永劫の別れ3

イブは……














――――10年前

8月30日






「はぁはぁはぁ……い、イブ……」


プチクレーターへとたどり着いた俺は、そこに俺の探している彼女の姿を見つけた。

髪の色は本来の水色に戻っていて、俺の声にも特に驚いた様子も見せない。

彼女を見つけた事で内心ホッとしている俺だったが、まずは聞かなければならない。


「イブ……お前は、みんなに何をしたんだ!?」


背を向けていたイブはゆっくりと振り返ると、そのどこまでも綺麗な瞳で真っ直ぐに俺を見る。


「来ると思ってましたよ龍太」


「当たり前だろ!俺はお前の事が……」


「それ以上は言わないで下さい」


イブはゆっくりと俺の方へと近付いてくると、俺の目の前で立ち止まる。


「あなたの記憶も消します。この夏のすべての記憶が消失、抹消、消滅します」


まるで機械人形のように、用意されている原稿を読むように、感情すら読み取れない口調で淡々と話す彼女は、まるで別人かのような印象を受けた。


「正確には記憶が消えるという訳ではありません。私という存在、この夏の一連の出来事に関する情報をぼかすだけです」


「どうして……そんな事を……」


「……」


イブは無言で携帯電話のような小さな機械を取り出す。

恐らくそれは記憶を消す機械。

俺たちが過ごしたこの夏が、無かった事になろうとしていた。

そして次にイブが言った言葉に、俺は耳を疑う事になる。












「私はここで、十年の眠りにつきます」










「え……!?」














――――8月30日





「まだ……あそこにいるんだ!あいつは!イブは!」


思い出した結末。

イブとの永劫の別れを覚悟していたあの夏の終わり。

だが、あの夏の最後はそんなバッドエンドではなかった。

イブはこの地球を、この村を去る事はしなかったのだ。

ずっと、ずっと近くに、すぐ側にいたんだ。


きっと……きっと今も!


「はぁはぁはぁはぁ……」


コゲ山の頂から少し降りた場所にプチクレーターはある。

隔てる物のないその場所は、真夏の昼前という最高に強烈な日差しを浴びていた。

俺は周りの柵を飛び越え、そのプチクレーターの中へと降り立つ。


「りょーちん!どうした!?何か思い出したのか!?」


俺に遅れて、みんながプチクレーターへと集合する。

何も知らないみんなに、俺は振り返らずに告げた。


「よく聞けみんな!イブはあの日、ここを離れちゃいなかった!」


「な、何言って……」


「イブは今も、ここにいる!」


目には見えない、触れる事も叶わないが、確かにここにいる。


「イブ!出てきてくれ!もう一度!もう一度だけ顔を見せてくれ!」


その中心に向かって叫ぶ。


「俺はずっと、ずっとお前を探してたんだ!十年、十年だぞ!お前が俺の心に穴を開けたから、俺はこの傷跡を十年も追ってきたんだ」


十年越し、その答えの終着駅は始まりの場所だった。


すべてがここへと繋がる。


「お前が好きだから……今でも大好きだから……俺は戻ってきた。お前の元へ……」


あの最高に暑かった夏。



最高に輝いた夏。



何もかもが煌めいていた、幼かった青い夏。



それは俺にとって、人生で一番命を燃やした夏だった。



「だから……!」



視界にノイズが走る。

一瞬だが、景色が歪んだのをその場にいた誰もが目撃した。


「い、今のは!」


「まさか……」


「な、何なのお兄ちゃん……?」


何度も見てきたそのノイズ。

俺たちはあの頃、その瞬間を毎日のように見ていたのだ。


だから知っている。

これは宇宙船がステルス機能を解除した時に起こる現象だと。

そして次の瞬間、見覚えのある銀色の卵が姿を現した。


「……」


誰しもが声を失い、その卵型の宇宙船をただ唖然と見つめていた。

やがてその上部のハッチが自動で開かれると、なんだかとても懐かしい気分になった。

初めて会った時もこんな感じだったっけ。


「イブ……」


そしてそこから顔を出すは水色の髪を持つ美少女。


「イブちゃん!」


「まさか……本物……」


喪失感が今、ようやく消えていくのがわかる。

十年前、俺たちと一緒に過ごした時のままの姿。


何一つ変わってない。


「おかえり、イブ」



あれから十年後の夏。



俺はまた恋をしていた。



相手も十年前と同じ。



変わったところと言えば、あの頃は年上だった彼女が、今となっては八つも年下になった事くらいか。

だがそれでも恋の炎は、あの頃よりもさらに猛々しく燃え上がっている。


俺は彼女と生きていく。

これから始まるのはきっと、幸せに満ち溢れた人生なのだ。



笑顔に溢れた人生なのだ。



こうして、俺たちの物語は終わりを告げる。



いつかイブが言っていた言葉を思い出した。





【最後ではありませんよ。きっとまたいつか、会えると私は信じています】





あれは嘘ではなかったのだ。













あれから10年後の8月1日、その日は俺にとって……







「龍太、まだ思い出していないのですか?」







「え?」








人生最高の日となった。







「始まるんですよ」









はずだった。












「ロークシアが」





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