそろ人が来てしまうかもしれない。次を最後にしよう。それで何もなかったらさすがに今日のところは諦めてもらうしかない。



 一番奥の、反対側を最後の一つと決めてロッカーを開ける。他のロッカーと同じように制服がハンガーにかけて吊るしてあり、下にスポーツバッグが置いてある。開け放つとハンカチや少々の雑貨に紛れて小さな袋を見つけた。軽い。これは当たりかもしれないぞ。



「あ、あ、あああ貴方、何して…」



 その瞬間、俺の思考回路は凍り付き心臓は破裂した。誰かが部室に帰ってきてしまったのだ。



 こんな事ならもっと早くに退散すべきだった。あと一つなんて思わず逃げていればこんな事には…



「あ、貴方…そ、その手に持っているのは…わ、わたくしの…」



 …わたくし?



 最悪に嫌な予感が俺を現実へと回帰させた。ゆっくり振り向くと、そこには早退していると思い込んでいた有栖が。…という事は。この、袋は。



「あ、有栖、違うんだ!これには事情が…というか早退したんじゃなかったのか!?」



「あのあと保健室でずっと休んでいたのですけれど調子が良くなってきたので部活くらいは出て帰ろうと…でも、その…下着を履いてないものでいろいろ気になってしまってやっぱり早上がりをさせてもらう事に…ってそうじゃありませんわ!いいいいったい、貴方はわたくしの、その、アレな下着をどうするおつもりですの!?」



 やっぱりアレか!



「なんでこんな物持ち歩いたまま部活なんて出ようとしたんだ!」



「わたくしが責められているんですの!?あなた自分が今何してるかわかってらっしゃるの!?」



「本当に事情があるんだ!むしろ見つかったのがお前でよかった。これの事は黙っててやるから見逃してくれ!」



 我ながら最低である。しかし俺はなんとしても生きて帰らなければいけないのだ。



「脅迫するんですの!?事情がっていったいどんな事情があったらわたくしの、その…アレな下着を…やっぱりけだものですわ…」



 有栖が大粒の涙をぼろぼろと床に落とす。やめてくれ一日に二度も同じ女子を泣かすなんて俺の人生にあってはならんのだ。



「わかった、あとで全部説明するから!」



「…本当に、それなりの事情があるのでしょうね?わたくしが納得できる理由じゃなかった場合は…わかってますわね?」



 …悪魔に命じられてやりましたなんてこの場で言っても信じてもらえるわけがない。とにかく今はこの場をやり過ごすことに全神経を集中させるんだ。

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