第7話 バケモノは結構あくどい



 深夜十一時。円に告げたバケモノ退治より一時間早く、私は学園の理科室に来ていた。


 こういう時三十分前行動をする円が来るまで、後三十分しかない。



 ――そろそろ、仕込みが回ってもいい頃だけど。



「伊神火澄! 来ましたわ! アナタに引導を渡して――? ッて、まだ来ていないのですか?」



 ドタバタと騒がしい音を立てながら、耀子が理科室の中に入る。



 ――いくら、いい成績を収めようとも、所詮はひよっこ。私には気付かないようね。



 先ほど、電話で苺に耀子の情報を聞きだしている。


 政府の隠された省庁、神祇省の有望な若手退魔師。


 陰陽術や神道、真言など、様々な術を治めた結界術師。


 その経験の無さから、搦め手や、懐に入られると弱いとの評価が下されている。



 だからと言って私が直接攻撃するのは、下の下策。


 円という存在が居る以上、事は秘密裏に処理されなければならない。


 そして勿論、私が関わっている事を、悟られるのは論外である。



 ――だから。



「あら、来てくれたのね。先生嬉しいわ」



 ――風流センセイ、貴方の出番だわ。



「へ? だ、誰ですのーー!!」



 突如後ろから抱きしめられ、耀子は面白いほど慌てふためく。



「いやだわ焦らして、いけない娘ね」



 ふぅと風流センセイは、耀子の耳に息を吹きかける。



「ひッ! 何するんですの!」



「やん! もう、乱暴さんね」



 驚いた耀子は身の毛をよだたせながら、手荒くセンセイを押しのけた。



 ――それにしてもセンセイ、反応が……。



「ガチですわこの人! ガチレズですわー!」



「レズなんて耳障りの悪い、百合っていわないと駄・目・よ」



 風流センセイは、本気で嫌がっている耀子に構わず、スルリと近づき、腰に左手を回すと、右手で顎をクイっと持ち上げる。



「意外と早ッ――」



「んー」



 ――生で女同士の接吻を見るのは初めてだけど、存外と激しいものね……。



 珍妙な生物を見るような私の前で、風流センセイは耀子の唇を奪った上、深く深く、そして長く、ソレをしている。



 湿った水音をさせ、頬を赤らませながら、楽しげに貪るセンセイと対照的に、耀子は青い顔をし今にも卒倒しそうだ。


 彼女も必死に抵抗しているが、センセイが、バケモノに成りかけている事もあってか、通じていない。


 センセイはといえば、抵抗する耀子を気にせず口内を蹂躙している。



 ――へぇ、相手に唾液を飲ますというのもありなのね。



 興味深々に見つめる私の前で、耀子の喉が何かを嚥下するように動く。


 次の瞬間、耀子は抵抗する手を止めて下ろす。


 そして涙が溢れそうになった目を堅く閉じ、頬を赤らめ、快楽を得ようと感じ出す体を否定する様に、拳を白くなるまで握り締める。


 十分ぐらいそうしていただろうか、センセイは満足そうな顔をして唇を離す。


 二人の唇と唇の間が、唾液で出来た糸で繋がる。



 ――接吻一つでここまで出来るのね、勉強になるわ。



「――っぷはッ! わたくしの初めてが……」



 耀子は立っていられなくなり、床に崩れ落ちた。


 涙を流し、嫌悪と快楽の残滓に震えながら彼女は唇を服の袖で、ゴシゴシ擦る。



 ――いい気味ね。



「美味しかったわ。…………えいっ!」



 目に淫蕩な光を浮かべたセンセイは、自身のブラウスの釦を外しながら耀子に擦り寄り、押し倒した。



「へ?」



 耀子の間の抜けた声が上がる。



 為す術もなしに彼女の両腕が掴まれ、



「駄目よ。これからが本番じゃない」



 センセイの言葉に、耀子の顔が青ざめた。



「ひッ!」



 ――もっと凄いことが見れるのかしら?



 私は、思わず身を乗り出して観戦してしまう。



「私の事が好きなのでしょう。ならこれくらい平気でしょ」



 センセイは慣れた手つきで耀子の制服を脱がしてゆく。



「やめッ! 人ちがッ!」



 人違いと言いたかったのだろうか、しかし耀子の口は再びセンセイの口で塞がれる。



「素直じゃないわね、アナタは」



 必死に抵抗する耀子、しかし激しい口づけの間もセンセイの手は止まらない。



「ん~~ッ! ん~~ん~~ッ! んん~~~ッ!」



 ついにブラウスの釦が全部外され、下着が見えた。



 ――あら、ずいぶん派手な下着ね。というか……胸、私より。……その、ちょっと、……だいぶ、大きいわね。



 耀子の下着はレースがあしらわれ、蝶の刺繍が為された黒色の透けた物だった。



 円もああいうのがいいのかしら、と私は彼女のスタイルに嫉妬しながら、二人を見守る。



「あら、嬉しい。おめかしして来てくれたのね」



 耀子は顔を怒りに染まらせセンセイを睨みつける。



 ――大方、アナタに見せる為じゃありませんわ、とでも言いたいのでしょうけど。



 耀子の気持ちが伝わるわけが無く、その豊かな乳房がつきたての餅の様に、センセイの手の形へ柔らかに歪む。


 そして右手が、肌蹴たスカートから見えるショーツの中に入り――。



「~~~~~~~~~~~~~っ! 急々如律令ッ! いい加減にッ! 離れなさいッ!」



「きゃっ!」



 一般人と思っている相手に、陰陽符と呼ばれる特殊なお札まで使い、突き飛ばして耀子は脱出した。



「火澄! クソ女! 見ているのでしょう! アナタの仕業ね、出てきなさい! ブチ殺して差し上げますわー!」



「あらもう、強引なのが好きなのね。先生頑張っちゃうわ」



 耀子の拒絶もなんのその、風流センセイは彼女に擦り寄った。


 自分でやっておきながら、私はその様子に、その、正直引いた。



 ――大の大人が欲望丸出しで子供を襲うなんて、見苦しいわね。



「アナタも、アナタですッ! あのバケモノにいいように操られて! 少しは抵抗というものを――」



「――しないでしょうね」



 私は耀子の後ろ、壁の影から姿を表した。 



「後ろ! 何時から居たんですの!」



 耀子はムキーと叫び、私の胸倉を掴む。


 その怒りと屈辱に震えた形相は、私に悦楽をもたらす。



「ふふ、最初からよ。……それより」



「それより、なんですの」



「いいの? あれ、放っておいて」



 私は彼女の後ろを指差す。


 そこには立ち上がったセンセイが、耀子目掛けてすぐ後ろにいた。


 耀子が驚いた隙に、私は距離を取り、やや下品だけれども、机に腰掛ける。



「なんで半脱ぎなんですのー!」



「二人の暑い夜に、服なんて邪魔でしょう」



 彼女は妖しげな手つきで、けれどもテキパキと耀子を脱がしにかかる。



「今は、冬で寒い――じゃなくてーーーー、もうッ、大人しくなさい」



 耀子は必死になって、彼女の胸元に札を貼る。



「恥ずかしがらなくても、……あれ? 体が動かないわ?」



「……やっぱり。その札に反応するということは。アナタ、バケモノですわね」



「バケモノ? いったい貴女、何を言って――」



「――風流先生と仰ったかしら、私はアナタの何?」



 耀子は苛立ちを隠さずに、センセイに問い掛けた。



「何を言ってるの? そんなもの恋人に決まって――」



「――わたくしと、アナタは、初対面です」



「そんなはずはないわ、現に今日の昼だって隣の準備室で――」



「本当に? それは、わたくしでしたか」



「ええだって、その特徴的な――?」



 風流センセイは言いよどむ。



 その姿に耀子は溜息をつきながら、質問を重ねる。



「思い出せないならいいですわ。なら、わたくしの名前は? 恋人というのなら判るでしょう」



「ええ勿論だわ、貴女の名前は……、名前は……」



 蒼白な顔をして俯き、名前、名前と繰り返す彼女。



「ほら、思い出せないでしょう。アナタの恋人とは、いったい誰だったのかしら?」



「あ、あ、ああ、ああ、ああ、あ、あ、ああ、ああ、ああ、ああ」



 耀子の言葉に衝撃を受けたセンセイは、壊れたように震え、両腕で自身を強く抱きしめながらしゃがみ込む。



「……ふん、この程度で破れるとは、悪趣味で低俗で程度の低い暗示ですのね」



「そう? なかなか、楽しい見世物だったけど」



 私の言葉に耀子は乱れた衣服を整えることすらせず、煮えたぎった溶岩の様な眼光で私を睨む。


 その、この世全てを焼き尽くさんとする勢いの敵意に、私は自分の感覚が間違っていない事を視て知った。



 ――凄いわ、バケモノになるのを紙一重で抑えている。


 ――阿久津耀子という人間は、怒りと憎しみで出来ているのね。



「一瞬でも! 解りあえると思った私が! 馬鹿でしたわ!」



「残念ね、私は今も、解りあえると思っているのだけど」



「アナタの様なバケモノは! 円の側に似つかわしくありませんわ!」



「奇遇だわ、私も同意見よ――、それより二番煎じですなないのだけれど、後ろ、いいのかしら?」



 私は、楽しげに笑いながら指摘する。


 そこには異形のバケモノに変貌を遂げようとしている、風流センセイの姿があった。



「――ッ真逆! 樹野の陰転化現象」



 耀子は、焦った様に後退る。



「外では、そういう風に呼ばれているのね、見るのは初めて?」



「そうこれが初め――、じゃなくて! 何を呑気にしているんですの?」



「貴女こそ、何を焦ってるの? ……もしかして、怖い?」



「こ、怖いことなんかありませんわ! っていうか、貴女の仕業でしょうコレは! 何を企んでいますの、この性悪ババア!」



 耀子は泡を吹きながら私の肩を掴み、ガタガタと揺さぶった。



 ――ババアとは失礼な。私は永遠の十代だと言うのに。



「貴女、ひよっこの癖に、まだ余裕あるのね、ちょっと感心したわ」



 経験の浅い新人ならば既に気を失ってもおかしくないが、流石と誉めるべきか耀子はまだ軽い恐慌状態で済んでいるようだ。


 政府のお墨付きは、伊達ではないということか。



「こういうときは、どうしたらいいのだったかしら? ええッと確か――やぁ! って利いていない!」



 耀子は震えながらも手早く九字を切ると、何事かを唱え、青い炎をセンセイに投げつけた。



「見たところ陰陽術かしら? でも、攻撃的な術は苦手みたいね」



「何を冷静な感想してくれているのかしら! アナタ、一応この地を守護するバケモノでしょう? 何とかしなさいな!」



 自分の身を守る結界でも張れば、まだましになるだろうに、私の体を盾にしようと、後ろに回る耀子に、私は冷たい視線を送る。



 ――気概だけなら、誰よりも強いでしょうに。



「貴女に足りないのは、実戦経験ね」



 ――私にとっては、有り難いと言うべきかしらね。



「ひいいぃいぃいい。来たああああ!」



 ドス黒く変色し、肥大化し、節くれだって、鉤爪の様になった腕を伸ばして。


 風流センセイだった化け物が、耀子に触れようと――。




 シャン。




 鈴音が響いた。



 直後、風流センセイが見えない壁に弾かれた様に、教室の端まで吹き飛ばされる。



「何遊んでるのさ。浄化を始めるよ」



「おおっ! 僕のいない間に、かなり親交を深めたようだね」



 円が巫女服で登場し、おまけで苺も登場した。


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