第22話 バケモノと幼女達
生徒会室は、先程とは違う意味で妙な空気が流れていた。
午後の気だるい蜜溜りのような空気は勿論、私を責める二つの視線と円からの圧迫感も失せ。
代わりに肌が粟立つような敵意に満ちた、針の筵に座らされている様な空気がしている。
――今日は厄日かしら。
私は心の中で嘆息しながら、二つある空気の発生源を見る。
一つは円。何時もの生徒会長の席には座らず応接用のソファー中央に座る私の右隣に陣取り、敵意も露に腕を絡ませながらベッタリとくっ付いている。
二つ目は見知らぬ少女。
彼女は私の左座り、円への敵対心を剥き出しにしながら、私の左腕を絡め取っている。
二人に挟まれた状況に、向かいに座る苺と耀子に助けを求め目で訴えるが苺は生暖かい目で見るだけ、耀子は困惑した顔で黙り込み役に立たない。
私は状況に焦れ、口を切り。
「……それで、この子は何?」
「あたしは火澄お姉ちゃんの恋人だよ」
そして、爆弾が落ちた。
――?
「……へぇ」「……へ?」「……なっ!」
意味がわからず絶句する私と、憤る円。
苺は面白がり目を輝かせ、耀子はポカンと間抜け顔を晒している。
「ええ、と。貴女何処かであったかしら?」
私は首を傾げながら、まじまじと彼女の顔を見る。
――どこか、懐かしい感じが……。
『ねえ■■、アナタは■■て■■びて、あたし達の■を――』
彼女はそ■言って■の■に手を■■優しく■■てくれた。
逆■――――――。
「――――――――澄、火澄? どうしたんですの?」
次の瞬間、私は心配そうな顔の耀子に肩を揺さぶられていた。
「何が?」
「何がって……。火澄、泣いてるじゃないか」
円の言葉で私は自分の頬を触る、そこには一筋の雫が伝っていた。
「あら、泣いてなんか……何故? 何ともないのに、どうして……」
どうして?
何か大切な事を忘れて――。
「――火澄、君は」
苺は何時になく真剣な声色で言いかけ、止める。
「どうしたの苺、言いたいことがあるなら言いなさい」
思考の底に沈みかけた私は、それを打ち払うように先を促す。
「……君は、記憶が戻ったのかい?」
「――ッ! 苺!」
円は唇を噛み締め、苺を睨みつける。
――何? いったい何だというの。
「苺、いきなり何? 前にも話しているでしょう」
私は、今の状況がさっぱり分からなかった。
「――へぇ、火澄お姉ちゃんは、人間のときの記憶が無いんだ」
「――貴女」
左から聞こえた、何ともないような口ぶりの一言に目を丸くし、
「うふふふふー。あたしは、お姉ちゃんが人間じゃないって知ってるよ。――だって、前世からの恋人だもん!」
その愚もつかぬ妄言に、少女への危機感を解いた。
「はいはい。それで? 苺、いい加減に説明しなさい」
「ああ、すまないね親友。この子は遠縁の娘でね。強い力を持つが制御できないってんで、斎宮の元で鍛えることになったんだ。名前は――」
「――賀古詩五才だよ。火澄お姉ちゃん、詩ってよんで! にへへへ」
無垢な笑顔を向ける詩につられ、私も微笑みながら彼女の頭を撫ぜてしまう。
生まれつき色素が薄いという説明の通り、銀に近い白髪と赤い瞳、白い肌をもっているが、ツインテールにしている所為でどことなく円に似ている気がす――。
――へ?
いきなり私の体が宙に浮いた後、円の膝の上に座らされていた。
「っきゃっ! ま、円?」
「火澄は、オレのだ」
円は不安そうな怒っているような顔をして、私をきつく抱きしめる。
「ヒュー、見せ付けるねぇお二人さん。ラブラブで僕も安心だよ!」
「むむー! 円ずるい!」
「はあ、大人気ないですわよ円さん」
他の三人に冷やかされながら、彼の目を見る。
――そういうことね。
「ごめんなさい、貴方を蔑ろにしてしまったわね」
初めてあった頃からそうだった。
心が傷つくと言葉では表さず、無言の行動で示す不器用な男の子
私は優しく抱きしめ、額にキスを落とす。
安心したように力んだ体を緩める彼の手を取り、私の頬に寄せた。
――オイシソウ。
「……火澄?」
心臓が一際高く音を立てる。
私は突如沸きあがった食欲を我慢しきれずに、円の手を甘噛みする。
「んっ」
「痛っ! 火澄」
強く噛み過ぎた所為か、うっすらと血の味が滲む。
酷く甘美な味を貪りたい気持ちを我慢して、何事もない様に微笑む。
「ふふっ、何か埋め合わせをするわね」
「……偶には、火澄のご飯が食べたい」
円は血を滲む指を気にせず、照れたように目を逸らした。
「味は保障できないわよ」
その仕草を胸をときめかせながら、秋波送り雰囲気を作り始め――。
「――作るのはいいですけれど、ちゃんと食べられるモノが出来るのでしょうね」
突如耳元で響いた声で、我に返った。
「よ、耀子?」
「言っておききますけど、私も食べるんですからね。お忘れなき様に!」
不機嫌そうな目つきで私を威圧する耀子に続くように、苺と詩も囃し立てる。
「思ったよりバカップルの素質有りだね!」
「円だけずっこい! あたしも欲しい!」
外見どおり無邪気で元気に対抗心を燃やす詩は、その実、子供らしからぬ欲望で目が曇りきっている。
その事を察したのか、円は私を抱きかかえたまま隠すように後ろを向いた。
「嫌だね! 火澄の手料理は昔からオレのモノ――」
彼の言葉を遮る様に、甲高く、非自然的な騒音が鳴り響く。
――ええと、携帯電話の着信音とやらだったかしら?
何度聞いても不快な音だと考えながら、その発生源である耀子を見た。
「――はい、阿久津ですわ。……ええ、そう、わかりましたわ。では、手はず通りに」
電話を取った耀子は一瞬沈んだ顔と決意に満ちた目を見せ、何事もなかったの用に通話を終了する。
しかし次の瞬間には悪戯っ子の様な顔をし、胸を張って私達に向き合った。
「円さん、火澄さん。アナタ達に御影からの依頼をお伝えしますわ!」
面倒そうな予感に眉を顰める私と対照的に、御影と云う単語一つで円は真剣な顔をして姿勢を正す。そんな円を満足そうに見た耀子は、次に詩を厳しい目で見た。
「賀古詩を護衛しなさい。――彼女は裏切り者に狙われています」
円と詩は共に戸惑った顔をした後、一瞬だけ視線を交差させる。
――何か意味深ね。
私のそんな微かな苛立ちを他所に、円は凛々しい顔をする。
「御影様のご意向、了解した」
こういう時だけ服にそぐわぬ男らしい表情をするのに、不思議と違和感を感じさせない円の魅力を再確認しながら、暗い顔をし始めた詩を私は興味深げに眺めた。
耀子もそんな詩の様子が解ったのか、彼女を引き寄せ乱暴に頭を撫ぜる。
「護衛と言っても念のためですわ。裏切り者は既に御影の手の内で踊っている最中、処分はすぐですわ」
あっけらかんに言った耀子に、私は面倒くさそうな態度を隠さず向ける。
「……ふん、ならとっとと帰りましょう。万が一でも待ち受けるなら其処が楽だわ」
「残念ながらその案は却下ですわ。敵は裏切り者だけあって斎宮の神殿の守りなど、知りつくされていますわ。――ある程度の方針は立ててあります、それに従いなさい」
耀子はやる気のない私に、しっかりと釘を刺した。
「はいはい」
――まったく、やってられないわね。
「火澄、耳かしなさいな」
大きく溜息を出す私を、耀子は部屋の片隅に引っ張る。
「何?」
「デートのチャンスですわ」
彼女から出てきた意外な言葉に、私は固まる。
「でー、と?」
――デートとはなんだったかしら?
逢引? 恋人同士がするというアレだろうか。
「アナタは恋人として間違ってますわ! こぶ付きですけどお膳立てして差し上げたんですから、恋人としてのイロハを感じ取ってくださいな」
「そ、う。……そうよね」
私は熱を帯びた視線で円を見た。
「?」
首を傾げた円に、急に気恥ずかしさが湧き上がる。
――どこか変な箇所はないかしら。
とたんに身の回りが気になり、気持ちがそわそわして落ち着かない。
「ちょっと席を外すわ」
私は生徒会室を出て、同階にある化粧室に向かう。
中に入って、鏡に映った自分を見つめた。
血のような赤い髪に、不健康そうな肌色。見るものを惑わす琥珀色の眼は、鏡の向こうで頼りなく揺れている。
――唇には、紅を引いたほうが言いのかしら
化粧はした事ないし、碌に服ももっていない。
ないない尽くしに溜息をついてしまう。
「お困りだね! 親友!」「――消えなさい」
苺は、惑う私の精神を掻き回す様に、勢いよく音を立てて扉を開いた。
彼女は、苛立つ私に気にせず密着し、遠慮なく臀部を撫で回した。
「化粧道具貸してあげようか? フリフリの服もいる? 勝負下着とかもあるよ! それともつけない派?」
ニヤニヤと笑う苺に、拳骨を一発落とす。
彼女が一瞬見せた心配な目を気付かなかったフリをして、溜息を吐き化粧室を出ようとした。
「……大丈夫かい?」
心配そうな声。
「……」
私はキッと顔を上げ何事もなかったと装う事で、苺に答えた。
廊下に出ると、円と詩が闘志を燃やしながら睨み合っている。
――何をしているのだろうか、この二人は?
「……むぅ」
「……う~!」
「……勝負よ」
「……望むところだ」
二人の出す妙な空気に、私はやれやれと苦笑いした。
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