第5話 バケモノとキス
「火澄~、浮気はいけないよ~」
外には、苺が聞き込みを終えて待っていた。
その成果を聞きながら、生徒会室に戻る。
残念ながら目新しいものは無かったと、ニヤニヤと笑う顔が憎たらしい。
「――今回も、貴女の情報が役にたったわ」
恐ろしいほど、正確な情報。
毎回の事ながら、胡散臭い事この上ない。
私は苺を睨み、視る。
しかし怪しい歪みはどこにも無く、むしろ神々しさが漂う心の形をしている。
「ふふふ、僕は、親友いや、大親友火澄の為なら、努力を怠らない女さ!」
「…………………………はあ」
「おや、どうしたんだい」
「世の中、結構理不尽よね」
――どうして、こんな奴が、円に近い清浄な心を持っているのかしら。
「何をいきなり? もしかして、僕の! 偉大さに! 今! 気付いたのかい」
「……貴女の偉大さは、理不尽なの?」
「おっと、これは一本取られたね!」
はっはっはと笑う苺の頭を叩き、私は生徒会室の扉を開け――――。
扉を開け――――。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――」
「お、斎宮もやるねぇ」
円が。
知らない女と。
抱き合って。
キスを。
瞬間的に頭に血を上らせた私は、キッと女を睨み付ける。
――その喧嘩、買わせてもらうわ。
女は私を見て、ふっと嘲り笑った。
我彼の間に緊迫した空気が流れる。
――どう、動こうかしら。
私は逡巡した後、何事もなかった様に円の下に向かう。
「耀子じゃないか、転校の手続きは終わったのかい?」
室内の空気をあえて無視し、苺はわざとらしく発言する。
――知ってて黙っていたわね、苺。
私は内心舌打ちしながら、にこやかに笑って、女から円を引き剥がす。
「目星は付いたわ、仕込みは終わったし帰りましょう」
「ひ、ひずみさん?」
「あら? 円、そんなに震えてどうしたの?」
見ると、笑みを崩さない私と、無視されてあからさまに怒りを見せる女の間で、円はポーカーフェイスを保ったままガタガタ震えている。
「逃げますの? バケモノ!」
女は、その可憐な容貌に似合わず、地獄から蘇った亡者のような声を出し、私を引き留める。
「――誰が、逃げる、ですって!」
円を間に挟んで、私と女の間に、不可視の火花が散る。
「わたくしに、名乗る栄誉を与えますわ、バケモノ」
「貴女こそ名を名乗りなさい、虫螻」
「え、と。火澄? 耀子?」
険悪な私達に、円が恐る恐る話しかける。
「……」
「……」
数秒睨み合った直後。
苺! と二人同時に声が上がった。
「まあ、まあお二人さん! 落ち着いて、落ち着いて」
睨みつける私達を余所に、苺は恍惚とした顔で、私達を止めに入る。
――いい根性してるわ。他人の不幸は、蜜の味って訳ね。
「…………」
「…………」
「それじゃあ、ご紹介しよう! こっちの琥珀色の瞳で赤髪の美少女が、マイ・ベストフレンド! 伊神火澄さ!」
苺は女の方に向くと大仰な仕草をしながら、私の紹介をする。
続いて私の方に向くと、同じように女の紹介をした。
「そしてそして! なんとこちらの金髪朱眼のお嬢さんこそ! マイ・ドーター! 阿久津耀子さ!」
「いつから、私が貴女のベストフレンドとやらに、なったのかしら」
「苺、わたくしは、あなたの娘ではありませんことよ」
「つれない事を言うなよ、お二人さん。君達は、僕の大切な人だ! 仲良くしておくれよ!」
私は、女、阿久津耀子の顔を見る。
向こうも同じ様に、私を見ていた。
――見たことのある瞳をしているわ。
澄み切った光、赤い眼。
聖人の様なソレでは無く、濁って、澱んで、曇りすぎた故に澄み切って見える、化生の目。
――人間の癖に、バケモノの様な奴。
心の中で、ため息を一つ。
それから、私と耀子は、円の方を見る。
すると彼は、困った顔をして私達を見ていた。
――しかたないわね。
「……伊神火澄よ」
「……阿久津耀子ですわ、火澄。わたくしの事は、耀子と、名前で呼ぶことを許しますわ!」
「そして! この! 僕こそが! 三千世界で、人気ナンバーワンの音原苺さ!」
「いや、アンタは知ってるから」
「お、なかなか鋭いツッコミだね、斎宮」
「…………はあ」
ある意味で空気を読んでいる苺に疲れ、私は大きな溜息を付いた。
「ふふふ、ふふふふ」
笑い声に右を見ると、耀子が、毒気を抜かれた顔で笑っている。
「阿久津耀子」
「なんですの?」
「貴女の事は、耀子と呼ぶわ。私の事は火澄でいい」
「わかりましたわ」
私は手を差し出す。
「よろしく。ふふふふふ」
耀子に握り返される手、ギリギリと、見えないように、力を込めて。
「よろしくですわ。ふふふふふ」
再び、二人の間に火花が散った。
そんな私達に感づいたのか、円は慌てて私の腕を取って扉の方向へむかう。
「円?」
「じゃ、じゃあ、顔合わせはすんだね、今日の仕事は終わりだし、オレ達はもう帰るから」
「あら、もう帰ってしまいますのね」
「じゃあ、施錠はまかせたよ音原」
「ああ、任せたまえ!」
帰ろうとする私達に向かって、耀子はニヤリと顔を歪めると、
「さようなら、火澄さん。――我が婚約者、円さん」
と爆弾を落してくれた。
「ちょ、ちょっと! 耀子ちゃん! それは――」
――どういう、こと?
私は耀子の口を塞ごうとする円の肩を、やさしく、やさしく掴み、引きとめる。
「帰るんじゃないの? 円。ええ、後でゆっくり、ゆっくりと説明してもらうわよ」
円は私の顔を見て、ヒィと小さな悲鳴を上げた。
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