第21話 バケモノと終わりの始まり



 曇天の午後、外では木枯らしが吹き荒れる中、古いストーブで暖められた生徒会室で私はソファーに押し倒されている。


 食後の気だるい気分の中、灰色の蜜に溶かされた様に、狂おしい感情に突き動かされ互いを求めてた。



「やんっ、は、つっ、随分と積極的ね……」



「今まで我慢してきたんだ。学校にすら来ないで、円と一緒にずっと家で過ごしたい位だよ」



 安物で堅いソファーの感触を背に、私は制服姿の円に圧し掛かられ、顔中に口づけを受けとめる。


 狂おしいほどの熱気が篭った吐息を出しながら、私は彼を確認するように背中のラインをなぞる。


 円と恋人となって数日、想いが通じ合った私達は、時間さえあればこうして体を磨り合わせて渇きを埋め続けている。



「貴方だけっ、んぁっ、脱がないなんて、狡い」



 キスが顔から首筋それから胸元へと向かう。円の手が私の制服をたくし上げ胸を露出させた。スカートは足首に引っかかるだけで衣服の役目を果たしていない。


 そして普段から下着を着ける習慣の無い私の体は、丸裸同然である。



「火澄だって、解ってるだろ。ん、女子高に男のオレがいたら、大パニックになるって」



 私は胸元を吸われ、乳房を優しく揉まれる感触に腰の奥を疼かせながら、円の制服を脱がそうとする。


 しかしその手が制服のファスナーに向かう前に、柔らかな官能に阻まれどうにも上手くいかない。



「うぁ、ああっ!」



 ――私は、貴方の体が見たいのに……。



 少しの不満を感じながら、私は彼のスカートの中に手を伸ばす。


 男だとばれない様に、窮屈そうに仕舞われたソレを愛しそうに撫ぜながら、ゆっくりと解放してゆく。


 円の快楽で上気した顔を見つめながら、その全てを玩ぶように摩る。



「っ! 火澄っ!」


「ふふっ、やられっぱなしは性に合わないのよ」



 女生徒の制服を着こなし、中性的で清純そうな可憐さを持つツインテールの美少年と、学園内での情事いう背徳の入り混じった行為に、私の体の芯がドロドロとした炎を灯し始める。


 彼が気持ちよさそうに震える姿を見て、嫣然と微笑みながら深いキスを強請る。


 口内に侵入した舌を舌で蹂躙した後、向こうの口内に進み歯茎を一つ一つ丁寧に舐めながら唾液を交換する。


 同時に、右手は制服の中に入り、逞しい胸板を撫でる。


 スカートに侵入しようとしていた左手は、彼の右手に絡め取られ、がっちりとした恋人繋ぎにされる。


 喉の奥で、体が悦ぶ声を上げながら、官能の渦へと飲み込まれてゆく。 



「……っは、っは、っは、我慢、出来ない」



 私と円の唇が離れ、交じり合った涎が糸を引いた。


 円のギラついた瞳に本能を刺激され、繋いだ手を口元に引き寄せて、彼の指を甘噛みする。



 ――全て、食べてしまいたい。



 一瞬過ぎった、暗く澱み、取り返しのつかない欲を思考の外に追いやり、円を求めいれようと腰を浮かす。



「ね、きて――」



「――させませんわよぉ!」



 ガラッという音と共に勢いよく扉が開き、怒りで目が燃えている耀子が足音高く入って来た。



「うわぁああ! ――あだっ!」



 吃驚してソファーから転げ落ちる円を横目に、情熱に浮かされた私の感覚が一気に現実へと引き戻される。



「……はあ。扉を閉めて、寒いわ」



 大きな溜息を吐き、冷静な声で耀子に文句を言った。


 この所同じように邪魔が入る事が頻発していた為、慣れてしまっている。


 私は手早く衣服を整えながら体を起こした。



「え、えーと。耀子ちゃん? 何の用?」



「何、の、用、ですって? 円さん、本気で言ってらっしゃるの?」



「いやー、あ、あはははははー」



 耀子は怒気を上げながら据わった目をギロリと動かし、矛先を私に向ける。



「火澄も火澄です! いくらアナタがそういうのを好むと言っても限度があるでしょう! 四六時中、夜も朝も見境なく盛って! 一緒に住むわたくしの身になりなさい!」



「あ、いや、今回はオレが誘って……」



「尚更です! 大体、火澄は年長なんですから円さんを導く意味でも、節度を持って――」



「――羨ましいの? 耀子」



 私は耀子を挑発する。幾ら邪魔されるのに慣れていても、体の火照りが治まるわけでもない訳だから、彼女を玩具にして元を取らないと気がすまない。



「むッキぃーー! 喧嘩売っているんですのね! 売っているんですのね!」



 ――薄々思っていたけど、この娘、単純だわ。



 地団駄を踏み荒ぶりだした耀子を、私は冷めた目で見る、


 そんな様子が気にくわなかったのか、耀子の怒りはさらに燃え上がった。



「ふふ、好きな人が、自分以外の女と睦み会うのを目の当たりにする日々は如何?」



 私は率直に感情を露にする耀子を好ましく思い、さらに責める。



「ぐぐぐぐぐ、ぬうううぅぅぅぅぅぅ!」



 西洋人形を想起させる容姿で、顔を真っ赤にし唸る姿は、可愛らしくて思わず微笑んでしまう。



「魅力的だわ、貴女」



 私は耀子にそっと近づき、その綺麗な線を描く顔筋を慰撫するようになぞる。



「くッ! 馬鹿にしてッ!」



 彼女は眉を吊り上げ、私の頬を打とうと手を上げ――



「――動かないでくださる?」



 それより早く、ちからを言葉に乗せて動きを空間に縫いとめる。



「……こんな所で、どういうつもりですの」



 耀子は、一瞬目を丸くするが直に眉間に皺を寄せ、険しい顔をする。


 前に視た通り彼女の本質は、ドロドロとした溶岩の如く熱い怒り。


 怒りを今まさに燃やそうとする耀子は、羽化を待つ蝶の様に素晴らしい観賞素材だ。



「この前は、失礼したわね。好きでもない者の相手をさせて」



 私は彼女の耳元で囁きながら、制服の上から豊満な胸を弄る。



「――殺しますわバケモノ」



 耀子は拘束を打ち破ろうと、衣服に縫いつけた陰陽術の符を使おうとするが、私は先回りして制服を肌蹴させつつ無力化していく。



「……じー」



「だから今度は私も一緒だけれど、貴女の好きな人と、ね?」



「~~っ! とことん愚弄してッ~~~!」



「…………じー」



「ふふ、円も、善いでしょう? この哀れな端女に情けを…………円?」



 私は円の方を向き、同意をえようとして、思わず間の抜けた声を出した。



「……火澄? 円さん?」



 私の声に毒気を抜かれたのか、耀子の声から熱が抜ける。



「じーーーーー」



「な、何? 何が言いたいの? そんな変な顔して」



 円は、膨れっ面をし指を咥え、胡乱気な目で私達を見ていた。


 その姿から妙な重圧を感じ、私は思わず耀子を盾にするように立ち回る。



「いいなー」



「え、へ? 円さん? な、何がですの?」



 あからさまなほどの平坦な声に耀子も思わずタジタジとなる。



「いいよねー、耀子ちゃんは火澄と仲が良くて」



「そんな事ないわ」「そんなことありませんわ」



 私と彼女の声が揃う。



「……やっぱり仲がいい」



 何処か据わった目をして睨み、鈍よりと沈んだ空気を出す円に、私達は目で意見を交し合う。



「(何とかしなさい、幼馴染なんでしょう)」「(アナタこそ恋人なんでしょう、どうにかしなさいな)」



 ――どうしよう。



 目と目を合わせ通じ合った所で答えは出ず。私といえば、円が見せる初めての一面に困惑するばかりだ。



「アイコンタクトなんかして、オレより耀子ちゃんのほうが好きなんでしょう」



「…………えーっと。円?」



「だって火澄ったら、オレほっといて他の女の子とばっかイチャつこうとしてる」



「……あのー、円さんと火澄は、わたくしが寝不足になるぐらい十分イチャついてませんか?」



「そんなの家と放課後の間だけ。――授業中は今みたいに女の子食べてるだろ」



 ギラリと光る円の目。


 キョトンとした耀子は少し考え込んだ後、深い溜息を出した。



「………………は~~~あ」



「如何したの耀子。そんな深い溜息吐いて」



 私は呆れた目をする耀子に、自分の不利を悟る。



「……火澄。アナタねぇ、いったい! ドコの世界に! 恋人成りたてにも関わらず、同性を食べ漁る女がいるんですか!」



「あ、あら、ちょっとお腹が空いたから、摘み食いしただけよ」



 二人の責めるような目に、視線が泳いでしまう。



「ちょっと? 食べ過ぎて学園全体の空気が綺麗になってるのに?」



「ひぃーずぅーみぃー! 納得のいく説明をしてもらいますわよ」



 ――旗色が不味すぎるわ。



 私はこの場を切り抜ける方法を頭に巡らすが、空回りするだけで何も思いつかない。



 元はといえば、円が悪いのだ。



 彼と恋人同士になってから、妙に体の調子が良くて、バケモノとしての本能の抑えが――。



「――よーこお姉ちゃん、まだー?」



「小さなレディを待たせるとは! 感心しないなぁ! マイラヴフレンズ!」



 扉を開けるけたたましい音と共に、私の危機に襲来したのは苺と見知らぬ少女だった。



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