第3話 バケモノのお仕事



「――帰りなさい」




「おや、酷いな火澄。いきなりそれかい?」



 衣服を整える円を背に隠して、私は苺と相対した。



「何しに来たのよ?」



「何って、斎宮が呼んだんじゃないか」



「円?」



「うん、オレが呼んだんだ。いれば便利だし」



 背中越しに聞こえる円の声に、私はあからさまに溜息をついた。



 ――音原苺。



 斎宮家傍流の娘で霊能力を持たないまでも、表から裏まで彼女の知らない事はなく。


 あちこちに顔を出しては、面倒事を呼び込むトラブルメイカー。



「斎宮は、また自分のことをオレって呼んでいるね。いい加減直したらどうだい? 美少女に似つかわしくないよ?」



 彼女は丸眼鏡の奥、チェシャ猫みたいな目をくるくるさせて、道化の様に振る舞う。



 ――性別なら知っている癖に、わざとらしいわ。



「貴方だって、僕と言っているでしょう。人のこと言えた義理?」



「僕は、似合っているからいいのさ」



 ――確かに。



 苺は小柄な背に短い癖っ毛の、ボーイッシュな格好をしている。



 ――だからといって。



「なら、いいじゃない。円だって似合っているわ」



 彼女の丸眼鏡の奥、チェシャ猫の様な目が、興味深そうに光った。



「へぇ……。まあ、そう言う事にしておくよ」



「オレのことは、どうでもいいから、とっとと調査に行ってこいよ」



 制服を整えた円は、焦ったように言う。



「わかったわ、今晩、期待してるわよ」



「お熱いねぇ、お二人さん」



「馬鹿言うんじゃないの」



 私は苺を連れ立って、調査に向かった。





 東京郊外にある、人口七万人ほどの樹野市。


 その中央部に、この樹野女学園は位置していた。



 大地を水脈の様に流れる、霊的エネルギー、霊脈と呼ばれるものがある。


 学園はその霊脈の上に建ち、代々斎宮家の人間によって管理されている。



 元々、陰の気が溜まりやすく。


 周りの土地と比べ、過剰なほどに化生となる人間が頻出する、不安定な土地だった故に。


 陽の気を多く持つ若者を大勢暮らさせることで、土地の安定を図った事が学園の始まりである。



 学園には二つのグラウンド、三つの校舎、部室棟や体育館などを兼ねた多目的ホール、樹野館で成り立っている。


 生徒会室がある樹野館は、三年の校舎から一番遠い。



 ――そういえば、さっき食べた時も三年校舎の中庭だったわね。



 私は道すがら、苺に尋ねた。



「三年二組の情報を吐きなさい」



「吐けって、つれないなぁ。まあいいや、それじゃ、昔々ある所に――」



「手短になさい」



「この時期によくある三年のクラスさ。受験前でピリピリしてるよ」



「――苺?」



「まぁまぁ、待ちなよ火澄。此処からさ」



 苺は眼鏡をキラリと光らせ、グフフと不気味に笑った。



 ――キモい。



「キモい」



「ひどっ! 僕の強化ガラスハートが崩れたよ!」



「傷ついてる暇があったら、とっとと有益な情報を出しなさい」



「火澄はツンデレだなぁ」



「…………」



 私は、冷たい目で苺を見る。



「あー、わかったわかった。実はここだけの話、行方不明者が出ているんだ」



「円は何も言ってなかったけど?」



「まだ、表沙汰になってないだけさ。担任の風流先生と恋仲に落ちた生徒が不登校の末、行方不明になったらしい」



 苺は目を輝かせて言った。



「――呆れた。どこからそんな話し仕入れてくるのよ」



「それは、企業秘密さ」



「はいはい」



「それより、火澄がさっき襲ってた子」



「それが?」



「あの子、三の二の子だろう、何かいい話し無いのかい?」



 ――なるほど。あの娘の歪みは、先生から来ている可能性があるのね。



「……思ったよりすぐ楽しめそうね」



「火澄?」



「さ、ふざけてないで行くわよ」



「まずは、三の二から? それともセンセイのいる理科準備室からかな?」



「私は先生へ行くわ、貴女は三の二に行きなさい」



 三年の校舎に着いた私達は、二手に分かれて行動を開始した。



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