第13話 バケモノとケーキ


 そのケーキ屋ハートブルームは、駅前に連なる商店街の一角にあった。


 つい最近出来たばかりだというこの店は、近くに大学があることもあり賑わっている。



 寺浄だけなら兎も角、赤と金という私達の髪色では目立つ。


 無用な注目を嫌った私達は、店内に多数いた女学園生徒の目を避けるように店外のテラス席に座る。



「あら、思ったより美味しいですわね」



「本当ですね。これは中々」



 ――いいわね、あなた達は。



 私は、運ばれてきたミルフィーユと紅茶に舌鼓を打つ二人をぼんやりと眺める。



「あら、食べませんの火澄? このフルーツとチョコのミルフィーユ、東京のお店にも引けを取らない味ですわよ」



「ええ、これは食べないと損ですよ火澄様」



 こっちの事情を知らない彼女達に言われ、私は一口食べる。



 ――やっぱり駄目ね。



「不味くは無いけれど、私には合わないようだわ」



 ついでに紅茶も一口含み、失望する。



「こんなに美味しいですのに、……もしかしてダイエットですの?」



 自分の分を瞬く間に食べてしまった耀子は、憎まれ口を叩きながらもフォークを咥え、私のミルフィーユを見ている。



「まあ、そんな所よ」



 ――本当に、そんな可愛らしい理由ならよかったのだけれど。



「ダイエットは美容の敵ですよ伊神先輩、先輩ならダイエットしなくても綺麗ですのに……」



 相変わらず淡々と、無表情の寺浄だが、何はともあれそう言われて嬉しくないわけが無い。



「じーーー」



「……はあ、耀子、いる?」



「いいんですのッ!」



「ええ、紅茶も付けるわ」



「恩を売ったと、思わないことですわよッ!」



 私は熱い視線を隠さず向ける耀子に、苦笑しながらケーキを紅茶ごと渡す。


 幸せそうに食べる彼女に、私は羨望を覚えた。



 元来そうなのか、妖怪であるからそうなのか、私というバケモノは食べ物の味が解らない。


 より正確に言うと、一部の例外を除き砂の味しかしない、という方が正しい。


 尤も、人間の食事が絶対的に必要というわけではないので不便ではないが、こういう時どうしようもない疎外感を感じてしまう。



 ――そういう意味では、円も罪作りよね。私に料理の味を教えたのだから。



 そう、一部の例外とは。清浄な魂を持ちある程度の浄化作用を備える円の作る手料理のみが、私に味を楽しませてくれるのだ。



「ふぅ、奢りのミルフィーユは美味しかったですわ」



「分家とはいえ御当主様の癖に、吝嗇臭いのね」



「なんとでもいいなさい。我が家は復興中なので仕方がありませんの」



 耀子はよほど機嫌がいいらしく、私の揶揄を軽く受け流した。



「それはそれとして、奢った分は助けてもらいますわよ阿久津様」



「ええ、任せなさッ、ごほッ、ごほッ」



 寺浄の言葉に、耀子は勢いよく胸を叩き咽た。



 ――大丈夫かしらこの子。



「……心配です」



 私と寺浄は同時に溜息をついた。



「な、何も心配ありませんわ! さあ、それで何に困っているんですの?」



「――わたし、好きな人がいるのです。どうか、仲を取り持ってくれないでしょうか」



 やはり寺浄は淡々と、顔色ひとつ変えずにそう言った。





 寺浄の話はこういう事だった。


 古くから橘家に使える彼女の家系は、彼女自身も例に漏れず、幼い頃から橘家の従者となるべく育てられていた。



 橘家の子息と一緒に育った彼女は、いつの間にか一番年齢の近い文虎という三男を好きになっていたという。


 身分差に悩む彼女に苺が声をかけ、私を紹介されたという話だ。



「どうでしょう? 協力してくれませんか伊神先輩」



 無表情な顔に、恥じらいをちらつかせながら私の目を見る寺浄。


 やる気満々な耀子は置いておき、思案する。



 問題なのは、これが苺の紹介だと言うこと。


 身分差の恋とという問題を私に当ててくる辺り、悪意を感じるが――。



 ――苺の場合、善意でやっているのでしょうね。



 心の中で、溜息を一つ。



 ――面倒事は避けたいわ。けど、確かにこの娘の結末は気になるかも。



 そして、ほんの少しの好奇心に気付いてしまった私は、気まぐれを起こす。



 ――オヤツでもなく、役目でもなく、他人の色事に口出しするのは初めてだけど。



「いいわ、その話乗ってあげる」



「本当ですか、有難う御座います」



 寺浄は丁寧に頭を下げる。



 ――とりあえず、いつものやり方で……。



「それじゃあ、寺浄。私の目を見て――」



「――何、しようとしましたかババア!」



 まずはてっとり早く彼女の心を視ようとし、耀子に頭を叩かれた。



「……耀子、いったい何のつもり?」



 私は青筋立てて耀子を睨む。


 しかし耀子は、呆れた様な顔をして怒っていた。



「火澄、アナタには常識というものがないのですか!」



「?」



 疑問顔の寺浄、勿論私にも訳が解らない。


 そんな私を見かねてか、耀子は携帯電話を取り出し猛スピードで何やら打ち込み始める。



「ああもう! メール送りましたからお読みなさい!」



 私は、鞄から携帯電話を取り出してメールを読む。



『本人の同意なく、年頃の女の子の心を強制的に知ろうだなんて最低ですわ!』



 ――成る程。だから怒っているのね。



「いいじゃない別に、本人に解らないのならば問題ないわ」



「わたくしは、倫理的に問題だと言っているのです」



「私は気にしないわ」



「アナタがそうでも、相手はそうじゃないでしょう。――円さんに、言いつけますわよ」



 ――う、卑怯な。



 私は渋々承諾する。



 ――私は、この方法しか知らないというのに。



 ちからを使わないで、どうやって人の心を知るのだろう。



「……面倒くさいわね貴女」



「アナタに言われたくありませんわ」



 耀子は何故か、とても疲れた顔をしていた。



「なんだかよく解りませんが、問題は解決しましたか? 先輩方――あ、紅茶お代わりお願いします」



 寺浄は、私が思っている以上に天然のようだ。



「ええ、大丈夫ですわよ。……若干一名、戦力として不安ですが」



「大丈夫でしたら、具体的な対策などに――」



 今まで淡々とした態度を崩さなかった寺浄が、顔を真っ赤にして私の後ろに隠れた。



「寺浄、いきなりどうしたの?」



「しっ! しーです。火澄様」



 私は寺浄が身を隠そうとした対角線上を見る。



「……へえ、あの男がそうなのね」



「え、何処何処!何処ですの!」



 そこには大学生位の男性が一人、店の中に入っていった。



 ――よくも悪くも、お坊ちゃんという雰囲気ね。けど、中々鋭そうな目をしてるわ。



「文虎様……」



 私の後ろで呟かれた小さな声は、歪みが感じられるほど情熱に狂ったものだった。



「はぁ、そういう事ですのね苺」



 恋愛相談に乗っている最中に、相手の男と遭遇する。


 耀子も苺の用意周到さに、少し呆れ気味だ。



「至れり尽くせりね、どうするの耀子?」



 ちからの禁止が言い渡された私は、耀子に手番を譲る事にする。



「決まってますわ! わたくしがちょっと行って、寺浄さんの事を聞いてきます」



 自信満々に即答した耀子は、善は急げと言わんばかりに立ち上がる。



「ふぇ! あ、えっ? ま、待って!」



 対する寺浄は、制止しようとするが、耀子の勢いに押されている。



「あら、随分大胆なのね。はしたないわよ」



 私は、そんな寺浄を椅子に座らせながら、真意を問う。



「虎穴に入らずんば虎児を得ず、とも言いますわ――火澄、寺浄さん」



 それを教えてあげますわ、と自信満々に言って、耀子は橘文虎を追っていった。


 私は、耀子達が視界から消えたのを待って、席を立つ。



「さあ、行くわよ寺浄」



「あ、うぇ、へ? 何処へですか?」



「お手並み拝見、といきましょうか」



 そして未だ混乱冷めやらぬ寺浄を伴い、丁度良く空いた耀子達の真後ろの席に移動した。



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