暗転の狼煙2
「ライアン!後は頼む!」
「ベニー!お前!何を!」
二人は友達だった。
子供の頃からの親友であった。
その親友の為に、国の為に、ベニーは命を捨てる覚悟を決めたのである。
彼の背後へと割り込み、その機体を盾にして敵のレーザーから親友を守った。
すぐ背後で大きな爆発。
ライアンはそれが親友の命の最期の灯火だと理解していたが、悲愴に打ちひしがれる事はなく、最後の想いを繋ぐ。
「……ベニー、俺もすぐ行くからな……」
発射されるミサイル。
あまりに巨大な宇宙船、それをミサイル一発で破壊出来るとは思えない。
彼も十分にわかっていたが、その一撃が反撃の狼煙になり得ると信じてその行方を見守った。
だが現実は彼らの命を懸けた一発を、いとも簡単にあざ笑う。
ミサイルは直撃直前、まるで見えない壁にでもぶつかったかのように爆発してしまったのだ。
「な!まさか……バリア!?そんな……」
そして彼の機体もその直後に撃墜されてしまった。
反撃は一瞬で、巨大な母船にはかすり傷一つ付ける事が出来なかった。
テレビでもこのニュースは次々と放映され、中には局自体が壊滅している所もあった。
「現在、東京都上空に巨大な浮遊物体が出現しています!詳しい情報はまだわかっていませんが、大阪市上空にも同様の浮遊物体が現れ町を攻撃している模様です!」
「避難指示が発令されました!繰り返します!東京都、大阪府全域に避難指示が発令されました!」
「アメリカ、ロシア、中国、オーストラリア、カナダ、ドイツ、フランス、イタリア、南アフリカ、ブラジル、インド等、世界各地で同様の謎の浮遊物体からの攻撃を受けている模様です」
「現在、確認がとれている都市だけでも、既に世界の70カ所を越える都市が攻撃を受けていて……」
「一説では異星人による侵略だという声も上がっています」
同時にネットでは様々な声が上がり、電話回線はパンク状態。
場所によっては略奪や殺人も発生。
僅か数十分の間で、十万人を越える死傷者を生む、最悪の結果になったのである。
平和な日常は、あまりに唐突に崩れ去った。
――――「なんだあれは……」
上空、この北嵩部村の直上に、見た事もない程大きな物体が姿を現した。
逆さにした巨大な円錐、その先端が俺たちの方向を向いているようにも見える。
「この地球への総攻撃が開始されました。あなた達にはもう勝ち目はありません。終わりです。いや、新たな始まりと言うべきかもしれませんね」
冷徹に告げるイブ。
「なんで!どうしてなんだイブ!こんな事やめさせてくれ!」
イブの乗っている宇宙船は、ゆっくりと空へ上昇を始める。
「ま、待てイブ!」
宇宙船のボディの上に乗ったイブは、俺に何かを向けた。
それは銃のような形状をした何かで、その先端が俺に向けられている。
イブはその引き金を間髪入れずに引いた。
「え……」
一瞬光を纏ったかと思うと、次の瞬間には俺の左側の地面が30センチほどえぐれ、土が宙に舞い上がっていた。
冷や汗がさらにもう一滴、頬を伝う。
一目でわかる、あんなものを身体にくらったなら、身体がはじき飛ぶ事になると。
「殺さないであげます。ですが、今の内に命を絶った方が楽かもしれませんよ」
離れていくイブ。
俺にはそれを止める事も出来ない。
「さようなら皆さん。友達ごっこはお終いです。そしてもう、二度と会う事は無いでしょう」
そのまま上空へ、巨大な宇宙船の中へと消えていくイブ。
取り残された俺たちに残るのは、あまりに大きすぎる絶望感。
「ちょ、ちょっと待てよ……。何が起きたんだ?なぁ!りょーちん!」
「タカピー、聞こえなかったのか……?騙されたんだよ、俺たちは……」
頭の中を巡っていくのは、いくつもの記憶の断片。
あの夏、たった一ヶ月だけだったが、イブが見せた色んな顔は今も記憶の中にある。
だけど、それのすべてが偽り。
あれは俺たちの事、この星の事を調べただけの、ただの調査でしかなかった。
俺が十年もの間感じてきた喪失感。
あの日俺は、本当の意味でイブという存在を失っていたのだ。
イブは俺に地球を救いに来たと言った。
当時は何も疑問に感じなかったが、思えば信じるに足る理由ではなかったと今は言える。
アークネビルが無償で地球を救うメリットなど何もないのだ。
リーアを見つけて持ち帰るだけでよかったはず。
地球のように、まだ宇宙や異星人についてあまり知らない星ならば興味本位の接触もあり得るだろうが、地球よりも何世紀も発達したアークネビルが、地球を滅ぼす程でもない隕石の為だけにわざわざ地球へやってくるなんて、そんなお人好しな訳もない。
「み、みんな……あれは……」
しーちゃんが空に浮かんだ巨大な宇宙船、さっきイブが入っていったあの宇宙船を指差した。
俺たち全員がその宇宙船を見上げると、しーちゃんが言おうとしていた物体がすぐに目に入る。
「な、何、なんか出たよね今……」
「うん、僕も見た」
「お兄ちゃん……」
「大丈夫だ恋南、お兄ちゃんが守ってやる……」
しばらく真上を見上げていると、やがてその物体は次第に大きくなっていく。
「や、ヤバ!落ちてくるっ!」
山の斜面に次々と落下し、木々をなぎ倒しながら滑り降りていくその物体。
俺たちのすぐ上の森の中にもその一つが落下し、大きな地響きと砂埃を発生させた。
「うわぁっ!」
「きゃあああっ!」
やがて砂埃が晴れると、その姿がついに俺たちの目に入る。
そこにあったのは見た事もない人型の機械。
アニメの中で見るようなロボット。
それは大きく、10メートルくらいはあるだろうか、そして片手にはライフルが握られていた。
「が、ガンダム……」
次の瞬間にはそのロボットが空を舞う。
俺たちの上を飛び越えて、他のロボット達と同じように山の斜面を滑り降りていった。
「あいつら!村の方に!」
「そんな!家にはお父さんもお母さんもいるのに!」
脳裏によぎるは母親、美紗子の顔。
確か今日美紗子は休みだったはず……。
そんな俺達の気持ちなどお構いなしに、村の中で爆炎が上がる。
いたる場所から悲鳴が響き、次々と煙が立ち上った。
「……」
もはや俺たちがここでその光景を見ている事には耐えられなかった。
村に降りれば危険だとわかっているが、このまま見ているなんて拷問と同じ。
誰からという訳でもなく、俺たちは走り出していた。
――――同時刻、龍太の母親、美紗子は焦りながら窓の外を見た。
明焦山の真上にとてつもなく巨大な飛行物体が現れた事に驚愕していた。
そして同時にこぼれる言葉。
「とうとうこの時が……来たのね……リョーク……」
譫言のように呟いた美紗子だったが、すぐに我に返る。
「りょーちゃん……」
村の中から激しい爆発音が響き渡った。
近くの家が完全に破壊され、その欠片が宙を舞う。
「りょーちゃん!」
美紗子は母、自分の息子がこの村のどこかにいると知っていて、家の中で指をくわえて待っている事なんて出来なかった。
「りょーちゃんは私が絶対に助けるんだから。絶対私が守るんだから。この命に代えても」
母は強かった。
何も持たず、美紗子は家を飛び出す。
同時に飛び込んでくる北嵩部の姿は、彼女の想像を遙かに越えていた。
村の中を飛び回るロボット。
燃え上がる建物、学校の校舎は半壊、田圃や畑も壊滅、見慣れた道路はめくれ上がり、カーブミラーは根こそぎ無くなっていた。
響きわたる泣き声、悲鳴、横たわって血を流したまま動かない人間。
数分前までの北嵩部の姿はもうそこには無かった。
まるで地獄、美紗子はその光景を見てそう感じた。
彼女の肩は少し震えていたが、恐怖を捨てすぐに走り出す。
――――「酷い……」
コゲ山を降りきって村へと戻ると、想像を越える凄惨な光景が広がっていた。
同時に胸の中の不安も広がっていく。
美紗子は本当に無事だろうか……。
それ以外にもこの村には知り合いや後輩達が沢山いる。
「そんな!そんな!」
恋南が一際強く取り乱し、その瞳から大粒の涙が溢れ出した。
「だ、大丈夫か恋南!?」
「みーちゃん!みーちゃん!」
タカピーの手を振り解いて走り出す恋南。
「お、おい危ないぞ!」
恋南は既に原型をとどめていない民家の一つへと駆け寄り、血塗れで倒れている少女に声をかける。
「みーちゃん!みーちゃん!しっかりして!死んじゃイヤだよ!」
倒れている少女はちょうど恋南と同じくらいの年齢。
そして恋南がその少女の名前を呼んでいる事から、二人は知り合いだと言うことが伺える。
だが少女はグッタリとうなだれたまま、恋南の声に全く反応を示さない。
遅れてタカピーが恋南の元へと駆け寄り、抱き抱えた少女の脈を測るが表情は暗いまま。
「嘘……嘘だよねお兄ちゃん……これは夢なんだよね……」
「……恋南……」
「私は……悪い夢を見てるだけ……早く覚めて……覚めてよ……!」
その瞬間ふと視界の隅に、影が映り込んだ。
「危ないっ!」
あっちんの叫び声が聞こえた時にはもう、激しい破壊音が響いていた。
ロボットが空中から恋南がいた場所の近くの地面に着地したのだ。
舞い上がる砂埃と、激しい風圧に、少し離れている俺までもが体勢を崩しかける。
「タカピー!恋南!」
その土煙の中に巻き込まれた恋南とタカピー。
土煙のせいで二人の姿が全く見えないが、喉が切れそうな大声で二人の名前を呼ぶ。
土煙の中へと最初に走り出したノブちゃん。
「タカピー!タカピー、大丈夫か!?」
「けほっけほっ!あ、あぁ大丈夫だ!恋南……恋南は!?」
タカピーの声が聞こえてきた事にホッとしながらも、俺は土煙の中で恋南の姿を探す。
「恋南!」
そして彼女もすぐに見つかる。
「おい恋南、しっかりしろ!」
倒れていた恋南を抱き起こすと、俺の手に生暖かい感覚があった。
その手触りに俺の思考はすぐに嫌な展開を想定してしまう。
そうは信じたくないが、今のこの状況を考えれば、それしか頭に浮かんでこない。
ゆっくりと自分の手を見れば、それがやはり現実のものとなる。
俺の手にべっとりと付着していたのは黒ずんだ赤。
「血……」
その背中を見れば、服を切り裂いて、背中に大きな切り傷が出来ていた。
恐らくさっきの拍子何かに引っかかったのだろう。
「おい!しっかりしろ!恋南!」
再び呼びかけてみたがやはり返事はない。
どうやら既に意識を失ってしまっているようだ。
「恋南!恋南ぁっ!おい恋南!お兄ちゃんだぞ恋南!」
駆け寄ってきたタカピーは、意識のない恋南に激しく取り乱した。
背中の傷からは次々と血が溢れ出し、服に染みていく。
「り、り、りょーちん!血が出てるよ!」
あっちんは恋南の背中から流れ出ている血に声を震わせた。
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