永劫の別れ2
夜更かしには慣れてないのはみんな一緒のようで、俺の瞼も少し重い。
けれども、横になって天井を見上げながらみんなで話をするのも滅多にない機会。
そんなに大した事はではないが、この瞬間がやけにロマンチックに思えた。
「別に俺だって不満な訳じゃないけど……映画みたくヒーローになれるのかなって、ちょっと期待してたから……」
「ははははっ!キツネのくせに生意気な!」
「なにぃっ!?」
「いいじゃん。アタシたちの中じゃ、みんなヒーローなんだから」
「まぁ……」
「申し訳ありません。あまり公には出来ないのは私のせいです」
俺たちの輪に混ざって、一緒に横になるイブ。
そんなイブが申し訳なさそうに会話に入ってきた。
「イブは悪くない。謝るなよ。キツネがウダウダ言うのが悪い」
「イブちゃんはアタシたちをヒーロー、ヒロインにしてくれた張本人だもんねぇ」
イブは宇宙人。もちろんそんな素性を他の人に知られる訳にはいかない。
宇宙人であるという話が広まってしまえば、この地球上の様々な専門家、学者が黙っちゃいない。
それ以前に国自体が黙ってないか。
だから今回、俺たちのあの戦いも誰にも知られる事はない。
歴史の表舞台には決して上がる事はないのだ。
「なぁイブ……お前、明日本当に行っちまうのか?」
前にも聞いた。
だけど俺はもう一度イブに聞いてみる事にした。
違う答えが返って来るという僅かな希望を胸に抱きながら。
しかしやはりそれは実る事は無かった。
「はい、皆さんとはお別れになります……。皆さんと出会えた事は、私にとって最高、最大、最上の宝物です」
僅かに天井が霞んで見えた。
こみ上げてくる雫が下瞼に溜まって、視界が悪くなる。
俺は誰かにそれを見られたくなくて、わざと背を向けた。
「イブちゃんとはもう……会えなくなる……んだよね……?」
その質問は核心を突いていた。
あっちんだってもちろんわかっているのだ。
俺たちの別れは、一生のお別れを意味するという事を。
違う町だとか、違う県だとか、違う国だとか、そういうレベルではない。
俺たちは違う星に住んでいる。
死にかけている星とはいえ、助かる方法のある母星を見捨てるはずはない。
そして知らない星よりも、自分の住む星が好きに決まっている。
それでもイブは明るい声で、あっちんの言葉を否定した。
「いえ、最後ではありませんよ。きっとまたいつか、会えると私は信じています」
イブの言葉は嘘だ。
だけどそれを否定する奴はここにはいなかった。
イブは俺たちの仲間、たとえその言葉が嘘だとわかっていてもそれを信じたいという気持ちをみんなは持っている。
だからそこから先は俺は何も返せなかった。
「皆さんに会えて本当に良かったです。いつか未来、そこでもう一度また会えた時、こうしてのんびりとした時間を過ごせたら幸いです」
イブの言葉は本当に堅苦しい言葉だったけど、それは俺の胸に深く突き刺さった。
背を向けたまま肩を震わせた俺。
溢れ出る熱い涙を毛布で拭うが、その涙はもう止まる事はなかった。
「どんな未来だったとしても……また……こうして……」
次第にフェードアウトしていくイブの声。
最後の方は掠れてもう聞き取れない。
イブはすぐに息を吸い込み直し、そして明るい声で一言告げる。
「今日はもう寝ましょう。睡眠不足は体に良くないですから」
消された電気。
夜の闇と、静けさに包まれていく室内。
イブと過ごす最後の夜が過ぎていく。
夏が終わろうとしていた。
いくつもの思い出、記憶を抱き、俺はイブと過ごす最後の夜に幕を下ろした。
その日の星の光は、一際強く光り輝いていた。
次に目を開けた時、既にもう朝になっていた。
窓から差し込む朝の日差しが、まだマトモに開ききらない目の奥をキリキリと痛める。
ただ今日は普段の寝起きの悪さとは違い、すっきりと目覚める事が出来た。
それは今日が最終日だと頭のどこかで理解していたからだと思う。
上体を起こしてみれば、まだみんなは夢の中にいるのが見てわかる。
ゆっちとノブちゃんなんて一番最初に寝たはずなのにまだ起きていない。
「ふぅ……」
みんなが寝過ぎと言うわけではなく、多分今回は、俺が早く起きすぎたのだろう。
時計を確認してみれば、まだ朝の八時。
学校へ行くくらいの時間である。
「あれ……?」
そしてようやく気付く違和感。
昨日とはこの部屋の何かが違っていた。
答えにたどり着くのに、寝起きの頭でもそう時間を費やす事はなかった。
一目でわかる。
イブがいない事など。
「イブ……」
鼓動が突然早くなった。
完全に覚醒した思考が、最悪の方向の答えを導き出す。
「まさか……お別れも無しに……!」
まだ確証はない。
単にトイレに行っただけかもしれないし、散歩に出掛けた可能性もあり得る。
「ん~……あれ……?りょーちん……?」
俺の隣で眠っていたタカピーが目を覚ました。
もしイブがどこかへ行ってしまったなら、多人数で探した方が早い。
それにもしかしたらタカピーはイブがどこかへ行く瞬間を目撃しているかもしれない。
「タカピー!イブがいないんだ!どこに行ったか知らないか?」
「イブ……?何言ってんだりょーちん?」
「おいおい!寝ぼけてんじゃねーって!イブだよ!あいつがいないんだ!」
「なんかよくわかんないんだけど……。えっとなんでこんな所に·····」
ダメだ。こいつじゃあ話にならん。
「ふぁ~……ん……あれ……?」
俺たちの声に反応したのか、あっちんが目を擦りながら顔を上げた。
「あっちん!おい、あっちん!イブが、イブがいないんだ!」
あっちんは俺を見てすぐに驚いたように目を見開いた。
イブがいなくなったんだから、そりゃあ驚くのが当たり前だ。
だが、あっちんの返答は俺の予想を大きく裏切った。
「な、な!なんでりょーちんがここに……。あれ?あーそっか、確か昨日ここにあつまったんだっけ……?でも、なんでだっけ?」
「は?」
「なんで集まったんだっけ?」
「な、何言ってんだあっちん!昨日はみんなでイブのお別れ会をしただろ!?」
何かがおかしい。
マトモじゃない。
「お別れ会……?えっと……そういえばそうだったような……でも誰の?」
「覚えて……ないってのか……?」
俺はあまりに非現実的な場所に立っていた。
「お別れ会をしようって言ったのもあっちんだろ!?覚えてない訳がない!」
俺たちは酒なんか飲んでないし、妙な薬物なんかも使用していない。
あっちんもタカピーも、いきなり記憶喪失になったとでも言うのか。
「えっと……ごめん、なんか……よくわかんないんだけど……」
あっちんの顔はとても嘘をついているようには見えなかったが、俺には信じられなかった。
こんな事が現実に起きるなんてあり得ない。
「ノブちゃん!ノブちゃん起きてくれ!」
深い眠りに入っていたノブちゃんの身体を揺すり、無理矢理に現実世界へと引き戻す。
「んあぁ……?」
「ノブちゃん!」
「おぉ……りょーちん……。おはようナイスデイ」
この反応、ノブちゃんは覚えて……
「ところでりょーちん、なんでりょーちんが家に?」
「え?」
「お?あれぇ!?なんでみんな家にいるんだ~?あ、いや……昨日集まった……ような……」
「……」
「え……ここノブちゃんち……僕、寝ちゃってたの?お泊まり会してたんだっけ?」
「ねぇシズ!起きてよ!」
「……あ、亜莉沙……?……ってここは……」
続々と起き上がる仲間達、だがその誰もが口にする違和感。
自分たちが何故ここにいるのか、みんなわかっていなかった。
全く覚えていないという訳では無いようだが、イブの存在がまるで消えてしまっているかのように、それぞれここにいる理由すらあやふやのようだ。
俺を除いて。
――――8月1日
「そうだ……思い出した、思い出したぞ!」
みんなが不思議そうな顔で俺の方を見た。
「思い出したって何を?」
「決まってんだろタカピー。お別れ会の翌日、8月30日の事をだ!」
やはりそうだったのだ。
あの朝みんなの記憶は消されていた。
完全に消えた訳ではなく、微かに片鱗だけ断片的に覚えてはいたが、イブに関する記憶は根こそぎなくなっていた。
だからみんなはあの先を思い出す事が出来ない。
あの朝、記憶を持っていたのは俺だけだった。
「本当に!?教えてりょーちん!」
「あぁわかった!あの朝、起きたらみんなはもう記憶を失っていた。イブの事を完全に喪失していたんだ。俺以外は」
「龍太君だけは覚えてたんだ?」
「あぁ、何故かな」
あの時、イブがみんなの記憶を消したのなら、どうして俺だけは消されなかったのだろうか。
いや、今の今まで思い出せなかったという事は、結局俺も消されたはずだ。
「それで……俺はイブを探しに飛び出した……」
――――10年前
8月30日
暑い日差しが、今日も俺の肌を焦がす。
八月の終わりという事で、多少はその暑さも衰え始めてはいたが、走っている俺の全身は既に汗でびっしょりと濡れていた。
「はぁはぁはぁはぁ……」
何が、一体どうなってるのか理解出来なかった。
朝起きたらイブはいなくて、そして誰もイブの事を覚えていない。
まさか俺だけが酷く現実に近い夢を見ていたとでも言うのだろうか。
イブなんて存在は初めからいなかったとでも言うのだろうか。
「はぁはぁはぁ……そんなはず……そんなはずは……」
あり得ない。
イブは実際にこの星、この村にいた。
そして戦ったのだ。
あれが夢だったなんてあるはずがない。
「あそこに……必ずいるはずだ!」
イブがいる場所。
俺にはあそこしか思いつかない。
初めて俺たちが出会ったあの……プチクレーターだ。
コゲ山の登山道を息を切らしながら駆け上る。
いるはず、きっといるはずだと自分に言い聞かせて。
決死に駆け上った登山道、やがて目的地へとたどり着いた時、思わず大きなため息が漏れた。
――――8月1日
「はっ……」
みんなにあの時の話をしていた俺は、ついにあの夏の結末へとたどり着いた。
「ど、どうしたんですかりょー君……?」
「龍太君?」
記憶が『あの時』へとたどり着くと、俺の体は少しだけ震えた。
「まさか……イブは……」
いつの間にか走り出した俺の体。
「りょーちん!どこへ行く!?」
あの記憶が俺を突き動かす。
目指す場所はプチクレーター。
思い出してしまったのならいても立ってもいられない。
心臓の鼓動はとてつもない勢いでバクバクと脈打ち、全身の細胞があの記憶に歓喜している。
「イブ……」
あいつは……
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