第2話 バケモノと周囲の人間
樹野市というのは、古来より陰の気。
人の不の想念、怒りや悲しみ、憎しみなどといったものが空気に残りやすい地だった。
また、国内でも有数の霊的地質を備えた土地柄もあり、只人が異形のバケモノになることも珍しくなかった。
その事態を憂いた時の天皇は、当時斎宮を務めていた妹御にこの地を平定させることで、事態の収拾を計った。
これが、今から千年ぐらいの話だ。
――私が生まれたのが、四百年ほど前だとして、事態はたいして好転していない。それどころか……。
文明の発達よって、バケモノ自体の絶対数が減ってきたものの、何故かここ数ヵ月で人間のバケモノ化は極度に増えつつある。
「だから、火澄も気をつけて」
生徒会室に向かう中、円が心配そうに言った。
「誰にモノをいっているの」
――私も、そのバケモノだというのに……。
私はひと睨みした後、溜息を一つ落とし、歩く速度を落とした。
――貴方は、なんだか眩しいわ。
今代の使役者、斎宮円は風変わりな人物だった。
歴代の者は私の意志を無視して道具扱いをし、必要な時以外は本家にある土蔵の地下に封印していたものを。
円ときたら、私を家族扱いし、一緒の家に住まわせ、学校にまで通わせる始末。
化け物に分けへ立てなく接する、素直な面があると思いきや。
この地を平定する斎宮の使命を、冷徹に遂行する面などを見せ、私の心をくすぐる。
歩きながら私は彼に気づかれない様に、そっと心を覗く。
――いつ視ても、純粋な汚れない心。……いつか、貴方を……。
「……澄、火澄! 聞いてる?」
「ああ、ご免なさい。聞いていなかったわ」
円の言葉で我に返ると、そこは生徒会室の中だった。
室内に二人きり。
私は窓の側に立ち、ぼんやりと視線を外に向け呆けて。
円はその斜め後ろ生徒会長の席に座り、回転椅子を回してこちらを見ていた。
――あら、ご機嫌斜め?
「まったく、もう一度言うよ」
彼は溜息をつき、ジト目で私を睨む。
「ええ」
「三年二組の教室に、強大な歪みの予兆が観測された」
「俺は浄化の準備するから、先行して調べておけ。でしょ」
「なんだ。理解ってるじゃないか」
「十年以上一緒に組んでるのよ。いつもの事でしょ」
――そう、十年以上も一緒に。
私は、沸き上がりそうになる感傷に身を任せる。
――今は仕事よりも……。
「なら、さっそく頼むよ」
「――肝心なことを忘れているわ」
私は獲物を狙う目をし、舌なめずりをした。
「……何をだ?」
厭な予感を感じたのか、円は前を向く。
「ふふ、わかっている癖に」
私は後ろから、円の頭に自分の胸を押しつける様に抱きついた。
「――――っ! 火澄!」
「あら、どうしたの円、女の子同士でしょう?」
「~~~~~~ッ!」
慌てふためく円の耳元で、私は囁く。
「ねぇ、ちょうだい」
「ふぇっ! な、何をだよ!」
「ご・は・ん」
「……さっき、つまみ食いしてたろ」
「あんなの、オヤツでしかないわ」
「…………どっちの」
私は、少しだけ思考を巡らす。
歪みを食べて化け物の本能は満たされたが、ヒトとしての食欲は満たされていない。
これから行うことに変更は無いけれど、美味しいモノが食べれるなら強請るべきだろう。
「――今日は、魚料理がいいわ。新鮮な鯛丸々一匹、塩焼きで我慢してあげる」
「家の家計にそんな予算ないよ! ……っていうか、鯛一匹なんて売ってるの?」
「そう、ならいいわ」
いつもと違いあっさりと引き下がった私に、円は怪訝な声を出す。
「ん?」
「出来ないなら……」
「……出来ないなら?」
私は、円を向かい合わせにする。
「体、で払ってもらおうかしら」
力、を使う。
円を、見えない柱を作り磔にした。
「ひ、ひずみ!」
食欲の次は性欲、というのは万物共通の法則ではないだろうか。
「可愛いわ、円」
私は彼の頬に手をあて、その輪郭に沿うように撫で下ろす。
首筋を伝い、胸元へ。
制服のリボンを解き、同時にワイシャツの釦を全てはずした。
――思ったより、逞しくなっているのね。
女装のために着けている、可愛らしいシャツを捲り上げ胸を撫で回す。
「火澄、やめっ! くすぐったい!」
「貴方の、ココ、が欲しいわ」
私は円の耳元に息を吹きかけながら、胸の中心に刻まれた六亡星をなぞる。
――使役刻印
斎宮独自の陰陽術の一つで、私を使役する為、術者と対象に刻みつける主人の証。
対と成る服従刻印を刻まれたバケモノを、意のままに操る為の鎖。
私を縛る、鎖。
――この部分の肉を喰うだけで、私は自由になれる。
心の中に、斎宮に縛られた四百年の憎しみが浮かび上がろうとする。
同時に、目の前の円への暖かい気持ちがソレと混じる。
「本当に、可愛いわ円」
――ちょっとぐらい、からかってもいいわよね。
目の奥に、複雑な情欲を点らせながら、私は円を嬲り始めた。
「火澄! 今学校だからっ! やめっ!」
――相変わらず、好い声で鳴くわね。
重要なのは、胸の刻印を必要以上に触らないこと。
刻印から遠く離れた箇所から、責めることだ。
「駄目よ、付き合いなさい」
私は彼の右耳を甘噛みし、その左腕を人差し指で指先まで撫で上げる。
左膝は足と足の間に割って入り、閉じさせない様にする。
「あぁ、ぅん、だめだっ……!」
「ふふ、変なの。男の子なのに、女の子の様な声をだすのね」
――私が円にこういう悪戯をするのは、今回が初めてではない。
まだ出会ったばかりで彼が幼い頃、口先三寸で丸め込んで同じ様に拘束し、刻印ごと喰らおうしたのが最初だ。
残念ながらもう一歩の所で、刻印による強制支配で止められてしまったけれど。
以来、斎宮家の支配から来る不満のガス抜きとして、稀にこういう悪戯が許されている。
「火澄っ、がっ! んぁっ! そう、したんだろっ!」
「あら、心外だわ。素質が無いとそうはならないわよ」
彼のやや筋肉質なお腹や、太腿を愛撫していた私は彼の額にキスし、ふと考え込む。
「ひ、ずみぃ?」
――そういえば、まだ一線を越えたことは無かったわね。
私は、舌なめずりをしながら言う。
「ねぇ、私達そろそろ次の段階にはいらない」
「いったい、どういう――」
戸惑いを見せる円を無視し私は、刻印以外に避けていたもう一つの箇所。
彼の下腹部に手を伸ばす。
――そういえば、私も初めてだけど、いいわよね?
「大丈夫よ、優しくしてあげる」
私の手が、彼のソレに触れる。
――思ったより……
「いい加減にっ――――『火澄』」
瞬間、私の胸に激痛が走った。
「いっ、――ぁ!」
その場に蹲る私と、拘束が解け椅子に落ちるように座る円。
「…………」
突然強い疼痛を与えられ、目の前が怒りで赤く染まる。
怒りを込めて円を睨むと、彼は気まずさと残念さを混じり合わせた顔で俯いていた。
静かな空間に、二人の荒い吐息の音がしている。
胸の刻印が、淡く、黒く、光を放っている。
きっと、私の刻印も同じ光を放っているだろう。
――そんな顔するなら、使わなければいいのに。
私は、自分のやった事を棚に上げそう思う。
「……はあ、興が削げたわ」
「……」
複雑そうな顔をし、衣服を整え沈黙する円。
私はそんな彼の頭を優しく撫でて、気にしていないと暗に言う。
「晩ご飯、期待してるわ。私は、貴方の作ったものじゃないと、食べられないのだから」
「……うん、期待しててよ!」
「よしよし」
言葉一つで機嫌を直した円の頭を、幼い頃の様に抱きかかえる。
――純粋というか、単純というべきか。
ゆったりとした雰囲気が流れ――。
「やあ、やあ、親友! 私の力が…………力が、……あれ? お呼びでない?」
自称、親友。
音原苺の乱入で霧散した。
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