もしもあやめが男なら【6】

まだ冷戦は続いている。

ーーーーーーーーーー


『1年B組田端和真君、至急風紀指導室まで来て下さい。繰り返します…』


 とある日の昼休み。母さんのお手製弁当を貪る俺の耳に校内放送で弟が呼び出しされてるのが聞こえた。


「あっちゃんの弟呼び出しくらってら」

「お前が言うな」


 弟も風紀を守ってないけど目の前の沢渡も風紀指導室の常連だ。沢渡が風紀委員長に捕まって腰パンを上に引き上げられているのをよく見掛けるんだけど、たまにズボンを上げすぎて沢渡の足が浮いていたりする。

 なんだあの公開処刑といつも俺は遠くから眺めている。沢渡が助けを求めようものなら他人のふりだ。

 そうされるとわかっていてお前は何故腰で履く。今にもストンとズボンが脱げ落ちそうにしか見えないぞ。

 風紀委員長がちゃんと履かせてくれたんだから少し位感謝したらどうだ。


 俺は校則しっかり守ってるよ。だってめんどくさいもん。

 公開処刑は勘弁してください。


 

 そう言えば攻略対象の久松も生徒会会計だと言うのに風紀に目をつけられている。

 特に風紀委員長の大久保先輩がよく追いかけ回しているのを見かけるんだけど、大久保先輩は男子しか注意しないんだよね。

 副委員長の橘先輩は平等に注意してるけど、大久保先輩がそんなんだから女子を注意することが多いみたい。

 

 実は風紀委員長は女の子が苦手なんじゃないかと踏んでる。

 だってゲームの攻略で二番目に難易度高かったもん。





 午後の授業をすべて終えた俺は下駄箱で靴を履き替えていた。

 帰宅部なので真っ直ぐ帰るだけ。今日も帰ってゲーム実況見ようかなぁと考えていたところだった。

 

「おい田端! 話はまだ終わってないぞ!」

「……」

 

 しかし風紀副委員長が弟を追い回しているのを見かけてしまった。見なかったふりをしようかと思ったけど、それは兄としてどうかと思ったので、兄として和真に声を掛ける。


「おい和真。お前な、先輩に迷惑かけるんじゃないよ」

「田端」

「すいませんねー副委員長。コイツ悪いやつじゃないんですけど反抗期がひどくて」

「…うるせぇよ」

「あのな、兄である俺にそういう態度取るのは百歩譲って許すにしても、人様に対してそういう失礼な態度取るな」

「……」


 和真は俺を鬱陶しそうに俺を無視して靴を履き替えていた。

 またシカトですか。お前もういっぺん話し合い(物理)するか? ん?


「おい和真、話はまだ」


 和真は引き止める俺の腕を振り払って逃げるように帰っていった。逃げ足が速いなあいつ!


「ゴラァ! 和真てめぇ!」


 あいつはもうー!

 俺は思わず地団駄を踏んだ。

 話そうとすればこれだ。


 俺はすかさず後ろにいる副委員長にガバリと頭を下げて謝罪した。副委員長は怒っている様子はなかったが、後輩として兄として頭を下げるべきと判断した結果である。


「副委員長すいません! 家に帰ったら叱っときますんで!」

「いや。兄弟仲が悪くなるのはこちらとしても本意じゃない。そっとしておいてやれ」

「ですが…」

「あぁなってはもうこっちの言うことに耳を貸さないだろう。大丈夫だから」

「…すいません弟が…」


 なんで俺が謝ってんだか。

 和真のやつ、風紀守らないのはポリシーかも知んないけど先輩に取る態度じゃないわ。


 その後どういった流れかわからんけど風紀副委員長と途中まで一緒に帰ることになった。ていうか俺の心配してるみたいだ。この人面倒見がいいキャラだからかもしれない。

 今まで知らなかったけど副委員長と最寄り駅が同じだった。中学の校区は違うんだけどね。

 俺は電車に乗りながら、お盆に和真と衝突した話の詳細を副委員長に話してみた。

 黙って聞いていた副委員長は難しい顔をしていた。


「…田端も苦労してきたんだな」

「いえいえ。兄弟がいるとそういうのありますよね。何処かで比べられると言うか。俺と弟は似てなさすぎてお互いの苦労が理解し合えないんですよ。こればっかりはあいつがあいつ自身の力で乗り越えないといけないんですけど…」


 ぶっちゃけ和真の反抗で、俺の兄としての矜持は皆無になっている。これでも俺も傷ついてるんだ。

 あいつも俺もまだ大人じゃないけど子供でもない。だからこそ難しい。


「せめて…人を傷つけるマネはしないでほしいんですけど…すいません愚痴ってしまって」

「いや。俺は聞くしか出来ていないから」

「十分ですよ。こんなの親や友達に話せませんからね。ありがとうございます」


 副委員長にお礼を言って頭を下げると副委員長は苦笑いして首を振っていた。

 自分が始めた話とはいえ、重い話になってしまったので、俺は思い切って話を変えてみた。


「話変わりますけど、文化祭って何するんです?」

「………執事・メイド喫茶だ」

「ほう。ベタですな」


 副委員長は溜めに溜めて出し物を教えてくれたが、なんだかとっても嫌そうだ。

 でもそうだな。男は執事服着ても別に楽しくはないのかも……


「男女逆転のだけどな」

「………それは、ご愁傷様です」

「…誰が楽しいんだろうな。女装姿見て」


 誰得の出し物なの?

 男前のお顔を嫌そうに歪めていらっしゃる。そんな顔してもイケメンて羨ましいわ。

 副委員長は話し合いの場で激しく反対したようだが、反抗勢力(女子)に圧されて決まってしまったらしい。

 他人事だけど可哀想である。

 でも意外とやってみたらハマるかもしれないよ。なにかに目覚めるかも。


「あーえっと、俺ジェ○ソンかフ○ディのコスプレしようと思ってんですよねー」

「…映画のキャラクターか? 俺はあまり詳しくないんだが…」

「そうそうホラー映画の猟奇殺人鬼ですよ。これですこれ」


 スマホを取り出してそのキャラクターの写真を検索して見せる。映画観る人じゃないと通用しないキャラクターなのかな。自分の中では結構好きなキャラクターなんだけど。


「本当はこっちが本命なんですけど、これ大男キャラだから俺がやると弱っちく見えるんですよ。だけどフレデ○は火傷のメイクとか、小道具の準備が大変そうなんですよね」

「これは…確かに」

「沢渡がこういうの得意だからメイクは手伝ってもらおうとは思うんですけどね〜」


 衣装もだけど鉤爪とか帽子とか出費がなぁ。

 俺が画面を見て唸っていると、「亮介」と声を掛けられ副委員長が振り返っていた。

 つられて振り返ると副委員長によく似た男が立っていた。副委員長と違うのは眼鏡を付けていることだろうか。


「兄さん。今帰りなのか」

「…後輩か?」

「…どうもこんにちは」


 副委員長が成人したらこんな感じになるんだろうな。そっくりだ。性格はこっちのが冷たそうな印象だけど。


「俺ら田端兄弟と違って外見が良く似てますね…いいなぁ」


 思わずため息が出る。

 和真の兄ってだけで期待されてがっかりされてきた俺はかなり羨ましい。

 これはマジで本音である。外見で比べられたことないだろうなぁ。


「は…?」

「あ、いきなり不躾なこと言ってすみません。…いいですねお兄さん。こんな弟さんがいて…」

「…この落ちこぼれがか?」

「…は?」


 ん? んん? 聞き間違いかな? いま見合わない単語が聞こえてきたんだけど。


「落ちこぼれ…?」

「体調管理を怠って本命校に落ちたその落ちこぼれのことだ」


 …えーと…

 何いってんのこの人。

 馬鹿じゃないの?


「何言ってるんスか! お兄さん贅沢すぎ! お兄さんは弟に説教途中で腹パンされたことありますか? 声かければシカトか『うぜぇ』『うるせぇ』『しね』『うせろ』とか言われたことあります?」

「!?」

「お、おい田端…」

「成績優秀、運動神経抜群、人望もあって面倒見もいい弟を落ちこぼれ!? 副委員長が落ちこぼれなら俺なんて塵芥ちりあくたですよ!?」

「田端、恥ずかしいからやめてくれ」

「俺の弟と交換してくださいよマジで! 俺、こんな優しい弟がほしいわ!」


 贅沢すぎる。

 別に兄だから尊敬しろとは言わないけど、兄だからって何言われても我慢できるわけじゃないんだよ。


「大体あいつはわがまますぎるんスよ! 俺が腐ってグレなかったのが奇跡なくらい出来が良くて人生イージーモードなのに! ナメとんのかあいつは!!」

「おい、悪かった。俺が悪かったから」

「ほんとに分かってるんスか! お兄さんは恵まれてるんスよ! こんないい弟を落ちこぼれなんてふざけたこと抜かさないでくれます!? 喧嘩売られてるみたいで腹立つわ!」


 ついイラッとして初対面の人に逆ギレしてしまったけども反省はするけど後悔はしない。


 結構俺ストレスが溜まってたみたい。てへ。

 副委員長もお兄さんもドン引きだったけど仕方ないよね。




 なんか後日副委員長にお礼を言われたけど、俺なにかしたっけな?


 ずっとお兄さんとの仲が微妙だったけど、最近お兄さんの態度が軟化したとかどうとか言ってたけど。

 よくわかんね。



ーーーーーーーーーーーーー

①ギャルじゃないので橘兄が暴言吐くことはない。

②弟との仲が微妙で酷い扱いを受けている敦は橘兄の発言に切れる。

③そのつもりはないけど橘兄弟の仲を取り持つ役目を果たす。


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