もしもあやめが男なら【5】
「あんたが田端敦? …ふぅん? へぇ?」
呼び止められたかと思えば頭の先から爪先まで見定めるような目を向けられた。
俺はそんな失礼な相手を胡乱げに見返す。
「いきなり呼び止めて何だよ」
「…花恋はあんたの何処がいいのかなと思って。どう見ても俺のほうがいいのに」
掃除当番だったのでゴミ捨てをしてたら攻略対象の生徒会会計・下半身節操なし…違った。久松翔に声を掛けられた。
そりゃあ攻略対象様に比べたら俺は地味で面白みのない男でしょうよ。
長いようで短い夏休みが終わり、二学期が始まった。だけどまだまだ残暑は厳しく、冷房のない公立校であるうちの学校はくそ暑い。
じりじり暑くて俺は不機嫌だったんだけど、いきなり声かけられたと思えば品定めされて気分は急降下した。
下半身節操なしのこいつは寂しがりやキャラで女をとっかえひっかえしている最低なキャラだ。
しかし金持ちの家に生まれたこれまた美形で……女遊びが許されるのはただイケなんだろうな。但しイケメンに限る。うん。
だけど前世の自分はコイツを嫌ってたと思う。全ルートコンプ条件のミニストーリーのためにクリアしたけど…コイツ一番攻略簡単だったから淡々とスキップ機能使いながら終わらした記憶がある。
ちなみに一番難しいのが養護教諭な。あの人の女性不信は根深いから。
用はそれだけかと判断して俺は教室に戻ろうと足を動かした。そんな俺に背後から奴がこう声を掛けてくる。
「花恋は俺が貰うからネー?」
「…どうぞお好きに」
俺たち付き合っているわけじゃないんだからそんな事を俺に伺う必要ないんだけど。
そもそも本橋は乙女ゲームのヒロイン。攻略対象とくっつくのが順当なんだから。
モブである俺は無駄だと分かってる想いを抱いたりしませんよ。
下半身節操なしがまだ何か言ってたけど俺はシカトして中庭をショートカットした。
相手すんの時間の無駄だ。
教室に戻るまで近道で中庭を通過してたんだけど、丁度その先に未だ反抗期中(小康状態)の和真を見つけた。
まだ夜遊びをしているが、親に生意気な口を利くのは減ってきた。但し俺にはその限りでない。
口を開けば喧嘩になるので余程のことがない限り弟に話しかけないようにしてる。
当の弟はとある女子生徒と向き合って何やらやり取りをしていた。
「和真君、あの人達と付き合うのはよして」
「……またあんたかよ」
「私は和真君が心配なの。悩みがあるなら私が聞く。ね? 和真君はちょっと調子が悪いだけだよ」
ぼんやりとそれを眺めながら俺は思い出していた。これは和真攻略ルートの【説得】ストーリーの台詞だ。夜遊びしてグレる和真を止めようとヒロインが説得しようとする時に言う台詞。
だがしかし、その声の持ち主に俺は首を傾げた。だって本橋じゃないから。
俺は二人の会話を盗み聞きすることにした。
……どういうことだ?
ヒロインである本橋花恋以外の女子生徒が乙女ゲームのヒロインの台詞を言っているとか……
「……あんたさ、」
「私は林道寿々奈! いい加減覚えてよ」
りんどうすずな……?
………あー…そういえば沢渡が隣のクラスに可愛い子がいるって騒いでいてそんな女子の名前を出していたような気がしないでもない。
んー…ロリ系統だなぁ。黒髪ロングで華奢な庇護欲そそる可愛らしい子だ。
…結構可愛いかもしれないけど、和真の好みじゃないかもな。
あいつお色気お姉さんタイプが好きなんだよ。
林道寿々奈はにっこり笑っているが、弟はため息を吐いて諦めたように踵を返していく。
あの様子じゃこれまでに何度も接触をしたような雰囲気だ。
なんかすごい違和感を感じたけども、俺はその場から立ち去った。
前世のラノベで読んだことのあるような転生者チートとかヒロイン乗っ取りとかあったとして……目に余るようだった介入するけども、今あいつ反抗期だからね。俺が何言っても聞かないと思うよ。
うん、傍観だ。
俺モブだし。
☆★☆
「じゃあうちのクラスはお化け屋敷ということで」
HRで10月に行われる文化祭の出し物が話し合われたのだが、これまたベタなお化け屋敷になった。
「あっちゃん何に変装すんの?」
「うーん…ジェイ○ンとか? …あーでも俺あんなゴツくないしなぁ。沢渡お前は?」
「俺はねチャッ○ーにするよ」
隣の席の沢渡と文化祭の出し物について会話していたが、ふと思い出した。
そう言えば文化祭って乙女ゲームのイベントが頻発するよな。ヒロインの階段落下事故とか攻略対象との文化祭デートとか。
当の本人は誰かを攻略してる気配がないけど、下半身節操なし久松の宣戦布告(?)を思い出す。
俺、あいつだけは無いと思うんだけどなぁ。だけど一部の女の子ってああいうのに弱かったりするよね。
文化祭の話し合いを大まかに終えた後にクラス委員長の口から中間テストの科目数Aの試験範囲が広がったと連絡を受けて俺だけじゃなくてクラス全員が顔を顰めたのである。
文化祭の前にテストがあるから文化祭になると皆憂さ晴らしをするかの如く全力を注ぐからうちの学校の文化祭は結構外部にも人気がある。
…とりあえずテスト勉強頑張ろ。
HRが終わり、クラスメイト達が買える支度を始める。俺もとっとと帰ろうと思っていたんだが、クラスの出入り口のドアから「花恋! 一緒に帰ろ〜?」と男の声が聞こえてきた。
その声につられて振り返るとヘラヘラ笑った久松の姿。
「久松君どうしたの? 生徒会は?」
「大丈夫大丈夫〜。花恋を連れていきたい店があるから行かない?」
「え…」
戸惑う様子を見せる本橋の手を引いて久松はA組を後にする。
なんか久松が最後にこっち見て勝ち誇った笑みを浮かべてきたんだけど何あれ。勝利宣言?
ポケーっとそれを見送っていると、誰かに背中を思いっきり叩かれた。
「ちょっと田端! 放っておいていいの!?」
「そうだよ! 久松だよ? 本橋ちゃんが食べられちゃうかもしれないのよ!?」
「はぁ? てか痛いよ染川」
ギャル二人が怖い顔して俺を叱ってきた。この間の夏祭りから何なのこの二人。
俺は叩かれた背中を後ろ手に擦りながら、二人を見下ろした。
「そんなの本橋の勝手じゃないの。俺、別にあいつの彼氏でもないし」
「アンタ分かって言ってんの!? 本橋ちゃんはアンタのことあんなに」
「あのさ、好意向けられてるからって相手に同じ気持ちを向けてあげないといけないわけ?」
俺は先日から感じていたことを二人に質問した。
俺が他の女の子を好きだとしても、本橋を選ばないといけないのだろうか。好意を向けられてるからって必ず応えないといけないという決まりはないはずだ。
大体俺、あいつのこと恋愛対象で見てないし。
「俺には選ぶ権利がないわけ? 俺は別に本橋のこと好きじゃないんだけど」
「…あ、ばか!」
正直に言ったら罵倒された。
何だよ。フツメンにはそんな権利もないというのか。
俺が不満げな顔を浮かべているのに気づいているのかいないのか、井上が慌てた様子で「後ろ! 後ろ!」と指さしている。
振り返るとそこには呆然とした本橋の姿。久松に連れられて教室出ていったのに戻ってきていたのか。
今の聞かれてたかと俺はちょっとバツが悪くなったが、ぼんやり突っ立っている本橋の様子がおかしいのに気づいた。
小さく震えていた本橋の大きな瞳から大粒の涙がこぼれ落ちたのだ。
俺はそれに固まる。
本橋は顔を歪めるなり、嗚咽を漏らしながら教室を飛び出していった。
ベシッ!
「いってぇ!」
「この馬鹿!! 追いかけて謝ってこい!」
「はぁ!? ホントの事言ったんじゃねぇか!」
「人の気持ちを何だと思ってんのよあんたは!」
井上に頭をぶっ叩かれた。地味に痛いんだけど。
ていうか、このギャル二人の言い分に俺はイラッとしていた。
「それはこっちのセリフだわ! なんなんだよこないだから! 俺の気持ち無視して! 好きじゃないから相手しないのわかんないのかよ!」
「あんた! 最低なこと言ってる自覚ある!?」
「お前らの言っていることはな、好意を持つ女子の相手を全員してやらないといけないって意味だぞ! 俺の気持ち無視でな!」
俺がそう言い返すと、ギャル二人は怯んだ。
こういうお節介は本当に迷惑だ。
ただでさえあしらうのに気を遣っているのに。こういう時男だと乱暴に振り払えば暴力的と罵られるから面倒くさい。
「染川お前、自分に好意を持つ男が現れたら相手すんのか? 彼氏ほっぽって」
「それは…」
「できねぇだろ。それともなんだ? 彼女がいない俺には好きでもない女と付き合えって言うわけ?」
俺には無理だね。どんなに罵られようと俺は軽い気持ちで付き合うなんて無理。
最低でも結構。
そもそも俺はヒロインとどうこうする気はない。
どうせあいつは他の男のものになるんだからそんな感情向けたら後々自分がバカを見るだけだろう。
「二度とお節介な真似すんな。俺は本橋のこと好きでもなんでもねぇから」
俺はギャル二人に少々きつい目を向けてそう言い残すと鞄を持ってさっさと帰宅した。
その日以降、本橋が俺に話しかけてくることはなくなった。
そして、至るところで様々な攻略対象と接触する姿を見掛けるようになり、俺は「やっぱりね」と納得した。
だけど、どこか胸の奥底で苦々しい気持ちが残っていたのも確かだった。
…俺はそれを見ない振りをした。
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攻略対象を選ぶと分かっている。
だからこそ、こんな流れになるはず。
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