第十八話 暗転の狼煙

暗転の狼煙


――――少年は無垢で、無知だった。

見たものを拒む事も知らず、ただすべてをありのままに受け入れていた。

やがて青年になった彼は、失ったものを探し続けるようになった。


彼の胸に開いた大きな喪失。

それはあの夏の記憶、そして彼女に対する恋愛感情の喪失だけではなかったのだ。










物語の幕はまだ、開いてもいなかったのだと、彼らはようやく知る事になる。










今、幾重にも連なる糸が、過酷な未来へと繋がろうとしていた。










――――「ロークシア……?」


宇宙船の上に立ったイブは、妙な事を口走った。


ロークシア……一体何の事だかさっぱりわからない。


「知っているはずですよ龍太。真実はあなたの中に眠っているんですから」


「俺の中……」


思えば俺は浅はかだったのかもしれない。

あの一夏の過去に一切の疑念も抱いていなかった。

もっと頭を働かせるべきだったと、今さらながらに後悔する。


「あ……あぁ……」


消された記憶の一番最後を思い出した時、頭の中が真っ白になった。

全身から吹き出す汗は、暑さからではなく、その衝撃のあまり滲み出した冷や汗。


「まさか……そんな……そんな……」


「ようやく思い出したようですね。そうです……」


「やめろ……」


「時は来ました」


「やめろっ!」














「今日でこの星、地球は、我々アークネビルの物となります」



 




空気がざわめいた。


後ろにいた仲間達が現状を理解出来ずに狼狽える声が聞こえる。


「え……何……」


「今なんて……」


俺は知っていた。


俺だけは知っていたのだ。


あの時から既に、こうなる事は決まっていたのだから。














――――10年前、8月30日





必死に明焦山を駆け登った少年は、かつての隕石落下の跡地にて、探していた彼女の姿を見つけた。

そしてその彼女が口に出した言葉に、少年は驚くしかなかった。


「私はここで、十年の眠りにつきます」


「え……!?」


少年が聞かされていた話とは違う。


「ま、待てよ!どういう事だ!?だってお前は、今からリーアを探しに行くんじゃ……」


「それはまたの機会にしようかと思います」


少年は確かに感じていた。

目の前の少女が、彼の見てきた今までの彼女とは違う空気を纏っている事を。


「あなたはまだ何も知らない。いや、そもそも知り得るはずもないですが」


「何……言ってんだ……」


「教えてあげましょう」


少年の中にあった恋心が激しく揺らいだ。

少年が感じた不穏な空気、心を削り取るような嫌な感覚。

次の言葉に、それはついに現実のものとなる。


「私たちの星の時間で十年後、この星、地球に総攻撃を仕掛けます」


「な……!」


「地球時間10年後の8月1日、地球は我々の支配下に置かれる。反逆の意志ある者はすべて抹殺いたします」


少年の頭の中は、彼女の言葉に惑わされ混乱する。


「じょ、冗談はやめろよ……。俺たちは……仲間だろ……。一緒に隕石を止めたじゃないか……」


少年は信じられなかった。

一緒に一夏を過ごし、そして好きになってしまった彼女の口から出てきた言葉を。


だが突き刺さるような彼女の視線には今まで感じたような暖かさはなく、どこまでも冷徹に少年に注がれていた。


「私が地球に来た目的は、この星の調査、分析。また、そこに住む生命体のデータ採取、あわよくばリーアの回収」


「待て!待ってくれ!お前が何言ってるのか全然わかんねぇ!」


少年の脳内は暑さを忘れてしまうほど、混乱の渦中にあった。


「龍太、簡単な事ですよ。地球は侵略されるのです、私たちの手によって。それは誰にも止められません」


「そんな……そんな事って……」


「それが地球植民地化計画、通称ロークシアです」


少年の中で何かが音を立てて崩れていく。

信じていたすべてが、簡単にひっくり返されていく。


「仲間……じゃないのかよ……俺たちは……。全部嘘だったのかよ……?俺たちの友情は!お前が好きだって言ってくれた事も全部!」


「私は状況に合わせた返答をしたに過ぎません。あなたがそれを嘘と定義するのであればそうなのかもしれませんね」


「じゃあ!じゃあなんで地球を助けてくれたんだ!地球を侵略するなら、隕石を破壊する必要なんてないはずだろ!?」


「地球はいずれ私たちアークネビルの第二の母星となります。誰だって、自分の物に傷を付けたくはないでしょう?」


少年の夏が崩壊していく。

少年にとってはまだ永劫の別れの方がマシだったに違いない。

少年の心は完全に踏みにじられた。


「でも安心して下さい。こちらの手筈が整うまでの十年間、あなた達には平穏が訪れるでしょう。そして、この夏の記憶を持たないあなた自身も、その平穏の中で過ごしていくでしょう」


「……」


少年はその場に崩れ落ちる。

裏切られたショックで立ち上がる事すらも出来なかった。


「十年後に会いましょうね、龍太」


彼女は持っていた小型の機械を、少年の側頭部へと近付けた。


「B……B……」


「え……」


「バイバイ」














――――現在、8月1日



日本時間午前11時13分



東京都新宿、混雑する駅前にて、人々は今日も忙しく道を行き交う。

そんないつもの光景の中で、人々は不思議な現象を目撃する。

辺りが突然、まるで夜になったかのように暗くなったのだ。


あまりに突然の事に驚く人々。

そしてその中にいた一人の少年が空に向かって指をさした。


「おい……なんだあれ……」


誰しもが足を止め空を見上げる。


OLも、サラリーマンも、ホームレスも、老夫婦も、駅員も、車の運転手も、皆同じように空を見上げ、そしてその圧倒的な光景を目の当たりにした。


「な……何……何なの……」


「ひ、飛行機……?」


光が消えたのは、太陽の光がその物体によって遮られてしまったからである。


「マジかよ。なんだありゃ」


「おっきい……」


町中の人間が見上げた空には、超巨大な物体が浮遊していた。

円錐を逆さにした形状で、その先端が地上へと向けられている。

その大きさは町を丸ごと覆い尽くすほど巨大であり、人類が未だかつて一度も見た事のない謎の物体。

そのあまりに巨大な物体の圧迫感に、腰を抜かす人間も現れる。


「ひ、ひぃ!世界の終わりだ!終末だ!」


「逃げた方がいいのか?」


「もしかして何か新しい兵器……って事もないか……」


それでもまだパニックを起こす人間はごく少数。

突然、音もなく現れた謎の浮遊物体に、人々は呆気にとられるばかり。


だが次の瞬間に東京都は悲鳴に包まれる。

浮遊物体から射出される百近くの小型物体。


「何か出た!あれはなんだ!?」


「やだ!こっちに来るわ!」


「逃げろ!逃げろぉっ!」


射出された物体は空中で変形、10メートル程の人型へと姿を変えた。

やがてそれが地面にその両足で着地すると、衝撃でアスファルトはめくれあがり、近くの車も吹き飛ばされて転がった。


まるでその姿はアニメで見るようなロボット。

その両手には銃のような物が握られ、その銃口は逃げ惑う人々に向けられていた。

そしてその銃口から躊躇いもなく発射された赤いレーザー。

それが物体へ衝突すると、大きな爆発を巻き起こす。


「いやぁああああ!」


「助けて!助けてぇー!」


轟く悲鳴にも反応を見せず、そこら中にその光線を放つロボット達。

建物は倒壊し、地下鉄も崩れ落ち、高層ビルには大穴が開く。

そしてそのロボットは背中のブースターにより空をも舞う。


空中から降り注ぐ光の雨が、日本の首都を次々に破壊していった。


そしてそれは東京だけではない。

同時刻、大阪にも同じ形状の宇宙船が突如として出現したのだ。

出現した浮遊物体から射出されたのは、東京同様、無数のロボット群。


それは大阪の町を次々と破壊していく。


「うわぁああっ!誰かぁっ!誰かぁっ!」


「痛い……痛いよぉ……」


悲痛な叫びだけがこだまし、町が燃え上がる。


さらに、事態は日本だけにはとどまらない。

アメリカ、ワシントンD.C.、そこにも同様の宇宙船が出現、町が次々と破壊された。


その郊外に棲んでいた幼い子供が空を指さした。


「パパ見てー!お空におっきな飛行機が浮かんでるよー!」


「あぁそうだね。飛行機は大きい乗り物だよ、エヴァン」


新聞を読んでいた父親は子供の話を軽く流そうとしたが、母親が慌てた様子で駆け寄ってきた事で何か違和感を感じていた。


「あなた!外を見て!大変な事になってるわ!」


新聞を置き、ようやく外の様子を伺った彼も、その圧倒的光景に絶句した。


「な……なんだ……これは……」


そしてニューヨーク、ロサンゼルス、主要都市の直上にそれは漏れなく出現する。

リオデジャネイロ、モスクワ、ロンドン、上海、世界中どこの主要都市にも同様の宇宙船が姿を現し、突然の攻撃を受けていた。


突然の全世界同時攻撃、人々はその圧倒的力の前に為す術もない。

そして合衆国大統領にも、即座にその話が伝わった。


「マーク!一体どうなってる!何が起きたんだ!」


大統領はあまりの事態に既に冷静ではなかった。


「大統領、現在世界各地の大都市で同様の飛行物体からの攻撃を受けています」


「数は!?」


「確認しているだけで……155です」


「なんだと……」


「そのどれもから小型の武装兵器が射出されていますが、一つの機体から約100」


「それはもういい!それよりも、奴らは一体何者だ!?」


大統領補佐官、マーク・ノーランは口を噤んだが、すぐに顔を上げる。


「……わかりません。ですが、未知のテクノロジーを有している点を考慮すると、恐らく地球外生命体のものと思われます」


「地球外生命体……宇宙人による侵略だと……」


「大統領、ここは危険です。今からシェルター内部へ避難いたします」


そしてその瞬間、大統領官邸、ホワイトハウスの上空を五機の戦闘機が併走し駆け抜けていく。


「目標はあのデカい母船だ。小さい奴は後回しでいい」


「了解」


戦闘機の中、緊張感に張り詰めた空気を肌で感じながらも、搭乗した兵士達は息を呑む。

五機の戦闘機の正面、その上空には逆さになった円錐状の巨大物体が浮遊していた。

真下には大きな町、もちろんまだその町には沢山の人間がいる。

空中の浮遊物体を破壊すれば、真下にある地域は甚大な被害を被るだろう事はもちろん彼だって理解していた。

だがそれでもこれ以上の被害を出さない為にも、彼らには浮遊物体への攻撃命令が下されたのだ。


そして彼らも命懸け。

相手の能力は未知数。


「障害となる敵はすべて排除しろ」


「敵機、空中より接近、攻撃を開始します」


戦闘機の正面に立ち塞がるは、ロボットが二機。

対面するお互い、速度を落とす事なく猛スピードで接近する。

やがて先に動き出したのは戦闘機。

その機銃が敵の機体めがけて次々と発射された。

それは相手の機体にしっかりと命中したが、その厚い装甲にはかすり傷程度の傷しか付けられない。


「ダメージがない!?」


「緊急回避!」


相手との接触を避けようと、隊列を離れる戦闘機であったが、その動きを先読みされた一機が翼を掴まれもがれる。

空中で片翼を失った一機は、バランスを崩し自壊し、やがて高層ビルに衝突して爆発した。

敵の機体二機は体を捻らせて残り四機の背後にピタリと張り付く。

間髪入れずに発射されたレーザーが、さらに二機をいとも簡単に撃墜すると、残った二人の脳裏には走馬燈が流れていた。


「背後に付かれてる!振り切れない!」

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