第十話:悪魔の囁き。

 先に俺が教室へ戻ると、相変わらずクラスの目は冷たい(一部は怒りに燃えて熱い)まま。しかし小一時間もする頃にはなんとか平穏を取り戻しつつあった。



「ところでなんでお前こんなところまでついて来たんだよ」



 休み時間に小声で白雪に問うと、「お主とあまり離れると都合が悪いと言わなかったか?それとももうそんな事も忘れてしまった可哀そうな頭なのかのう?」などとのたまう。



 ちなみにあの妙なキャラ設定は俺の部屋にあった漫画に影響されての事らしい。白雪にとっては授業も意外と楽しいらしく、どうやらこのまま転校生として学校に通い続けるつもりらしい。



 それと、どうやってここを調べたかは単純明快だった。ハニーに取り憑いていた時にそういえばこいつも一緒に学校に来ていたんだった。俺も見ていた筈なのにそんな事も気付かないとは情けない。



「それはそうと今日はほんの少しじゃがなかなかいいご馳走を頂いたぞ。その調子でどんどん頼む」



 一瞬なんのことかと思ったが有栖との一件で俺が体験した感情の浮き沈みというかドキドキと罪悪感などがこいつのエネルギーとして献上されていたらしい。昨日のHD復活分くらいにはなっているといいのだが。



「しかし学校というものは授業は楽しいがクラスメイトとやらが煩わしいのう。結局あの織姫という教師が教室から出ていくなり取り囲まれてしまって本当に面倒だったのじゃ。わらわに対する興味を一人一人削ぐのもなかなか疲れたわ」



 クラス全員になにかしらの精神汚染を…やっぱりこいつは悪魔である。そのうち俺にも何かやってくるんじゃないかと心配でしょうがない。



「しかしあの小娘はなかなかいじり甲斐のあるやつじゃな。今後が楽しみじゃ」



 有栖もこんな悪魔に目をつけられてしまっては今後の人生大変なものになるだろう。むろん俺ほどではないが。





「ねぇおとちゃん、白雪さん。今後の食事の確保についてなんだけど、何かプランとかあるのかな?」



 放課後になり人もまばらになった教室で、ハニーが心配そうに聞いてくる。



「あまり食料の供給が滞ったりしたらおとちゃんの精気が吸われちゃうんだよね?何か適度な悪事を働かないといけないんでしょ?」



 そうなのだ。のんびりしてると命が危ないし慌てて無茶なことをやって警察沙汰にでもなろうものなら俺の人生が終わる。笑って済まされる程度のうまい具合な悪事を働かなくてはいけない…実に難題である。



「その点については安心するがよい。まずは手ごろなのを考えておる」



 自信満々に胸を張る悪魔の笑顔がとても奇麗に感じてしまいそれも相まってとても嫌な予感がした。





「これから皆はぶかつどーとやらなのじゃろう?さぁ、女子運動部の部室へれっつごーじゃ♪」



 嫌な予感はすぐさま的中する事になった。




 騒がしい校庭にはいくつもの部活が練習を行っている。部室棟は教室などがある 本棟から渡り廊下で繋がっているのだが、校庭から丸見えなので人の視線がこちらに向いてない時を見計らって一気に渡らなければならない。できる限り俺が部室棟へ行ったという痕跡を残したくないのだ。



 もとより帰宅部の俺はこの渡り廊下に居るだけで不審者となってしまうだろう。



 もちろん現在校庭に居るのは俺の学年だけではないわけで、俺の事を知らない人間もいるだろう。でもだいたいどの部活にも見知った顔はいるのだ。



 こういう時に限ってハニーは家族と買い物に出かけるとかで先に帰ってしまった。ハニーと一緒なら万が一の時になにかと言い訳がきくのだが…白雪はほかの日に決行日を移すつもりは全くないらしいのでやむを得ず俺が単独で挑むことになった。



 当の白雪はといえば、透明状態で俺の頭上から高見の見物モードに入っていて、俺の様子を見ながらひたすらニヤニヤしている。



 おお神よ、もし本当に貴方が存在するというのであればこの悪魔に天罰を与えたまえ。



「ほれさっさと行くのじゃ。日が暮れてしまうぞ?」



 まだ部活動は始まったばかりだが、もたもたしていると部室に着替えを取りに来る生徒なども現れるかもしれない。確かにやるならすぐが一番安全だ。



「それで、俺は部室に行って何をしてくればいい?」



「うーんそうじゃのう。じゃあとりあえず女子の服でもかっぱらってきてもらおうかの」



「服を盗まれた子はどうやって帰るんだよ!」



 体操服のままバスや電車に乗ったりするのは恥ずかしいだろう。それに制服盗むなんて事になったら取られた方は大変だぞ。そこまで安いもんでもすぐに代わりを用意できる物でもない。



「馬鹿じゃのう。運動部の部室じゃぞ?汗まみれになった服だけじゃなくその中までしっかり着替えていく娘もおるじゃろう。ならば用意がある筈じゃ。それを探し当てればいいんんじゃよ」



「俺に下着泥棒になれって言うのか!」



 白雪は一瞬俺を蔑むような眼で見た後、くっくっくと笑いながら「その通りじゃ」と呟いた。

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